独身おじさんの異世界おひとりさまライフ〜金や評価は要りません。コーヒーとタバコ、そして本があれば最高です〜

旅する書斎(☆ほしい)

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第12章 おじさんと粗野な獣人

第160話

朝、カウンターに立つ俺の前に、毛並みの整った獣人が現れた。

ファルクだった。

いつもの無骨な雰囲気はそのままだが、どこか落ち着いた空気をまとっている。口を開けば乱雑だった語調も、今日は妙に丁寧だった。

「……おはよう、ございます」

一瞬だけ目を細めて、俺は小さく頷いた。

「おう。……悪くないじゃねぇか」

店の常連たちも、ちらりとファルクに目をやりながらも、特に騒ぐことなく各々の珈琲に集中している。それはつまり、彼の変化が場を乱していない証拠だ。

ファルクは静かに席に着き、背筋を正すように姿勢を整えた。

その仕草一つにも、以前とは違う“意志”が感じられた。



変化の兆しは、実は村の子どもたちの噂で聞いていた。

「あのファルク兄ちゃん、すげぇ変わったよな」

「こないだ、おばあちゃんの荷物、黙って持ってってくれた!」

あれだけ獣のままだった野生男が、そんなことを? と内心で苦笑したが、実際に目の前に座る姿は、確かに変わっていた。

言葉遣い、所作、眼差し。

すべてが、洗練というには程遠いが、明確に“整えよう”とする意思を感じさせる。

「……毛艶が、良くなってるな」

ふと、俺が呟くと、ファルクはぴくりと耳を動かし、素直に答えた。

「狩りのあと、川で体を洗ってから来てます。……匂いが邪魔になるかと思って」

「へえ」

言葉は短くても、そこには確かに敬意と配慮があった。

俺は黙って、手元のドリップに意識を戻す。



珈琲の湯がぽと、ぽと、と滴り落ちる間、ファルクは無言のまま、椅子の背にきちんと腰を据えて座っていた。

まるで、その音さえ楽しもうとしているかのように。

やがて、一杯のカップを彼の前に置くと、ファルクは両手で丁寧に受け取った。

「ありがとうございます」

まっすぐに礼を述べたその声に、俺はふと目を細めた。

ここまで変わるとは、正直、思っていなかった。

もちろん俺は、彼に何かを教えたわけじゃない。ただ、見せただけだ。うまい珈琲と、うまい煙草の世界を。

あとは、勝手に気づいて、勝手に進めばいい。

「自分のためにやるなら、それでいい」

ぽつりと呟いた言葉に、ファルクはわずかに微笑んだ。



そして、もう一つの変化は、狩りの精度だった。

いつだったかの朝。

ファルクは、皮袋に入れた獣肉をそっと俺の前に差し出した。

「余った分です。……一撃で仕留めて、血抜きをしたので、血の匂いは少ないです」

俺は袋を開け、中身を見て、すぐにそれが上等な部位であることを理解した。

肉の断面に、余計な破れも損傷もない。まるで刃物で正確に切り取ったような仕上がりだった。

「……変えたのか。狩り方を」

「はい。余韻を壊す血生臭さは、野蛮だって言われたので……」

「言ったな、俺」

俺は小さく笑いながら、簡素なグリルを生成し、火を入れる。

油がはぜ、肉が焼ける音と共に、香ばしい匂いが店内に広がっていく。

他の客たちも、ほんのりと視線をこちらへ向けるが、誰一人、何も言わない。

それが、この店のルールだ。

うまいものを前にして、余計な雑音を入れるな。

焼きあがった肉を皿にのせ、珈琲と共にファルクに差し出す。

「……やっぱり、味が違うな」

ファルクはうなずいた。

「はい。火の通し方、香り、食感……全部が、違う」

「それでいい」

俺は煙草をふかしながら、目を細めた。

「料理も煙草も珈琲も、気に入った奴だけが楽しめばいい」

その一言に、ファルクは深く頷き、珈琲のカップに口をつけた。

「……この一杯のためなら、全部、磨いてもいい気がします」

「そう思うなら、やればいい」

「はい」

ファルクは、微かに笑った。顔立ちは獣じみたままだが、その目には、確かに“自覚”という光が灯っていた。

「じゃあ──いただきます」
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