独身おじさんの異世界おひとりさまライフ〜金や評価は要りません。コーヒーとタバコ、そして本があれば最高です〜

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第12章 おじさんと粗野な獣人

第157話

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朝の空気はまだ肌に冷たく、吐く息が白く浮かんだ。店を開ける前、焙煎の準備に手を動かしていたところで、扉の向こうからごつごつとした足音が響いてきた。

俺は振り返らずに言う。

「開いてないぞ」

扉がきしみ、重たい靴音が中へと入ってくる。鼻をくすぐるのは、血の匂いと獣の気配。

「……これ、持ってきた」

短く、低く、どこか獣の喉を鳴らすような声。ちらと目をやると、あの獣人の青年、ファルクが大きな布に包んだ何かを持って突っ立っていた。布の端から覗くのは、締まった肉と新鮮な赤。

「狩ってきたのか。朝からご苦労なこった」

「昨日の礼……ここにしかない匂いだったから……何か渡したかった」

布を広げると、骨付きの分厚い獣肉が姿を現す。泥と血が付いているが、肉の質そのものは目を引くものがある。脂の乗りもよく、筋も少ない。野生のものにしては、妙に整っていた。

「いらん。そういうのは気持ちだけでいい」

そう言いながら、俺は近づき、一切れだけを指先で押してみる。柔らかく、張りがある。脂肪も香りも良い。

「……まぁ、一回くらい焼いてみるか」

ファルクの耳がぴくりと動いたのを横目に、俺は万能生成スキルを発動した。簡易のグリルと調理器具、そして香辛料を生成する。炎の位置、温度管理、それに肉の厚みに合わせて焼き加減を調整していく。

肉が網の上で焼かれ始めると、香ばしい脂の匂いが立ち上る。店内にうっすらとした煙が漂い、それに混じって珈琲の芳香が広がる。

ファルクは無言のまま、じっと焼ける肉を見つめていた。鼻先をわずかに動かし、目を細め、耳を向けている。まるで五感のすべてで食事の準備を味わっているようだった。

焼き上がった肉を皿に乗せ、ついでに生成しておいたパンと合わせてテーブルに並べる。自分の分と、ファルクの分。珈琲も淹れたてを二つ。

「食え。ついでだ」

ファルクは戸惑う素振りを見せたが、俺が何も言わないまま席に着くと、無言で腰を下ろした。

ナイフとフォークは手慣れていないようで、最初は指でちぎって口に入れていたが──一口、二口と噛むたびに、瞳が大きく見開かれていった。

「……すげぇ……肉の味が……ぜんぜん違う……」

「焼き加減と塩加減の問題だ」

「塩、こんなに意味があるのか……肉って、焼くだけじゃねぇのか」

「お前がどう食おうと勝手だが、俺はこうやって食う。珈琲も煙草も、気に入った奴だけが楽しめばいい。それだけの話だ」

言いながら、俺は煙草に火をつけた。火種を軽くあて、ゆっくりと吸い込む。香りが鼻から抜け、五感が一段深く研ぎ澄まされる。

ファルクは食べながら、俺の吸う煙を見つめていた。そして、ほんのわずかに鼻を動かし──呟いた。

「……あの煙の匂い、すごい。なんか……力が、こう、体の中に……ぐっ、と……」

「嗅覚が利く種族ってのは便利だな。吸わずに効果があるとはな」

「吸ってみたいけど……煙草って、高いんだろ……」

「要らん。代金も礼も。騒がない。それだけ守ればいい」

ファルクはしばらく無言で食べ続けた。肉もパンもあっという間に平らげ、珈琲を飲み干すと、ふうと鼻から息を吐いた。

「こんな飯……知らなかった。匂いも、味も、全部……違ってた」

「気に入ったなら、それでいい」

食器を片づけ始めると、ファルクは立ち上がり、扉のほうへ向かう。

その背中が半分まで行ったとき、振り返らずに一言。

「……あの匂い、忘れられそうにない。また来ていいか」

俺は手を止めずに、背を向けたまま応じた。

「勝手にすればいい」
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