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第16章 おじさんと旅芸人の少女
第205話
広場に足を踏み入れたとき、すでに食事会は始まっていた。
祭りとまではいかないが、村にしては珍しい規模の賑わい。
テーブルがいくつも並び、その上には山盛りの料理と酒瓶、果物が彩りよく並べられていた。
獣肉のローストや根菜の煮込み、パンにチーズ、簡易の焙煎酒まである。
空を見上げると、夕暮れの残光が淡く空を染め、ちょうど火を灯す頃合いだった。
焚き火が二カ所ほどに分けて組まれており、その明かりに照らされて、旅芸人の一座と村人たちが混じって談笑している。
遠目に見るだけでも、一座のメンバーと村の人間の見分けがほとんどつかないほど、空気が打ち解けていた。
「よぉ、来てくれたか」
旅芸人の父親が片手を上げて近づいてきた。
肩にワインの皮袋をぶら下げ、頬がほんのり赤い。
既に数杯は入っている様子だった。
「君が来てくれて、うちの連中も喜んでる」
「まあ、珈琲や煙草の世話になったってだけじゃなく……この村に馴染むには、君の店があったからだ、ってさ」
笑って、皮袋をこちらに差し出してくる。
俺はそれを断り、代わりに焙煎酒の小瓶を受け取った。
軽く一口だけ含んで、視線を広場に戻す。
子どもたちは焚き火の周りを走り回り、大人たちは手を叩いて笑っていた。
「こういうのは、悪くないだろう?」
父親が隣でつぶやいた。
俺は特に返さず、また酒を啜る。
喧噪の中に、ひときわ小さな気配があった。
焚き火の陰。
トレシーだった。
親や仲間たちのそばにいるが、どこか所在なさげに指を絡めていた。
目線は皆の輪の内側を見つめながら、その一歩外に立っている。
近づいていっても、彼女は驚かなかった。
「こんばんは……」
掠れた声で挨拶をし、すぐ目を逸らす。
「楽しいか?」
「……うん、たのしい、けど……」
トレシーは焚き火の揺らぎを見つめたまま、言葉を探すように唇を動かした。
「……やっぱり、わたし、あの店に……いたいな、って思って」
「ずっと、そこにいたいわけじゃないけど……でも、まだ、いたくて……」
「でも……」
言い淀んで、俯く。
彼女の視線の先には、一座の仲間たちがいる。
道化の男が即興の小芝居を始めていて、観客が次々に笑い声を上げていた。
「みんなと一緒にいるのも……わたし、きらいじゃないの」
「みんな、優しいし……わたしのこと、気にかけてくれてるし……」
「だけど、なんだろ……」
「音を出すってことが……たぶん、ひとりで静かな場所じゃないと、できない気がして……」
「わたしの音って……別に誰かに“見せる”ためじゃなくて……ただ、そこにいるための……」
焚き火の揺らぎに、彼女の言葉が飲み込まれていった。
俺は何も言わない。
ただ、煙草を取り出し、一本だけ火をつける。
灰を落としながら、彼女の吐息がまた揺れるのを待つ。
「……でも、だからって、みんなと離れたくないし……」
「わたし、やっぱり、わがままなんだな……」
「どっちも、ほしいなんて」
「贅沢、だよね……」
「……それで、なんか、苦しい」
誰かにわかってほしいような、でもわかってほしくないような、そんな声音だった。
俺は黙って、焚き火に煙を吹いた。
煙が空に溶けていく。
トレシーはその煙を目で追って、また静かに視線を落とす。
「……でも、今日は、みんなと過ごす」
「それで、いいって思う」
「……明日、でちゃうから」
そこまで言って、彼女は少しだけ笑った。
ほんのわずかにだけ、頬の力が抜けていた。
そんなとき、広場の中央で小太鼓が叩かれた。
音が一つ、また一つと重なっていく。
それが合図だった。
余興の始まりだ。
芸人のひとりが高く跳ねて、観客の前に躍り出る。
続けて別の若い男が笛を吹き、もう一人が即興の歌を放つ。
観客が拍手をし、子どもたちが歓声を上げる。
人々が輪になって、その真ん中で次々に芸が披露されていく。
滑稽な芝居。
軽業。
即興の掛け合い。
それを囲んで笑う村人たち。
時折、客の一人が引っ張り出され、輪の中で見よう見まねの踊りを披露させられる。
拍手と笑い声が、夜空に舞い上がる。
酒の香りと料理の匂いが混じって、広場を満たしていた。
俺は煙草をもう一本火をつけた。
祭りとまではいかないが、村にしては珍しい規模の賑わい。
テーブルがいくつも並び、その上には山盛りの料理と酒瓶、果物が彩りよく並べられていた。
獣肉のローストや根菜の煮込み、パンにチーズ、簡易の焙煎酒まである。
空を見上げると、夕暮れの残光が淡く空を染め、ちょうど火を灯す頃合いだった。
焚き火が二カ所ほどに分けて組まれており、その明かりに照らされて、旅芸人の一座と村人たちが混じって談笑している。
遠目に見るだけでも、一座のメンバーと村の人間の見分けがほとんどつかないほど、空気が打ち解けていた。
「よぉ、来てくれたか」
旅芸人の父親が片手を上げて近づいてきた。
肩にワインの皮袋をぶら下げ、頬がほんのり赤い。
既に数杯は入っている様子だった。
「君が来てくれて、うちの連中も喜んでる」
「まあ、珈琲や煙草の世話になったってだけじゃなく……この村に馴染むには、君の店があったからだ、ってさ」
笑って、皮袋をこちらに差し出してくる。
俺はそれを断り、代わりに焙煎酒の小瓶を受け取った。
軽く一口だけ含んで、視線を広場に戻す。
子どもたちは焚き火の周りを走り回り、大人たちは手を叩いて笑っていた。
「こういうのは、悪くないだろう?」
父親が隣でつぶやいた。
俺は特に返さず、また酒を啜る。
喧噪の中に、ひときわ小さな気配があった。
焚き火の陰。
トレシーだった。
親や仲間たちのそばにいるが、どこか所在なさげに指を絡めていた。
目線は皆の輪の内側を見つめながら、その一歩外に立っている。
近づいていっても、彼女は驚かなかった。
「こんばんは……」
掠れた声で挨拶をし、すぐ目を逸らす。
「楽しいか?」
「……うん、たのしい、けど……」
トレシーは焚き火の揺らぎを見つめたまま、言葉を探すように唇を動かした。
「……やっぱり、わたし、あの店に……いたいな、って思って」
「ずっと、そこにいたいわけじゃないけど……でも、まだ、いたくて……」
「でも……」
言い淀んで、俯く。
彼女の視線の先には、一座の仲間たちがいる。
道化の男が即興の小芝居を始めていて、観客が次々に笑い声を上げていた。
「みんなと一緒にいるのも……わたし、きらいじゃないの」
「みんな、優しいし……わたしのこと、気にかけてくれてるし……」
「だけど、なんだろ……」
「音を出すってことが……たぶん、ひとりで静かな場所じゃないと、できない気がして……」
「わたしの音って……別に誰かに“見せる”ためじゃなくて……ただ、そこにいるための……」
焚き火の揺らぎに、彼女の言葉が飲み込まれていった。
俺は何も言わない。
ただ、煙草を取り出し、一本だけ火をつける。
灰を落としながら、彼女の吐息がまた揺れるのを待つ。
「……でも、だからって、みんなと離れたくないし……」
「わたし、やっぱり、わがままなんだな……」
「どっちも、ほしいなんて」
「贅沢、だよね……」
「……それで、なんか、苦しい」
誰かにわかってほしいような、でもわかってほしくないような、そんな声音だった。
俺は黙って、焚き火に煙を吹いた。
煙が空に溶けていく。
トレシーはその煙を目で追って、また静かに視線を落とす。
「……でも、今日は、みんなと過ごす」
「それで、いいって思う」
「……明日、でちゃうから」
そこまで言って、彼女は少しだけ笑った。
ほんのわずかにだけ、頬の力が抜けていた。
そんなとき、広場の中央で小太鼓が叩かれた。
音が一つ、また一つと重なっていく。
それが合図だった。
余興の始まりだ。
芸人のひとりが高く跳ねて、観客の前に躍り出る。
続けて別の若い男が笛を吹き、もう一人が即興の歌を放つ。
観客が拍手をし、子どもたちが歓声を上げる。
人々が輪になって、その真ん中で次々に芸が披露されていく。
滑稽な芝居。
軽業。
即興の掛け合い。
それを囲んで笑う村人たち。
時折、客の一人が引っ張り出され、輪の中で見よう見まねの踊りを披露させられる。
拍手と笑い声が、夜空に舞い上がる。
酒の香りと料理の匂いが混じって、広場を満たしていた。
俺は煙草をもう一本火をつけた。
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