独身おじさんの異世界おひとりさまライフ〜金や評価は要りません。コーヒーとタバコ、そして本があれば最高です〜

旅する書斎(☆ほしい)

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第14章 おじさんと頑固なドワーフ

第184話

あれ以来、ドルガンは煙草と珈琲をセットで注文するようになった。といっても、あいつは相変わらず言葉を発しない。ただ、カウンターに座ると腰の袋を叩き、それが煙草の合図になっていた。

俺も毎度のように新しいブレンドを用意する。今日は、森で採れた野性味ある香りの葉を使った。乾燥させる過程で少しだけ燻しを入れ、舌に甘みが残るよう仕上げた。葉を割き、指先で均し、ふわりと火を入れる。

「これは……」

「ああ。森の香りだ。猪狩りに出る連中がよく使う葉だってさ」

「湿った香りがする」

「地面に染み込んだ油分と、木の皮の成分が混ざってる」

「……悪くない」

「猪の肉と合うって評判らしい。お前も狩りに行くのか?」

「鍛冶屋は獲物を焼くより、火を育てるほうが得意だ」

「そりゃまた名言だな」

「俺は火の話しか、しない」

「それもまた、いい趣味だ」

その日は、俺のほうが口数が多かった。珍しくドルガンも、それを嫌がるそぶりは見せなかった。店の空気に、少しだけ変化があった気がした。言葉ではなく、焙煎の香りと煙草の煙に、会話が染みていくような感覚。

翌日は市場の日で、午前から村がざわついていた。いつもは昼過ぎにやってくるドルガンが、その日に限って朝一番で現れた。しかも、手に布で包んだ細長いものを抱えていた。

「……重そうだな。何を持ってきた?」

「試し物だ」

「また鍛冶仕事か?」

「お前のためだ」

布を解くと、そこには真っ黒に焼き締められた一本の煙管が入っていた。装飾も無ければ、色味も地味だ。だが手に取った瞬間、俺はすぐに理解した。

「……これはすごいな。軽いのに芯がある」

「三度焼き。真芯に火を通した」

「通し過ぎてないのがまた凄い。芯を焼き切ってない」

「当たり前だ。火は、殺すものじゃない」

「吸い口の径も絶妙だ。煙が暴れない」

「……ようやく、合う相手がいた」

「この煙管、くれるのか?」

「代わりに、火を貸せ」

「いい取引だ」

煙草を一本、手のひらで転がす。野性味と焙煎の混ざった香りが、ゆっくりと立ち上がる。俺はそれを新しい煙管に詰め、火皿に着火した。焔は小さく、だが確かに芯まで届いていた。

ドルガンがそれをくわえ、深く吸い込む。ゆっくりと煙を吐きながら、初めて自分から声を出した。

「これは……良い火だ」

「お前の煙管が良いからだよ」

「いや、火の置き方が違う。形じゃない、焔の位置だ」

「じゃあ、火の向きが合ったんだな」

「……合ったな」

言葉数は少ないが、その間に込められた感情の重みは確かだった。あのドワーフの爺が、誰にも心を開かずにいた理由が、少しずつわかってきた気がした。火と煙と、鍛冶と嗜好。それだけで語り合える相手を、ずっと探していたのかもしれない。

その日を境に、ドルガンは焙煎にも興味を持ち始めた。店の奥、俺の焙煎釜を覗き込む姿がやたら真剣だった。

「……この釜、火の回り方が変だ」

「変ってのは?」

「下火が偏ってる。左が強く、右が弱い」

「俺も気づいてた。だが、かえって偏りが豆に個性を出す」

「なるほど。なら、調整するよりも、偏りに合わせた豆を使え」

「例えば?」

「酸味が強い豆は右。苦味が強い豆は左。火の通りで香りが引き立つ」

「それ、試してみる価値あるな」

「……俺に、焼かせろ」

「いいのか?」

「火に触れるなら、珈琲でも構わん」

「じゃあ、任せる」

俺は豆を準備し、火を起こす。ドルガンは小さくうなずき、手を伸ばして火加減を見た。鍛冶屋の手だ。指先が炭の流れを読み、熱のうねりを掴むように動く。

「……この火は、生きてる」

「そうだ。機械じゃなく、俺が育ててる火だからな」

「良い火だ。悪い道具じゃない」

「褒められたな」

「悪い道具は、黙っていても悪い匂いがする」

「人間も同じだ」

「……その通りだ」

焼き上がった豆は、確かに違っていた。いつもよりも立体的な香り、奥行きのある甘みが舌に残った。俺はその場で挽き、一杯を淹れた。

「……これが、お前の火の味か」

「いや、今日の火は、お前のだ」

「……悪くない」

その一言で十分だった。頑固なドワーフと、無愛想な珈琲屋の交差点。それが火の上で確かに繋がり始めている。言葉よりも、香りと煙と焔が、俺たちの会話だった。

「次は、鉄板を焼かせろ」

「何に使うんだ?」

「火皿の台座だ。お前の火に合う器を作る」

「……面白くなってきたな」

「面白くなければ、火を扱う意味がない」

「その通りだ」

俺たちの間に流れるもの。それは、言葉を超えた、火と煙の言語だった。
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