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第12章 おじさんと粗野な獣人
第163話
「なあ、知ってるか? ファルクのやつ、森の魔獣を一撃で仕留めたらしいぞ」
「ああ、しかも単独で、って話だ。ギルドでも噂になってる」
客たちの話し声が、カウンター越しに自然と耳に入ってきた。俺は特に相槌も打たず、手元のカップを傾ける。深煎りの苦味が、舌の奥に心地よく広がる。煙草に火を点け、一吸い。鼻から抜ける香りと苦味が、互いを引き立て合っていた。
そのとき、扉の鈴が鳴った。
「失礼します」
入ってきたのは、ファルクだった。全身に付着した血の痕はすでに洗い流されていたが、毛並みには戦いの余韻がわずかに残っている。店の空気が、彼の登場とともに、一瞬だけ張り詰めたような気がした。
「おお、アンタか!」
「すげえよな、あの森の魔獣、ひとりでやったんだってな!」
客のひとりが立ち上がり、感嘆の声を上げる。それを受けて、他の者も拍手や歓声を送った。ファルクは微笑を浮かべ、軽く頭を下げた。
「恐縮です。ですが……狩りの理由は、個人的なものでして」
「個人的?」
「はい。あの魔獣の咆哮が──店の空気を、壊していましたので」
彼の言葉に嘘はなかった。ただ、そこにあったのは、感情の昂ぶりでも使命感でもない。珈琲の香りと余韻を守る、という一点のみ。あくまで私的で、だが圧倒的な理由だった。
「……ファルク、席は空いてる。好みは変わってないか?」
「はい。焙煎強めの豆に、熱めの湯温。煙草は、あの〈白樺混合葉〉をお願いできますか」
「はいよ」
生成したカップと煙草を置くと、彼は礼を言い、ゆっくりと腰を下ろした。客たちは何も言わず、ただその背に尊敬の視線を向けるだけだった。
◇
数日後。朝方にギルドの使者が来たという報せが、村を駆け巡った。どうやら王都からの正式な推薦状と契約書が、ファルク宛てに届いたらしい。
「専属契約だとさ。報酬も破格だってよ」
「そりゃ当然だろ、あんな魔獣を一撃で沈めたんだ。あれがCランクとか、逆におかしいって!」
俺がカウンターで煙草をくゆらせていると、扉が開き、ギルドの正装を纏った男が入ってきた。後ろに控えていたのは、ファルクだった。
「お邪魔します、レンジ様」
「おう。久しぶりだな。で、どうだった?」
俺の問いに、男は苦笑交じりで肩をすくめた。
「説得は試みましたが……結果は、ご覧の通りでして」
ファルクが一歩前に出ると、静かに言った。
「ギルドの評価や報酬では、私の基準にはなりません。──私の評価は、ここ一杯を、どれだけ丁寧に味わえるか。それだけです」
男は言葉を失い、呆然とその言葉を聞いていた。
俺はそんな彼に、少しだけ口角を上げて言った。
「……やるな」
「ありがとうございます。レンジさんのおかげです」
そう言って席についたファルクに、俺はいつもの一杯を置いた。客たちが再びざわつき始める中、彼は静かに一言添えた。
「やはりこの香りは、今朝の湿度とよく合っております」
「煙草の葉も湿らせておいた。今日は深めの味わいになる」
「期待してしまいますね」
ファルクが湯気立つカップに口を寄せ、ひと口。少し目を細め、鼻で香りを抜き、満足げにうなずいた。
「──やはり、格別です」
俺は黙って、煙草に火を点けた。
「他所で名を上げたいなら、好きにすればいい。だが、ここで飲むなら──余計な雑音は、置いていけ」
「ああ、しかも単独で、って話だ。ギルドでも噂になってる」
客たちの話し声が、カウンター越しに自然と耳に入ってきた。俺は特に相槌も打たず、手元のカップを傾ける。深煎りの苦味が、舌の奥に心地よく広がる。煙草に火を点け、一吸い。鼻から抜ける香りと苦味が、互いを引き立て合っていた。
そのとき、扉の鈴が鳴った。
「失礼します」
入ってきたのは、ファルクだった。全身に付着した血の痕はすでに洗い流されていたが、毛並みには戦いの余韻がわずかに残っている。店の空気が、彼の登場とともに、一瞬だけ張り詰めたような気がした。
「おお、アンタか!」
「すげえよな、あの森の魔獣、ひとりでやったんだってな!」
客のひとりが立ち上がり、感嘆の声を上げる。それを受けて、他の者も拍手や歓声を送った。ファルクは微笑を浮かべ、軽く頭を下げた。
「恐縮です。ですが……狩りの理由は、個人的なものでして」
「個人的?」
「はい。あの魔獣の咆哮が──店の空気を、壊していましたので」
彼の言葉に嘘はなかった。ただ、そこにあったのは、感情の昂ぶりでも使命感でもない。珈琲の香りと余韻を守る、という一点のみ。あくまで私的で、だが圧倒的な理由だった。
「……ファルク、席は空いてる。好みは変わってないか?」
「はい。焙煎強めの豆に、熱めの湯温。煙草は、あの〈白樺混合葉〉をお願いできますか」
「はいよ」
生成したカップと煙草を置くと、彼は礼を言い、ゆっくりと腰を下ろした。客たちは何も言わず、ただその背に尊敬の視線を向けるだけだった。
◇
数日後。朝方にギルドの使者が来たという報せが、村を駆け巡った。どうやら王都からの正式な推薦状と契約書が、ファルク宛てに届いたらしい。
「専属契約だとさ。報酬も破格だってよ」
「そりゃ当然だろ、あんな魔獣を一撃で沈めたんだ。あれがCランクとか、逆におかしいって!」
俺がカウンターで煙草をくゆらせていると、扉が開き、ギルドの正装を纏った男が入ってきた。後ろに控えていたのは、ファルクだった。
「お邪魔します、レンジ様」
「おう。久しぶりだな。で、どうだった?」
俺の問いに、男は苦笑交じりで肩をすくめた。
「説得は試みましたが……結果は、ご覧の通りでして」
ファルクが一歩前に出ると、静かに言った。
「ギルドの評価や報酬では、私の基準にはなりません。──私の評価は、ここ一杯を、どれだけ丁寧に味わえるか。それだけです」
男は言葉を失い、呆然とその言葉を聞いていた。
俺はそんな彼に、少しだけ口角を上げて言った。
「……やるな」
「ありがとうございます。レンジさんのおかげです」
そう言って席についたファルクに、俺はいつもの一杯を置いた。客たちが再びざわつき始める中、彼は静かに一言添えた。
「やはりこの香りは、今朝の湿度とよく合っております」
「煙草の葉も湿らせておいた。今日は深めの味わいになる」
「期待してしまいますね」
ファルクが湯気立つカップに口を寄せ、ひと口。少し目を細め、鼻で香りを抜き、満足げにうなずいた。
「──やはり、格別です」
俺は黙って、煙草に火を点けた。
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