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第14章 おじさんと頑固なドワーフ
第182話
次に奴が持ち込んだのは、見事に三つに割れた陶器製の煙草用火皿だった。縁には煤がしみ込み、内部には黒ずんだ焦げ跡が残っていたが、使い込まれたそれは確かに味のある形をしていた。
「……愛用のやつか?」
「先代の作。壊した」
「なるほど、大事なもんだな。繋ぎ目は見せない方がいいか? それともあえて残すか?」
「見せろ。繋ぎも道具の誇りだ」
「了解。じゃあ焼き締めは珈琲の灰と混ぜる。いい具合に色がつく」
「望む」
俺は分解された火皿の破片を受け取り、一つずつ丹念に形を確認した。欠けている部分はなかったのが幸いだ。合わせ目のカーブも狂っていない。これなら、少しの調整で済む。
「補強に針金でも使うか?」
「いらん。焼きだけで繋げ」
「焼きだけでいけるなら、俺の腕の見せ所だな」
火皿は小さく見えて、扱いは難しい。焦がせば脆くなるし、焼きが甘ければすぐに崩れる。焙煎用の遠火で長くあぶり、内部の水気を飛ばす。それから温度を一気に上げ、陶土と灰を反応させる。
「火が馴染むのに、時間はかかるぞ」
「急がん」
ドルガンはそう言ってカウンターに座り、煙草を口にくわえた。だが火皿がないからか、吸わずにくるくると指で回しているだけだった。
「……落ち着かないか?」
「落ち着いてる。火を待つのも、仕事のうちだ」
「確かに、そうだな」
店の奥で俺は作業に戻り、湿らせた灰をこねて粘度を調整する。割れ目に極細の竹筆で丁寧に塗り込み、破片を合わせていく。焙煎機の火を借りて、じっくりと焼きつける。
その間も、奴は一言も発さなかった。だが、視線だけは作業台の方を向いたままだ。鋭くもなく、批評的でもなく、ただ火を見守るようなまなざしだった。
「……これで焼きは終わり。あとは冷ますだけだ」
「割れは、目立つか?」
「うっすら線が見える。だがそれも含めて味になる」
「それがいい」
少し間を置いてから、俺は火皿をそっと手渡した。まだ温もりが残っている。
「……前より、重くなったか?」
「灰と粘土が加わったからな。だが、手になじむはずだ」
「手の重さは、使った時間で決まる。これは、ちょうどいい」
そう言って、ドルガンは初めて人前で煙草に火をつけた。深く吸い込み、吐き出した煙は、いつもよりも太く、ゆったりとした流れだった。
「火皿も喜んでるな」
「刃と同じだ。よく焼いた鉄は、音が変わる。これは、煙の音が違う」
「煙の音、か……面白い表現だ」
「火の道具は、喋る。目じゃなく、耳で聞くんだ」
「それは、珈琲と一緒だな。香りも、音も、味の一部だ」
「……道具と向き合う姿勢は、同じらしい」
その日、ドルガンは長居した。火皿を使いながら、黙って何度も煙草を巻き、ゆっくりと吸っていた。言葉は少なかったが、そこに居るという事実が、確かに何かを伝えていた。
翌朝、開店前に扉がノックされた。珍しいことだった。いつもなら勝手に入ってくるはずの奴が、わざわざ叩いたのだ。
「開いてるぞ」
扉の向こうから現れたドルガンは、手に小さな包みを持っていた。無言でそれをカウンターに置き、俺に向かってうなずく。
「これは?」
「道具の礼。鍛冶の片手槌だ」
「……受け取っていいのか?」
「火を通した。使えばわかる」
包みを開けると、見事な鉄槌が現れた。持ち手には手馴染みの良い木材が使われ、重心も絶妙だった。打ち出し模様が残されたままの鉄面は、実に美しい。
「こいつは……いい道具だ」
「火に合う道具は、火の中で作る。それだけだ」
「使わせてもらうよ」
「火皿も、こいつも、お前の火で育てろ」
そのままドルガンは席につき、いつものように黙って珈琲を待った。俺は無言で豆を挽き、焙煎された香りを立たせながら湯を注ぐ。
「今日は、少し苦めにしてみた」
「いい。目が覚める」
「火と鉄の朝には、これくらいがちょうどいいだろ」
「珈琲も鍛冶も、苦みが命だ」
「そうかもしれんな」
カウンターの奥に、俺の新しい槌がある。それをちらりと見てから、帳簿に一行を書き加えた。
──火を打つドワーフ。言葉は少なく、渡された道具が語る。次は、何を持ってくるか。
「……愛用のやつか?」
「先代の作。壊した」
「なるほど、大事なもんだな。繋ぎ目は見せない方がいいか? それともあえて残すか?」
「見せろ。繋ぎも道具の誇りだ」
「了解。じゃあ焼き締めは珈琲の灰と混ぜる。いい具合に色がつく」
「望む」
俺は分解された火皿の破片を受け取り、一つずつ丹念に形を確認した。欠けている部分はなかったのが幸いだ。合わせ目のカーブも狂っていない。これなら、少しの調整で済む。
「補強に針金でも使うか?」
「いらん。焼きだけで繋げ」
「焼きだけでいけるなら、俺の腕の見せ所だな」
火皿は小さく見えて、扱いは難しい。焦がせば脆くなるし、焼きが甘ければすぐに崩れる。焙煎用の遠火で長くあぶり、内部の水気を飛ばす。それから温度を一気に上げ、陶土と灰を反応させる。
「火が馴染むのに、時間はかかるぞ」
「急がん」
ドルガンはそう言ってカウンターに座り、煙草を口にくわえた。だが火皿がないからか、吸わずにくるくると指で回しているだけだった。
「……落ち着かないか?」
「落ち着いてる。火を待つのも、仕事のうちだ」
「確かに、そうだな」
店の奥で俺は作業に戻り、湿らせた灰をこねて粘度を調整する。割れ目に極細の竹筆で丁寧に塗り込み、破片を合わせていく。焙煎機の火を借りて、じっくりと焼きつける。
その間も、奴は一言も発さなかった。だが、視線だけは作業台の方を向いたままだ。鋭くもなく、批評的でもなく、ただ火を見守るようなまなざしだった。
「……これで焼きは終わり。あとは冷ますだけだ」
「割れは、目立つか?」
「うっすら線が見える。だがそれも含めて味になる」
「それがいい」
少し間を置いてから、俺は火皿をそっと手渡した。まだ温もりが残っている。
「……前より、重くなったか?」
「灰と粘土が加わったからな。だが、手になじむはずだ」
「手の重さは、使った時間で決まる。これは、ちょうどいい」
そう言って、ドルガンは初めて人前で煙草に火をつけた。深く吸い込み、吐き出した煙は、いつもよりも太く、ゆったりとした流れだった。
「火皿も喜んでるな」
「刃と同じだ。よく焼いた鉄は、音が変わる。これは、煙の音が違う」
「煙の音、か……面白い表現だ」
「火の道具は、喋る。目じゃなく、耳で聞くんだ」
「それは、珈琲と一緒だな。香りも、音も、味の一部だ」
「……道具と向き合う姿勢は、同じらしい」
その日、ドルガンは長居した。火皿を使いながら、黙って何度も煙草を巻き、ゆっくりと吸っていた。言葉は少なかったが、そこに居るという事実が、確かに何かを伝えていた。
翌朝、開店前に扉がノックされた。珍しいことだった。いつもなら勝手に入ってくるはずの奴が、わざわざ叩いたのだ。
「開いてるぞ」
扉の向こうから現れたドルガンは、手に小さな包みを持っていた。無言でそれをカウンターに置き、俺に向かってうなずく。
「これは?」
「道具の礼。鍛冶の片手槌だ」
「……受け取っていいのか?」
「火を通した。使えばわかる」
包みを開けると、見事な鉄槌が現れた。持ち手には手馴染みの良い木材が使われ、重心も絶妙だった。打ち出し模様が残されたままの鉄面は、実に美しい。
「こいつは……いい道具だ」
「火に合う道具は、火の中で作る。それだけだ」
「使わせてもらうよ」
「火皿も、こいつも、お前の火で育てろ」
そのままドルガンは席につき、いつものように黙って珈琲を待った。俺は無言で豆を挽き、焙煎された香りを立たせながら湯を注ぐ。
「今日は、少し苦めにしてみた」
「いい。目が覚める」
「火と鉄の朝には、これくらいがちょうどいいだろ」
「珈琲も鍛冶も、苦みが命だ」
「そうかもしれんな」
カウンターの奥に、俺の新しい槌がある。それをちらりと見てから、帳簿に一行を書き加えた。
──火を打つドワーフ。言葉は少なく、渡された道具が語る。次は、何を持ってくるか。
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