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第11章 おじさんと壊れたリュート
第148話
朝の空気は少し冷たかったが、俺はいつも通り、店の扉を開けた。木製の看板が、軋む音を立てて揺れる。マーレ村の朝は早いが、この場所は村の外れにあるせいで、通る人間はほとんどいない。俺にとっては、それがちょうどいい。
家兼店舗の裏で水を汲み、薪を炉にくべる。火をつけると、ふっとあたりの空気が変わる。朝のこの時間だけは、誰にも邪魔されない。
まるでこの世界が、自分だけのために回っているような錯覚を与えてくれる。必要なものは、全部ある。言い換えれば、それ以上は何もいらない。
カウンターに立ち、棚の上から器具を取り出す。豆は昨夜、新しく生成しておいた。異世界素材だが、クセのない苦味が出せるように調整してある。俺の万能生成スキルは、やろうと思えばなんでも作れるが、使うのはいつも限られたものばかりだ。
挽きたての粉に湯を落とすと、空気が一気に変わる。珈琲の香りが鼻を突き抜け、頭の中まで目が覚める。これがなきゃ一日が始まらない。店内に漂う香りに包まれながら、俺はゆっくりと椅子に腰を下ろす。
そこへ、扉の鈴が鳴った。
顔を上げると、見慣れない旅人が一人、店に入ってくる。年齢は若くもなく、老いてもいない。背中には細長い布包み。見れば、古びたリュートがのぞいていた。
客が来ること自体は珍しくない。特に噂好きな村人どもが「店主の珈琲は魔法より効く」なんて言い回ってるせいで、時折、変なのが流れてくる。とはいえ、今のところは無害そうだった。
「……一杯」
旅人が、申し訳なさそうに言う。俺は無言で頷き、さっきと同じ手順で珈琲を淹れる。差し出すと、旅人は驚いたように目を見開いたが、何も言わずにカップを受け取った。
「すごい香りだ……」
思わずこぼれた声に、俺は返さない。興味がないわけじゃないが、べつに感想を求めてるわけでもない。
旅人はカップを両手で包み込むように持ち、一口啜る。深く息を吐いてから、荷物を下ろし、膝の上に布包みを置いた。中から出てきたのは、やはりリュートだった。
手入れされてないのがひと目でわかる。表面にはヒビ、弦は緩みきっていて、ペグもひとつ外れかけている。旅人が申し訳程度に弦を弾いてみたが、ギギ、と情けない音が響いた。
「……やっぱりダメだな、これ」
旅人が苦笑する。
俺はカウンター越しにそのリュートを見て、ぽつりと口を開いた。
「壊れてるな」
「ええ、演奏中に落としちゃって……音が出なくなりました」
「直す気ないなら、そのまま置いてけ」
俺の言葉に、旅人はきょとんとした顔をした。
「え……?」
「そいつ、手入れもされてねぇし、このまま持ち歩いたって邪魔なだけだ。うちなら使い道はある」
使い道があるなんて言ったが、別に客に聴かせるつもりはない。ただ、少し弦を張り替えてみれば、音の鳴りぐらいは試せるだろう。それ以上の意味はない。
旅人はしばらく考えた末、リュートをそっとカウンターに置いた。
「……じゃあ、お願いします。捨てるには惜しくて、でも、もう自分では直せそうにないから」
「ああ」
それだけ言って、俺はリュートに目をやる。傷の具合も、弦のバランスも、大体把握できた。たいした手間じゃない。あとは張り直せば済む話だ。
旅人は礼もそこそこに立ち上がり、カップを空けてから出て行った。去り際に一度だけ振り返ったが、俺は見送らなかった。
扉の鈴が鳴って、再び店内に俺一人だけが残る。
カウンターに置かれたリュートを手に取る。ずっしりと重く、けっこう使い込まれているのがわかる。音を出すつもりはなかったが、指が勝手に動いた。ペグを締めて、緩んだ弦を引っ張り、調整する。
作業はすぐに終わる。万能生成スキルで補修に必要な工具と弦を生成し、切れた部分を張り直す。少し叩き、少し削り、音の出具合を確かめる。悪くない。むしろ、古い分だけ音の深みがある。
「……ふうん」
俺はリュートを構え、軽く弾いてみた。最初の一音は、思ったよりも素直に響いた。
「ま、弾けるようにはしておくか」
そう呟いて、もう一度、弦に指を置いた。
家兼店舗の裏で水を汲み、薪を炉にくべる。火をつけると、ふっとあたりの空気が変わる。朝のこの時間だけは、誰にも邪魔されない。
まるでこの世界が、自分だけのために回っているような錯覚を与えてくれる。必要なものは、全部ある。言い換えれば、それ以上は何もいらない。
カウンターに立ち、棚の上から器具を取り出す。豆は昨夜、新しく生成しておいた。異世界素材だが、クセのない苦味が出せるように調整してある。俺の万能生成スキルは、やろうと思えばなんでも作れるが、使うのはいつも限られたものばかりだ。
挽きたての粉に湯を落とすと、空気が一気に変わる。珈琲の香りが鼻を突き抜け、頭の中まで目が覚める。これがなきゃ一日が始まらない。店内に漂う香りに包まれながら、俺はゆっくりと椅子に腰を下ろす。
そこへ、扉の鈴が鳴った。
顔を上げると、見慣れない旅人が一人、店に入ってくる。年齢は若くもなく、老いてもいない。背中には細長い布包み。見れば、古びたリュートがのぞいていた。
客が来ること自体は珍しくない。特に噂好きな村人どもが「店主の珈琲は魔法より効く」なんて言い回ってるせいで、時折、変なのが流れてくる。とはいえ、今のところは無害そうだった。
「……一杯」
旅人が、申し訳なさそうに言う。俺は無言で頷き、さっきと同じ手順で珈琲を淹れる。差し出すと、旅人は驚いたように目を見開いたが、何も言わずにカップを受け取った。
「すごい香りだ……」
思わずこぼれた声に、俺は返さない。興味がないわけじゃないが、べつに感想を求めてるわけでもない。
旅人はカップを両手で包み込むように持ち、一口啜る。深く息を吐いてから、荷物を下ろし、膝の上に布包みを置いた。中から出てきたのは、やはりリュートだった。
手入れされてないのがひと目でわかる。表面にはヒビ、弦は緩みきっていて、ペグもひとつ外れかけている。旅人が申し訳程度に弦を弾いてみたが、ギギ、と情けない音が響いた。
「……やっぱりダメだな、これ」
旅人が苦笑する。
俺はカウンター越しにそのリュートを見て、ぽつりと口を開いた。
「壊れてるな」
「ええ、演奏中に落としちゃって……音が出なくなりました」
「直す気ないなら、そのまま置いてけ」
俺の言葉に、旅人はきょとんとした顔をした。
「え……?」
「そいつ、手入れもされてねぇし、このまま持ち歩いたって邪魔なだけだ。うちなら使い道はある」
使い道があるなんて言ったが、別に客に聴かせるつもりはない。ただ、少し弦を張り替えてみれば、音の鳴りぐらいは試せるだろう。それ以上の意味はない。
旅人はしばらく考えた末、リュートをそっとカウンターに置いた。
「……じゃあ、お願いします。捨てるには惜しくて、でも、もう自分では直せそうにないから」
「ああ」
それだけ言って、俺はリュートに目をやる。傷の具合も、弦のバランスも、大体把握できた。たいした手間じゃない。あとは張り直せば済む話だ。
旅人は礼もそこそこに立ち上がり、カップを空けてから出て行った。去り際に一度だけ振り返ったが、俺は見送らなかった。
扉の鈴が鳴って、再び店内に俺一人だけが残る。
カウンターに置かれたリュートを手に取る。ずっしりと重く、けっこう使い込まれているのがわかる。音を出すつもりはなかったが、指が勝手に動いた。ペグを締めて、緩んだ弦を引っ張り、調整する。
作業はすぐに終わる。万能生成スキルで補修に必要な工具と弦を生成し、切れた部分を張り直す。少し叩き、少し削り、音の出具合を確かめる。悪くない。むしろ、古い分だけ音の深みがある。
「……ふうん」
俺はリュートを構え、軽く弾いてみた。最初の一音は、思ったよりも素直に響いた。
「ま、弾けるようにはしておくか」
そう呟いて、もう一度、弦に指を置いた。
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