180 / 243
第14章 おじさんと頑固なドワーフ
第181話
次の日の昼下がり、焙煎機に火を入れていると、店の扉がわずかに開いた。くぐもった軋み音とともに、見慣れた低い影が入り込む。いつもより少しだけ早い時間だ。
「……まだ、焙煎中だぞ」
そう言いかけると、ドルガンは無言で頷き、ゆっくりとカウンター前の椅子に腰を下ろした。両腕を組んで、じっとこちらの作業を見つめてくる。その眼差しは、どこか職人同士の目だった。
「見たいなら近くで見ても構わん」
「見える」
「そっか」
俺は手を止めず、豆の色合いと音、香りを確認しながら火を調整する。火加減は極めて繊細だ。少しでも焦げ臭くなれば、台無しになる。
「……水分が飛ぶ音。豆の鳴き方が違う」
「耳がいいな。あんた、火の鍛冶だけじゃなく焙煎もできるんじゃないか」
「やらん」
「興味ないか?」
「火は刃に込めるもの。飲み物に使うのは、違う」
「そうかい。俺には、それが最高の一杯になる」
「それはそれで、腕の使い方だな」
そんな短いやりとりを交わしながら、俺は焙煎機のハンドルを回し、熱を逃がす。カラカラと豆が転がる音が響き、漂い出す香ばしい匂いが、すぐに店内に満ちていった。
「……いい香りだ」
「お、珍しいな。言葉にするなんて」
「刃に油を差したときに近い。刃が喜ぶ匂いだ」
「なるほど。それは俺には分からんな。だが、この香りが人を引き寄せるのは事実だ」
「道具も、匂いで分かる。良い鍛冶場は、鉄と炭の混じった匂いがする」
「店も同じだ。珈琲と煙草の香りが、良い空気を作る」
その言葉に、ドルガンはわずかに口元を歪めた。もしかすると、それが奴流の笑みかもしれない。
「煙草、巻いてくれ」
「いつものか?」
「違う。今日は……香りが強いやつ」
「いい目してるな。焙煎見たからか?」
「舌じゃなく、鼻が欲しがってる」
「なるほど、面白い」
俺は手早く巻紙を広げ、今日の豆と相性が良さそうな葉を選んだ。甘みのある香葉に、軽く焙煎された薬草を混ぜ、火をつけやすいよう乾燥した綿繊維を添える。
「吸いやすいが、ちょっと刺激あるぞ」
「火の味がしてりゃ、それでいい」
そう言ってドルガンは火をつけた。ゆっくりと煙が立ちのぼり、彼の顔が一瞬だけ柔らいだ。
「……確かに、焙煎の香りが残ってる」
「葉の乾燥に使ったのも、今の火だ。そっちの煙と、繋がってるってわけだ」
「手間だな」
「それが趣味ってもんだ」
「悪くない」
それきり、彼は黙った。だがその目は、明らかに満足していた。うなずきも、礼もない。ただ、その後の滞在時間が長くなっただけだ。
その後も、ドルガンはほぼ毎日通ってきた。珈琲を啜り、煙草を燻らせ、工具で何かを直したり、時には黙って座っているだけだった。
ある日のこと。彼は腰に革巻きの包みをつけて現れた。それを店のカウンターに置くと、手を広げて無言で示す。
「これは……鋳型の部品か?」
「炉の蓋。合いが悪い。作り直す」
「俺の店で?」
「この火なら、馴染む。型を焼く」
「ふうん、まぁいいけど……どう使う?」
「珈琲で湿らせる。煙草の灰で焼き固める」
「斬新だな……職人ってのは、時々訳が分からん」
「刃も同じ。分からん時が一番鋭くなる」
道具を出して、黙々と型取りを始める。俺は焙煎を終えた豆を保管しながら、横目でその動きを追った。火加減、湿度、焼き付けるタイミング。どれも正確だった。
「……いいか。仕上げは任せる」
「いいのか? 自分で最後までやらないんだな」
「仕上げは、お前の火だ。珈琲の熱。俺の鍛冶場にはない温度」
「変な信頼のされ方だが……悪くない」
道具を預かり、俺は焙煎の火でじっくりと温めた。鍛冶場の炎とは違う、優しく長く保つ熱。金属が軋むことなく、滑らかに馴染んでいく。
翌日、仕上げた蓋を返すと、ドルガンは少しだけ目を細めた。
「……いい火だった」
「焙煎の力だな」
「鍛冶の炎には、ない色だった」
「まぁ、火の使い方はそれぞれだからな」
「また、借りる」
「好きにしろ。次は、何を焼く?」
「……煙草の火皿。割れてるやつがある」
「了解。金属でも、陶器でも、なんでもこいだ」
ドルガンは黙ってうなずき、煙草を吸った。口元から漏れた煙が、店の中にうっすらと広がる。コーヒーの香りと交わり、どこか馴染んだ空気が流れる。
カウンター越しにそれを見ながら、俺はいつもの帳簿を開き、さらりと書き加えた。
──火を通すドワーフ。言葉は少なく、煙と香りで語る。次は、陶器。火皿の仕上がりに期待。
「……まだ、焙煎中だぞ」
そう言いかけると、ドルガンは無言で頷き、ゆっくりとカウンター前の椅子に腰を下ろした。両腕を組んで、じっとこちらの作業を見つめてくる。その眼差しは、どこか職人同士の目だった。
「見たいなら近くで見ても構わん」
「見える」
「そっか」
俺は手を止めず、豆の色合いと音、香りを確認しながら火を調整する。火加減は極めて繊細だ。少しでも焦げ臭くなれば、台無しになる。
「……水分が飛ぶ音。豆の鳴き方が違う」
「耳がいいな。あんた、火の鍛冶だけじゃなく焙煎もできるんじゃないか」
「やらん」
「興味ないか?」
「火は刃に込めるもの。飲み物に使うのは、違う」
「そうかい。俺には、それが最高の一杯になる」
「それはそれで、腕の使い方だな」
そんな短いやりとりを交わしながら、俺は焙煎機のハンドルを回し、熱を逃がす。カラカラと豆が転がる音が響き、漂い出す香ばしい匂いが、すぐに店内に満ちていった。
「……いい香りだ」
「お、珍しいな。言葉にするなんて」
「刃に油を差したときに近い。刃が喜ぶ匂いだ」
「なるほど。それは俺には分からんな。だが、この香りが人を引き寄せるのは事実だ」
「道具も、匂いで分かる。良い鍛冶場は、鉄と炭の混じった匂いがする」
「店も同じだ。珈琲と煙草の香りが、良い空気を作る」
その言葉に、ドルガンはわずかに口元を歪めた。もしかすると、それが奴流の笑みかもしれない。
「煙草、巻いてくれ」
「いつものか?」
「違う。今日は……香りが強いやつ」
「いい目してるな。焙煎見たからか?」
「舌じゃなく、鼻が欲しがってる」
「なるほど、面白い」
俺は手早く巻紙を広げ、今日の豆と相性が良さそうな葉を選んだ。甘みのある香葉に、軽く焙煎された薬草を混ぜ、火をつけやすいよう乾燥した綿繊維を添える。
「吸いやすいが、ちょっと刺激あるぞ」
「火の味がしてりゃ、それでいい」
そう言ってドルガンは火をつけた。ゆっくりと煙が立ちのぼり、彼の顔が一瞬だけ柔らいだ。
「……確かに、焙煎の香りが残ってる」
「葉の乾燥に使ったのも、今の火だ。そっちの煙と、繋がってるってわけだ」
「手間だな」
「それが趣味ってもんだ」
「悪くない」
それきり、彼は黙った。だがその目は、明らかに満足していた。うなずきも、礼もない。ただ、その後の滞在時間が長くなっただけだ。
その後も、ドルガンはほぼ毎日通ってきた。珈琲を啜り、煙草を燻らせ、工具で何かを直したり、時には黙って座っているだけだった。
ある日のこと。彼は腰に革巻きの包みをつけて現れた。それを店のカウンターに置くと、手を広げて無言で示す。
「これは……鋳型の部品か?」
「炉の蓋。合いが悪い。作り直す」
「俺の店で?」
「この火なら、馴染む。型を焼く」
「ふうん、まぁいいけど……どう使う?」
「珈琲で湿らせる。煙草の灰で焼き固める」
「斬新だな……職人ってのは、時々訳が分からん」
「刃も同じ。分からん時が一番鋭くなる」
道具を出して、黙々と型取りを始める。俺は焙煎を終えた豆を保管しながら、横目でその動きを追った。火加減、湿度、焼き付けるタイミング。どれも正確だった。
「……いいか。仕上げは任せる」
「いいのか? 自分で最後までやらないんだな」
「仕上げは、お前の火だ。珈琲の熱。俺の鍛冶場にはない温度」
「変な信頼のされ方だが……悪くない」
道具を預かり、俺は焙煎の火でじっくりと温めた。鍛冶場の炎とは違う、優しく長く保つ熱。金属が軋むことなく、滑らかに馴染んでいく。
翌日、仕上げた蓋を返すと、ドルガンは少しだけ目を細めた。
「……いい火だった」
「焙煎の力だな」
「鍛冶の炎には、ない色だった」
「まぁ、火の使い方はそれぞれだからな」
「また、借りる」
「好きにしろ。次は、何を焼く?」
「……煙草の火皿。割れてるやつがある」
「了解。金属でも、陶器でも、なんでもこいだ」
ドルガンは黙ってうなずき、煙草を吸った。口元から漏れた煙が、店の中にうっすらと広がる。コーヒーの香りと交わり、どこか馴染んだ空気が流れる。
カウンター越しにそれを見ながら、俺はいつもの帳簿を開き、さらりと書き加えた。
──火を通すドワーフ。言葉は少なく、煙と香りで語る。次は、陶器。火皿の仕上がりに期待。
あなたにおすすめの小説
おばさんは、ひっそり暮らしたい
蝋梅
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。
たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。
さて、生きるには働かなければならない。
「仕方がない、ご飯屋にするか」
栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。
「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」
意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。
騎士サイド追加しました。2023/05/23
番外編を不定期ですが始めました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
神様の手違いで異世界転生した俺の魅了チートが、勇者のハーレムを根こそぎ奪って溺愛ハーレム作りました!
まさき
恋愛
ブラック企業で働き続けた俺が過労で倒れ、気づけば異世界に転生していた。
「手違いでごめんなさい」と神様に言われ、お詫びに貰ったのは【魅了】スキル——でも俺には使ってる自覚がない。
ただ普通に生きてるだけなのに、気づけばエルフが隣で微笑んでいる。
獣人族が耳を赤くしてついてくる。元魔王の娘が手料理を持ってくる。
そして10年かけてハーレムを作った勇者が、なぜか仲間を全員失っていく。
「手違い転生者に何故負けるんだああ!?」
社畜だった俺の、異世界溺愛ハーレム生活——ざまぁあり、甘々あり、笑いあり。
1話完結のオムニバス形式でお届けします!
【完結】転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して二年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
【完結】転生したら最強の魔法使いでした~元ブラック企業OLの異世界無双~
きゅちゃん
ファンタジー
過労死寸前のブラック企業OL・田中美咲(28歳)が、残業中に倒れて異世界に転生。転生先では「セリア・アルクライト」という名前で、なんと世界最強クラスの魔法使いとして生まれ変わる。
前世で我慢し続けた鬱憤を晴らすかのように、理不尽な権力者たちを魔法でバッサバッサと成敗し、困っている人々を助けていく。持ち前の社会人経験と常識、そして圧倒的な魔法力で、この世界の様々な問題を解決していく痛快ストーリー。
スマホアプリで衣食住確保の異世界スローライフ 〜面倒なことは避けたいのに怖いものなしのスライムと弱気なドラゴンと一緒だとそうもいかず〜
もーりんもも
ファンタジー
命より大事なスマホを拾おうとして命を落とした俺、武田義経。
ああ死んだと思った瞬間、俺はスマホの神様に祈った。スマホのために命を落としたんだから、お慈悲を!
目を開けると、俺は異世界に救世主として召喚されていた。それなのに俺のステータスは平均よりやや上といった程度。
スキル欄には見覚えのある虫眼鏡アイコンが。だが異世界人にはただの丸印に見えたらしい。
何やら漂う失望感。結局、救世主ではなく、ただの用無しと認定され、宮殿の使用人という身分に。
やれやれ。スキル欄の虫眼鏡をタップすると検索バーが出た。
「ご飯」と検索すると、見慣れたアプリがずらずらと! アプリがダウンロードできるんだ!
ヤバくない? 不便な異世界だけど、楽してダラダラ生きていこう――そう思っていた矢先、命を狙われ国を出ることに。
ひょんなことから知り合った老婆のお陰でなんとか逃げ出したけど、気がつけば、いつの間にかスライムやらドラゴンやらに囲まれて、どんどん不本意な方向へ……。
2025/04/04-06 HOTランキング1位をいただきました! 応援ありがとうございます!
※AI学習禁止・無断転載禁止・無断翻訳禁止・無断朗読禁止
勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!
よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です!
僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。
つねやま じゅんぺいと読む。
何処にでもいる普通のサラリーマン。
仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・
突然気分が悪くなり、倒れそうになる。
周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。
何が起こったか分からないまま、気を失う。
気が付けば電車ではなく、どこかの建物。
周りにも人が倒れている。
僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。
気が付けば誰かがしゃべってる。
どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。
そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。
想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。
どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。
一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・
ですが、ここで問題が。
スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・
より良いスキルは早い者勝ち。
我も我もと群がる人々。
そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。
僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。
気が付けば2人だけになっていて・・・・
スキルも2つしか残っていない。
一つは鑑定。
もう一つは家事全般。
両方とも微妙だ・・・・
彼女の名は才村 友郁
さいむら ゆか。 23歳。
今年社会人になりたて。
取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。
ダンジョンを拾ったので、スキル〈ホームセンター〉で好き勝手リフォームします
ランド犬
ファンタジー
異世界に転移した佐々木悠人は、召喚でも勇者でもなかった。ただ迷い込んだ先で見つけたのは、王都を望む郊外にひっそりと口を開けるダンジョン。足を踏み入れた瞬間、発動したスキルは
――〈ホームセンター〉
壁を張り替え、部屋を増やし、畑や牧場、カフェまで作れる不可思議な力だった。
気ままに始めたリフォームは、もふもふなネコミミ獣人の少女との出会いをきっかけに、思わぬ変化を呼び始める。
拡張され続けるダンジョンの先で、悠人が作り上げる“住める迷宮”とは――?