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第14章 おじさんと頑固なドワーフ
第180話
その翌日、俺は古道具屋に足を運び、小ぶりな工具セットを買った。
柄の擦り減った金槌や、曲がったピンセット、使い込まれた鉄製のヤスリ。どれも誰かの手に馴染んでいた痕跡があるものばかりだ。
万能生成スキルを使えば新品の一級品も作れる。だが、それじゃ駄目なんだ。あの無骨なドワーフが触れるには、少し傷のあるものの方が馴染む気がした。
帰ってから、カウンター奥の棚の一角に布を敷き、買ってきた工具を並べた。すると、いつもの時間に、いつものように、彼が扉を軋ませて現れた。目が合うでもなく、無言で席につき、煙草を口にする。
俺はその様子を横目に、工具棚の前で動いてみせた。ドワーフの視線が、ほんの一瞬だけそちらに流れる。
「手入れは済ませてある。興味があれば、触っていいぞ」
そう言いながら、コーヒーと煙草のセットを出す。彼は黙って受け取り、いつものように一口啜った。そして何事もなかったかのように、再び前を向いた。
翌日、変化があった。
焙煎の合間、ふと棚を覗くと、ヤスリの角度がわずかに変わっていた。ピンセットも、手前に出されている。触った痕跡。何も言わず、使い、戻した。その癖がやけに几帳面で、思わず笑みが漏れた。
「そっちのピンセット、曲がってるから扱いにくかったろ」
「……慣れてる」
「なるほど。そういう手の感覚か」
「新しいのは馴染まん。古い鉄は、指が覚えてる」
短い言葉の中に、芯のある理屈が通っていた。職人ってのは、口じゃなくて指で語るんだろう。俺も似たようなものだ。だから、妙に納得がいく。
「じゃあ、置いとく。お前の椅子の隣に」
そう言って、工具箱を席の下へ移した。彼は目を細めたが、やはり何も言わなかった。
それからというもの、営業が落ち着いた午後、彼は黙って工具を取り出しては、使い終えた部品を磨いていた。壊れた焙煎の芯を削り直したり、煙草の火皿に嵌める金具を削り出したり。黙々と、寸分の狂いなく仕上げていく。
「前から思ってたんだが、火の扱いが異様に丁寧だな。焙煎より鍛冶向きじゃないのか」
「火は生き物だ。馴染まなきゃ噛まれる」
「まるで野良猫みたいな言い草だな」
「猫よりしぶとい。こっちは赤く光る」
そう言って、火皿をくるりと回して見せた。確かに、美しい赤だ。使い込まれた鉄の芯に、微かに残る熱が滲んでいた。
「お前、名前は?」
俺がそう問うと、彼は少しだけ眉を上げた。
「ドルガン」
「レンジだ。……まぁ、知ってるか」
「知ってる。煙草と珈琲の変人」
「それはお互い様だろ、無口の石頭」
そう返すと、彼は微かに喉を鳴らした。たぶん、笑ったんだろう。俺はそれで十分だった。
ある日、彼が遅れて来た。普段ならとっくに席についている時間。いつもと違う状況に、他の常連たちも少しそわそわしていた。
「ドワーフの親父さん、今日どうしたんだ?」
「風邪でも引いたんじゃないか」
「いや、あの頑丈さで風邪はねぇだろ」
そう言い合う声を聞きながら、俺はふと思い出す。焙煎機の煙突を通す外壁の鉄板に、やや歪みが出ていたのだ。修理するには誰かの手がいる──そう考えた彼が、自分の道具を取りに戻ったのかもしれない。
そんな予感は当たっていた。
日が傾き始めた頃、店の裏手に回ると、そこにドルガンがいた。腰に革の道具袋を下げ、黙々と鉄板の継ぎ目を調整している。
「おいおい、勝手に工事始めるなよ。大家に怒られるぞ」
「……火が逃げてる。煙が籠もる。店に良くない」
「それはそうだが……」
「俺がやる。俺の焙煎の香りだからな」
その言い草に、俺は吹き出してしまった。あれだけ無口だったくせに、焙煎の匂いを“自分の”だと認めるとは。なんだか妙に嬉しかった。
「じゃあ、好きにやれ。工具足りなきゃ、奥から持ってこい」
「ある」
言いながら、袋から丁寧に工具を取り出す。その動作はまるで儀式のようで、一つひとつが研ぎ澄まされていた。
その日、煙突の通気は見違えるほど良くなった。珈琲の香りが村の通りまで流れ出し、店の前には新しい客の姿も見られるようになった。
だが、彼は変わらず、いつもの席に座り、黙って珈琲と煙草を味わっていた。まるで何事もなかったかのように。
「通りまで香ってるな」
「風の道が通っただけだ」
「通したのは誰だよ」
「火が逃げただけだ」
言葉は相変わらず少ないが、その一つひとつに芯がある。俺と似た、火と香りに生きる職人の感覚。言葉より、道具と所作で語るやり方。
その日、帳簿の余白にメモを書いた。
──ドルガン、裏の風を通す。火の男は、言葉で語らず、煙と鉄で店を整える。
柄の擦り減った金槌や、曲がったピンセット、使い込まれた鉄製のヤスリ。どれも誰かの手に馴染んでいた痕跡があるものばかりだ。
万能生成スキルを使えば新品の一級品も作れる。だが、それじゃ駄目なんだ。あの無骨なドワーフが触れるには、少し傷のあるものの方が馴染む気がした。
帰ってから、カウンター奥の棚の一角に布を敷き、買ってきた工具を並べた。すると、いつもの時間に、いつものように、彼が扉を軋ませて現れた。目が合うでもなく、無言で席につき、煙草を口にする。
俺はその様子を横目に、工具棚の前で動いてみせた。ドワーフの視線が、ほんの一瞬だけそちらに流れる。
「手入れは済ませてある。興味があれば、触っていいぞ」
そう言いながら、コーヒーと煙草のセットを出す。彼は黙って受け取り、いつものように一口啜った。そして何事もなかったかのように、再び前を向いた。
翌日、変化があった。
焙煎の合間、ふと棚を覗くと、ヤスリの角度がわずかに変わっていた。ピンセットも、手前に出されている。触った痕跡。何も言わず、使い、戻した。その癖がやけに几帳面で、思わず笑みが漏れた。
「そっちのピンセット、曲がってるから扱いにくかったろ」
「……慣れてる」
「なるほど。そういう手の感覚か」
「新しいのは馴染まん。古い鉄は、指が覚えてる」
短い言葉の中に、芯のある理屈が通っていた。職人ってのは、口じゃなくて指で語るんだろう。俺も似たようなものだ。だから、妙に納得がいく。
「じゃあ、置いとく。お前の椅子の隣に」
そう言って、工具箱を席の下へ移した。彼は目を細めたが、やはり何も言わなかった。
それからというもの、営業が落ち着いた午後、彼は黙って工具を取り出しては、使い終えた部品を磨いていた。壊れた焙煎の芯を削り直したり、煙草の火皿に嵌める金具を削り出したり。黙々と、寸分の狂いなく仕上げていく。
「前から思ってたんだが、火の扱いが異様に丁寧だな。焙煎より鍛冶向きじゃないのか」
「火は生き物だ。馴染まなきゃ噛まれる」
「まるで野良猫みたいな言い草だな」
「猫よりしぶとい。こっちは赤く光る」
そう言って、火皿をくるりと回して見せた。確かに、美しい赤だ。使い込まれた鉄の芯に、微かに残る熱が滲んでいた。
「お前、名前は?」
俺がそう問うと、彼は少しだけ眉を上げた。
「ドルガン」
「レンジだ。……まぁ、知ってるか」
「知ってる。煙草と珈琲の変人」
「それはお互い様だろ、無口の石頭」
そう返すと、彼は微かに喉を鳴らした。たぶん、笑ったんだろう。俺はそれで十分だった。
ある日、彼が遅れて来た。普段ならとっくに席についている時間。いつもと違う状況に、他の常連たちも少しそわそわしていた。
「ドワーフの親父さん、今日どうしたんだ?」
「風邪でも引いたんじゃないか」
「いや、あの頑丈さで風邪はねぇだろ」
そう言い合う声を聞きながら、俺はふと思い出す。焙煎機の煙突を通す外壁の鉄板に、やや歪みが出ていたのだ。修理するには誰かの手がいる──そう考えた彼が、自分の道具を取りに戻ったのかもしれない。
そんな予感は当たっていた。
日が傾き始めた頃、店の裏手に回ると、そこにドルガンがいた。腰に革の道具袋を下げ、黙々と鉄板の継ぎ目を調整している。
「おいおい、勝手に工事始めるなよ。大家に怒られるぞ」
「……火が逃げてる。煙が籠もる。店に良くない」
「それはそうだが……」
「俺がやる。俺の焙煎の香りだからな」
その言い草に、俺は吹き出してしまった。あれだけ無口だったくせに、焙煎の匂いを“自分の”だと認めるとは。なんだか妙に嬉しかった。
「じゃあ、好きにやれ。工具足りなきゃ、奥から持ってこい」
「ある」
言いながら、袋から丁寧に工具を取り出す。その動作はまるで儀式のようで、一つひとつが研ぎ澄まされていた。
その日、煙突の通気は見違えるほど良くなった。珈琲の香りが村の通りまで流れ出し、店の前には新しい客の姿も見られるようになった。
だが、彼は変わらず、いつもの席に座り、黙って珈琲と煙草を味わっていた。まるで何事もなかったかのように。
「通りまで香ってるな」
「風の道が通っただけだ」
「通したのは誰だよ」
「火が逃げただけだ」
言葉は相変わらず少ないが、その一つひとつに芯がある。俺と似た、火と香りに生きる職人の感覚。言葉より、道具と所作で語るやり方。
その日、帳簿の余白にメモを書いた。
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