独身おじさんの異世界おひとりさまライフ〜金や評価は要りません。コーヒーとタバコ、そして本があれば最高です〜

旅する書斎(☆ほしい)

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第15章 おじさんと静寂

第193話

火吹き棒の先端が少し潰れていた。

地面に突き立てた拍子か、石にぶつけたか、あるいは夜中に眠気まじりで雑に扱ったか。

「……まあ、俺のせいだな」

手元に引き寄せて、細かく歪みを確認する。

道具ってのは、こうして少しずつくたびれていく。

それが味でもあるし、放っておけば命取りにもなる。

火吹き棒は、たかが空気を吹き込むための棒だが、火起こしの精度を支える重要な一手だ。

先端の内側に煤がこびりついていて、軽く息を吹いただけじゃ抜けない。

小さな布を巻いた針金を突っ込んで、ぐるりと回す。

黒い塊がぽろっと外れて、ようやく空気の通りが戻った。

「これでよし、と」

ついでに取っ手の革紐も交換する。

摩耗して千切れそうになっていた。

革は万能生成スキルで出せば一瞬だが、厚みと柔らかさを好みに仕立てるには、自分でやった方が早い。

削って、水に浸して、柔らかくなったところで引っ張りながら編み直す。

ぐるぐると巻いて、結び目を二重に固定。

指先に残る湿った革の感触が心地いい。

あとは乾かせば完成だ。

煙草に火をつけて、椅子に腰を下ろす。

煙が火吹き棒の内側を通って、向こうの風景に揺れる。

「道具ってのは正直だな」

使えば使うほど、癖が出る。

同じ火吹き棒でも、俺が使えば俺の道具になり、他人が使えば馴染まない。

それが面白い。

次は焚き火台の脚。

三本あるうちの一本がわずかに傾いていた。

「……いつ曲がった?」

手で押してみると、若干ぐらつく。

叩いた覚えはない。だが、石の上で使うことが多いから、繰り返しの衝撃で曲がったかもしれない。

外して、軽く熱を入れて、木槌で戻す。

見た目はわからない程度だが、座りが違う。

「この一手間が、大事なんだよ」

地面と道具の間に不安があると、焚き火はうまくいかない。

火を起こすってのは、風と木と熱のせめぎ合いだ。

そのバランスを取るのが、こういう些細な作業になる。

ついでに網も磨いておく。

煤が厚くなっていた。

このまま放置しておくと、味に雑味が出る。

特に魚を焼くときに、古い脂が残っていると風味が濁る。

金たわしでごしごしと擦る。

細かい繊維に引っかかった脂の塊が落ちて、銀の地肌が顔を出す。

何度も湯に浸けては擦り、繰り返してようやく満足のいく輝きになる。

水を切って、天日干し。

風が通る場所に引っかけておくと、余分な水分も飛んでくれる。

「やっぱ、手をかけた道具はいい」

指先に残った金属の感触が心地いい。

焚き火の道具一式を並べ直しながら、俺は煙草をふかした。

火ばさみ、風防、スパイスケース、飯盒、ロースター。

ひとつひとつが、俺の生活の延長にある。

どれも、持っているだけじゃ意味がない。

定期的に手を入れて、調整して、はじめて使える。

万能生成スキルでいくらでも同じ形は出せるが、それじゃ駄目なんだ。

手入れした分だけ、手に馴染むようになる。

調整した分だけ、失敗が減る。

そうやって、俺だけの道具になっていく。

「……次はクッカーか」

飯盒の蓋を開けて、内側を確認。

匂いはない。洗ってはいるが、蒸気だけじゃ落ちきらない脂が少し残っていた。

柑橘の皮を使って軽く擦る。

こいつもスキルで出したものだが、意外と汚れ落としに使える。

香りが広がって、ついでに虫除けにもなる。

拭き上げて、油を少し塗って蓋を閉める。

これで保管中に錆びない。

火加減をミスったり、地面に置いたりしても、すぐにはへこたれない。

「よし、終わり」

椅子に深く腰をかけ、整った道具を眺める。

並んだキャンプギアは、どれも見慣れた顔ぶれだ。

どれも、自分で選び、自分で作ったか、手を加えてきたものばかり。

他人から見たら、ただの道具の山だろう。

だが、俺にとっては違う。

ひとつひとつに、時間が染み込んでる。

不便なほうが、落ち着くこともある。

面倒なほうが、愛着が湧く。

その感覚を、俺はこっちに来てからようやく思い出した。

「……さて、何か焼くか」

風が少し強くなってきたが、火を扱えないほどじゃない。

道具の配置を確認して、風防の向きを変える。

木を組んで、火吹き棒で火種を育てる。

短く息を吹いて、炎が生まれる瞬間の熱を肌で感じる。

「──うん、完璧だ」

全部が整ってる。
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