独身おじさんの異世界おひとりさまライフ〜金や評価は要りません。コーヒーとタバコ、そして本があれば最高です〜

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第17章 おじさんとレザークラフト

第211話

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椅子の脚をひっくり返しながら、俺はゆっくりと小さく息を吐いた。

「……これは、限界だな」

コーヒーを啜りながら、いつも座っていた古椅子の座面に目をやる。薄汚れた布地、擦り切れたクッション、沈みすぎる座り心地──悪くはないが、よくもない。長く使った分、味も出てはいるが、やはりそろそろ張り替え時だ。

この小屋で店を開いてから、椅子は全部、村の廃材を使って作ったものだ。背もたれは歪んでるし、座面も決して立派な作りじゃない。だが、それがまた妙に落ち着いた。

ただ、そこに革を足してやるだけで、もう一段階、質が変わる気がした。

「誰が座ろうが、座らなかろうが、座る場所だけはちゃんとしておきたい」

誰に言うでもない言葉を吐きながら、俺は作業台に道具を並べた。

使うのは、ほどよい厚みのミディアムブラウンのオイルレザー。強すぎず、柔らかすぎず、腰を下ろしたときに沈み込みすぎない質感。

椅子の座面を取り外し、釘を一本ずつ丁寧に抜いていく。埃の詰まったクッション材がぼろぼろと崩れ落ちるたび、少しだけ昔の匂いがした。

クッション材も新調する。万能生成スキルで、腰に優しい高反発素材を生成する。中身はスキルだが、外側だけは、俺の手で仕上げたかった。

革を広げ、座面の形に合わせて裁断する。しっとりとした質感に、指先が吸い込まれる感覚。何度触っても、この革の感触は飽きない。

縁のカーブに合わせて、慎重に角を落とし、タッカーで一辺ずつ留めていく。強すぎれば歪み、弱すぎれば浮く。その塩梅を確かめながら、革がぴたりと張るように、ゆっくりと引いて、打つ。

「よし」

一脚目が完成した。

手のひらでなぞると、革の表面が、陽を受けてほのかに輝いた。腰を下ろしてみると、沈み込みすぎず、しっかりと支える弾力。長時間座っても、疲れにくい仕上がりだった。

「……これだな」

次は二脚目。

椅子は全部で四脚。ひとつずつ、同じ手順で丁寧に張り替えていく。途中、釘の錆に手間取ったが、それも含めて楽しかった。

革を巻くたび、店の空間が少しずつ変わっていくのを感じた。

椅子というのは、不思議な存在だ。

誰も座っていないときでも、そこに「迎える姿勢」がある。誰かのための場所。だが、誰かが来なかったとしても、その椅子は、そこに在り続ける。

俺は、そういう椅子が好きだった。

「別に、客を当てにしてるわけじゃねえ」

そう呟いて、三脚目の座面を取り付けた。

革の張り具合が少しだけ緩かった。一度タッカーを抜き、再調整。数ミリずれるだけで、印象が変わる。

そんな些細なことにこだわるのは、性分だ。

道具は丁寧に使う。席はきちんと整える。客が来るかどうかじゃない、自分が納得できるかどうか──それだけだ。

四脚目の革を張る頃には、陽が傾き始めていた。

仕上げに、蜜蝋を薄く塗る。指で塗り広げながら、革の表面を整えていくと、さらにしっとりとした艶が浮かび上がった。

並べた四脚を見て、俺は一口コーヒーを啜った。

以前よりも、確かにこの空間が「店」らしくなった気がした。

「誰も来なくても、座る場所には手を抜かない」

そう思った瞬間、俺の中の何かがぴたりと静まった。

職人気質? そんな立派なもんじゃない。ただ、自分が過ごす場所に、手を抜くのが嫌いなだけだ。

椅子に腰を下ろし、煙草を取り出す。

ケースの蓋を、カチリと開ける。一本を取り、火をつける。

吸い込んだ煙が肺を満たし、静かに吐き出されたそれが、革張りの椅子に柔らかく広がっていく。

うん、座り心地は申し分ない。

この感覚なら、読書も、焙煎も、気ままな接客も、すべてがうまく回る気がする。

椅子の数が増えたからといって、誰かが増えるわけじゃない。だが、それでもいい。

ここは俺の場所だ。俺の空間だ。

客が来ようが来まいが、俺が気持ちよく過ごせるかどうか。

そのための椅子だ。

「さて……もう一杯、淹れるか」
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