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第13章 おじさんとレストア
第174話
マーレ村の外れに、週に一度だけ立つ市場がある。
規模は小さいが、辺境らしく、街の物と違って妙に味のある“拾い物”が混じっていることがある。俺は時折そこを覗く。目的は決まっていない。ただ何か──気になるものがあれば、それを持ち帰る。
この日、古ぼけた布の下に半ば埋もれていた円盤が目に留まった。
「……魔道レコード、か」
黒く光る盤面には、微細な魔力の痕跡が残っていた。表面は傷だらけで、淵の一部が欠けている。だが中央の魔術刻印は、辛うじて原型を留めていた。再生装置と魔力を組み合わせ、音を紡ぎ出す──かつて王都の上流階級が愛用していた贅沢品だ。
それがこんな辺境の露店に転がっている理由など、聞かなくても分かる。貴族の屋敷から流れてきたのだろう。もしくは盗品か、亡き持ち主の遺品か。いずれにせよ、興味が湧いた。
値札代わりに置かれた紙には“音なし。装置不良?”とだけ書かれていた。俺はその文字を一瞥し、無言でそれを手に取った。
店主が声をかけてきた。
「それ、動きませんよ。飾りにするつもりなら安くしときますが」
「飾りにはしない」
「え?」
「音を聴く」
そう答えて、レコードを懐に収めた。
◇
店に戻ると、俺は真っ先に作業台を整えた。万能生成スキルで専用の工具と拡大鏡を生成。魔道刻印のパターンを読み取りながら、欠けたラインの再構築に取りかかる。
レコードの内部には、特殊な魔力が“線”として彫り込まれている。その線は音の波形と、魔法式の掛け合わせで成り立っており、ただの音を越えて“空間の記憶”すら再現する。
欠けた部分の再現には、俺自身の魔力感知能力を応用した。音の残滓──耳ではなく、感覚として残る“残響”の記憶を拾い、欠損した部分を補う。
「──これで、どうだ」
手を止めた俺の前には、復元された魔道レコードがあった。淵の亀裂は滑らかに補修され、盤面全体が均一な魔力の流れを保っている。魔術刻印も、本来のパターンに限りなく近い状態に再構築されていた。
次に必要なのは、再生装置だ。
こちらは既に以前、好奇心から一台作っていた。音響器と魔力導管を組み合わせた特殊な構造。俺の店の奥、いつも使っていない棚の上にひっそりと置いてあった。
魔道レコードを装置にそっと乗せる。蓄魔石に魔力を注ぎ、指先で針を落とす。
「再生──開始」
微かに空気が振動し、やがて音が流れ出した。
それは音楽、というよりも“場の再現”だった。柔らかな弦の音、遠くで交わされる会話、金属の器が触れ合う音、誰かが笑い、誰かが囁く。
王都のサロン。貴族たちが集い、音楽と酒を楽しんでいた空間。失われた時が、そこに甦る。
「……ほう」
椅子に腰を下ろし、珈琲を片手に聴き入る。
音の流れは流麗で、途切れもない。何より、生きた“空気”が再現されているのが印象的だった。普通の録音とは異なる、魔道レコードならではの記録方法だ。
曲が終わる直前、誰かが言った。
「──この音は、二度と出せないわ。ねえ、覚えてて」
その声が耳に残った。
俺は目を閉じ、深く息を吸った。珈琲の香りと重なり合い、過去の記憶が幻のように広がっていく。
「いい再生だった」
俺はレコードをそっと取り出し、棚に飾ることにした。今後、他の客に流すかどうかは分からない。俺が必要だと思った時にだけ、再生すればいい。
記録された音は、記憶の欠片だ。過ぎ去った誰かの、確かにあった時間。
それをもう一度、手元に引き寄せた。
規模は小さいが、辺境らしく、街の物と違って妙に味のある“拾い物”が混じっていることがある。俺は時折そこを覗く。目的は決まっていない。ただ何か──気になるものがあれば、それを持ち帰る。
この日、古ぼけた布の下に半ば埋もれていた円盤が目に留まった。
「……魔道レコード、か」
黒く光る盤面には、微細な魔力の痕跡が残っていた。表面は傷だらけで、淵の一部が欠けている。だが中央の魔術刻印は、辛うじて原型を留めていた。再生装置と魔力を組み合わせ、音を紡ぎ出す──かつて王都の上流階級が愛用していた贅沢品だ。
それがこんな辺境の露店に転がっている理由など、聞かなくても分かる。貴族の屋敷から流れてきたのだろう。もしくは盗品か、亡き持ち主の遺品か。いずれにせよ、興味が湧いた。
値札代わりに置かれた紙には“音なし。装置不良?”とだけ書かれていた。俺はその文字を一瞥し、無言でそれを手に取った。
店主が声をかけてきた。
「それ、動きませんよ。飾りにするつもりなら安くしときますが」
「飾りにはしない」
「え?」
「音を聴く」
そう答えて、レコードを懐に収めた。
◇
店に戻ると、俺は真っ先に作業台を整えた。万能生成スキルで専用の工具と拡大鏡を生成。魔道刻印のパターンを読み取りながら、欠けたラインの再構築に取りかかる。
レコードの内部には、特殊な魔力が“線”として彫り込まれている。その線は音の波形と、魔法式の掛け合わせで成り立っており、ただの音を越えて“空間の記憶”すら再現する。
欠けた部分の再現には、俺自身の魔力感知能力を応用した。音の残滓──耳ではなく、感覚として残る“残響”の記憶を拾い、欠損した部分を補う。
「──これで、どうだ」
手を止めた俺の前には、復元された魔道レコードがあった。淵の亀裂は滑らかに補修され、盤面全体が均一な魔力の流れを保っている。魔術刻印も、本来のパターンに限りなく近い状態に再構築されていた。
次に必要なのは、再生装置だ。
こちらは既に以前、好奇心から一台作っていた。音響器と魔力導管を組み合わせた特殊な構造。俺の店の奥、いつも使っていない棚の上にひっそりと置いてあった。
魔道レコードを装置にそっと乗せる。蓄魔石に魔力を注ぎ、指先で針を落とす。
「再生──開始」
微かに空気が振動し、やがて音が流れ出した。
それは音楽、というよりも“場の再現”だった。柔らかな弦の音、遠くで交わされる会話、金属の器が触れ合う音、誰かが笑い、誰かが囁く。
王都のサロン。貴族たちが集い、音楽と酒を楽しんでいた空間。失われた時が、そこに甦る。
「……ほう」
椅子に腰を下ろし、珈琲を片手に聴き入る。
音の流れは流麗で、途切れもない。何より、生きた“空気”が再現されているのが印象的だった。普通の録音とは異なる、魔道レコードならではの記録方法だ。
曲が終わる直前、誰かが言った。
「──この音は、二度と出せないわ。ねえ、覚えてて」
その声が耳に残った。
俺は目を閉じ、深く息を吸った。珈琲の香りと重なり合い、過去の記憶が幻のように広がっていく。
「いい再生だった」
俺はレコードをそっと取り出し、棚に飾ることにした。今後、他の客に流すかどうかは分からない。俺が必要だと思った時にだけ、再生すればいい。
記録された音は、記憶の欠片だ。過ぎ去った誰かの、確かにあった時間。
それをもう一度、手元に引き寄せた。
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