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第12章 おじさんと粗野な獣人
第158話
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「なぁなぁ、最近のファルク、ちょっと優しくなったよな」
そんな声を、村の子どもたちが道端で交わしているのを耳にしたのは、朝の水汲みの帰りだった。俺は特に口を挟まず、そのまま通り過ぎたが──まぁ、事実だろう。
以前のファルクは、言葉こそ通じていたが、態度も振る舞いも獣そのものだった。村の誰かと目が合えば牙を剥き、感情のままに動き、粗暴な言葉を吐くことも珍しくなかった。
だが、ここ最近のファルクは違う。挨拶こそぶっきらぼうだが、言葉遣いがわずかに滑らかになり、村人の前で爪を引っ込めているのが見て取れる。何より、俺の店に来る時の足音が、以前よりも格段に静かになっていた。
その日も、俺が店の戸を開けると同時に、すでにファルクは店の前に立っていた。
姿勢が良くなっている。以前のような猫背ではない。肩のラインがまっすぐで、背筋が自然と伸びていた。目が合った瞬間、無意識に声をかけてしまった。
「……お前、なんか変わったな」
ファルクは、少しだけ耳を動かして、すっと鼻を鳴らす。
「ん。……そうかもしれねぇ」
そのままいつもの席につく。俺はカウンターの奥で、ゆるやかに湯を沸かし始める。火加減、豆の量、挽き方はいつも通りだ。変えないことこそ、信頼につながる。
湯がぽこぽこと小さな音を立てる中で、ファルクを横目に見る。どこか、毛並みの艶が良くなっているように見えた。つややかというより、細部が整っている。動きにもキレがあり、無駄が少ない。
「……毛艶が良くなってるな」
何気ない一言に、ファルクは素直に答えた。
「川で身体、洗ってから来てる。……臭い、邪魔だろ?」
その口調に、以前のような棘はなかった。言葉はまだ粗いが、その奥にある配慮ははっきりと感じ取れる。
「別に強制はしてねぇが、まぁ、こっちとしては助かるな」
俺はそう答えながら、香りの立つ豆を丁寧にドリップした。湯気の向こうで、ファルクの鼻がぴくりと動く。完全に覚え込んだ反応だ。
「この匂いのためなら、多少手間かけるのも悪くねぇ」
ぼそりとそう呟いたファルクの表情に、ふと笑みのような影が浮かぶ。
香りを追い、味を極め、その余韻を楽しむ──ただの食事ではない、精神の整え方、感覚の鍛え方。それに気づいた者だけが到達できる領域がある。ファルクは今、そこに片足を踏み入れている。
「……狩りの精度も上がった。」
「そうか」
俺が淹れた珈琲をテーブルに置くと、ファルクはゆっくりと手を伸ばし、両手で器を包む。温度を、香りを、肌と鼻で感じ取りながら、口に含んだ。
その動作は以前の彼からは想像できないほど慎重で、そして満足げだった。
「昨日、仕留めた鹿……一撃で済んだ。風の流れと匂いの変化が、前よりも分かるようになった」
「……五感が研ぎ澄まされてきたってことか」
ファルクは、小さく頷く。
「前は……ただ喰って、眠って、戦ってた。けど、今は違う。これを──締めに飲むために、身体も頭もちゃんと動かしたくなる。汗まみれ、泥まみれのままじゃ、こいつを味わい尽くせねぇ」
言葉に照れも誇張もない。純粋な感覚の変化を、素直に口にしている。それが、ファルクという獣人の最大の魅力なのだろう。
「なるほどな。気に入ったんなら、それでいい」
俺は短くそう返し、煙草に火をつけた。白い煙がゆっくりと立ち上がる。ファルクは、それを目で追うようにしながら、再び珈琲に口をつける。
「──ああ、今日のも、いい」
その一言に、どこか満ち足りた気配が宿っていた。
そんな声を、村の子どもたちが道端で交わしているのを耳にしたのは、朝の水汲みの帰りだった。俺は特に口を挟まず、そのまま通り過ぎたが──まぁ、事実だろう。
以前のファルクは、言葉こそ通じていたが、態度も振る舞いも獣そのものだった。村の誰かと目が合えば牙を剥き、感情のままに動き、粗暴な言葉を吐くことも珍しくなかった。
だが、ここ最近のファルクは違う。挨拶こそぶっきらぼうだが、言葉遣いがわずかに滑らかになり、村人の前で爪を引っ込めているのが見て取れる。何より、俺の店に来る時の足音が、以前よりも格段に静かになっていた。
その日も、俺が店の戸を開けると同時に、すでにファルクは店の前に立っていた。
姿勢が良くなっている。以前のような猫背ではない。肩のラインがまっすぐで、背筋が自然と伸びていた。目が合った瞬間、無意識に声をかけてしまった。
「……お前、なんか変わったな」
ファルクは、少しだけ耳を動かして、すっと鼻を鳴らす。
「ん。……そうかもしれねぇ」
そのままいつもの席につく。俺はカウンターの奥で、ゆるやかに湯を沸かし始める。火加減、豆の量、挽き方はいつも通りだ。変えないことこそ、信頼につながる。
湯がぽこぽこと小さな音を立てる中で、ファルクを横目に見る。どこか、毛並みの艶が良くなっているように見えた。つややかというより、細部が整っている。動きにもキレがあり、無駄が少ない。
「……毛艶が良くなってるな」
何気ない一言に、ファルクは素直に答えた。
「川で身体、洗ってから来てる。……臭い、邪魔だろ?」
その口調に、以前のような棘はなかった。言葉はまだ粗いが、その奥にある配慮ははっきりと感じ取れる。
「別に強制はしてねぇが、まぁ、こっちとしては助かるな」
俺はそう答えながら、香りの立つ豆を丁寧にドリップした。湯気の向こうで、ファルクの鼻がぴくりと動く。完全に覚え込んだ反応だ。
「この匂いのためなら、多少手間かけるのも悪くねぇ」
ぼそりとそう呟いたファルクの表情に、ふと笑みのような影が浮かぶ。
香りを追い、味を極め、その余韻を楽しむ──ただの食事ではない、精神の整え方、感覚の鍛え方。それに気づいた者だけが到達できる領域がある。ファルクは今、そこに片足を踏み入れている。
「……狩りの精度も上がった。」
「そうか」
俺が淹れた珈琲をテーブルに置くと、ファルクはゆっくりと手を伸ばし、両手で器を包む。温度を、香りを、肌と鼻で感じ取りながら、口に含んだ。
その動作は以前の彼からは想像できないほど慎重で、そして満足げだった。
「昨日、仕留めた鹿……一撃で済んだ。風の流れと匂いの変化が、前よりも分かるようになった」
「……五感が研ぎ澄まされてきたってことか」
ファルクは、小さく頷く。
「前は……ただ喰って、眠って、戦ってた。けど、今は違う。これを──締めに飲むために、身体も頭もちゃんと動かしたくなる。汗まみれ、泥まみれのままじゃ、こいつを味わい尽くせねぇ」
言葉に照れも誇張もない。純粋な感覚の変化を、素直に口にしている。それが、ファルクという獣人の最大の魅力なのだろう。
「なるほどな。気に入ったんなら、それでいい」
俺は短くそう返し、煙草に火をつけた。白い煙がゆっくりと立ち上がる。ファルクは、それを目で追うようにしながら、再び珈琲に口をつける。
「──ああ、今日のも、いい」
その一言に、どこか満ち足りた気配が宿っていた。
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