独身おじさんの異世界おひとりさまライフ〜金や評価は要りません。コーヒーとタバコ、そして本があれば最高です〜

旅する書斎(☆ほしい)

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第18章 おじさんとじいさん

第228話

昼の焙煎を終え、カウンターの奥で一服していると、外からやけに静かな気配が流れてきた。

鳥でも飛んでいるのかと店先に出てみると、そこには予想外の光景があった。

じいさんが店の軒先に腰を下ろし、そのまわりに野良猫が五匹、いや、六匹。みんな毛並みはまばらで、耳の切れたやつや、片目のやつまでいる。

だが誰もじいさんを警戒していなかった。

むしろ、親でもあるかのようにその膝元に身を預け、丸くなってまどろんでいる。

「……なにやってんだ」

声をかけると、じいさんは片手をひらひらと振って応えた。猫たちは一斉に尻尾を立てて振る。人間相手にそんな反応を見せる猫を、俺はあまり見たことがない。

じいさんは猫の耳元に口を近づけ、なにやら囁いた。

だが、聞こえない。

近づいても、音として感じるものがまったくない。

それでも猫は、小さく鳴いてじいさんに応え、すり寄った。

「……今、何を話した」

「内緒じゃ」

にやりと笑って、じいさんは猫の背を優しく撫でた。

「それ、魔法か」

「いや、言葉じゃ。猫にだけ通じるやつ。言語というより、気配に近いかの」

「そんなもんがあるのか」

「あるとも。声に出せば消えてしまう言葉というのは、いくらでもある。猫はそれを嗅ぎ取る。だから、人よりも話が早い」

「……人間より猫の方が話が早いと?」

「そう言った」

「また妙な理屈を……」

「理屈ではない、実感じゃ」

じいさんはそう言って、膝の上で丸くなる白猫の頭をぽんと叩いた。

猫は目を細めたまま、身体をひねって寝返りを打った。

その脇で、黒猫がじいさんのローブの裾を軽くかじる。怒る様子もなく、じいさんは杖の先でそいつの背をぽんぽんと叩いた。

「人の子は問うが、猫は聞く。人の子は考えるが、猫は感じる。それがわかれば、会話は早い」

「つまり、聞くより感じろってか」

「さすが、話が早い」

「……猫扱いか、俺は」

「褒め言葉じゃ」

猫たちは完全に気を許していた。普段なら気まぐれで、撫でようとしたら逃げるくせに、このときばかりはじいさんの手に身を任せている。

まるで子猫のように、喉を鳴らしながら。

「ところで、何をそんなに話していた?」

「わしがこの村に居ついた理由よ。あやつらには、伝えておかねばの」

「猫に?」

「うむ。あやつらは風に乗って、あちこち行くからの。情報の伝達が速い」

「……使い魔みたいなもんか?」

「いや、友じゃ」

そう言って、じいさんは煙草を取り出し、くわえた。

火をつけるのではなく、猫のひとりが鼻先でちょんと突いた瞬間、煙がふわりと上がった。

「……まさか、火まで貸すのか」

「こう見えて、火の加減もわかるのじゃ」

「猫がか?」

「猫がじゃ」

じいさんの話には、いつもどこか真実味がある。半信半疑で聞いても、なぜか信じたくなる。

猫たちはまるで話を聞いているかのように、じいさんの言葉に反応し、時に瞬き、時に鳴く。

ひとしきりそうしてから、じいさんは立ち上がった。

「そろそろ、昼寝を終える時間じゃな」

「猫のことか」

「いや、わしのことじゃ」

猫たちはじいさんの動きに合わせてゆっくりと起き上がり、伸びをして、体を震わせ、再び村の通りへと消えていった。

ただ、ひとりだけ、耳の先がちぎれた茶色い猫が、じいさんの後ろをぴったりとついていく。

俺は煙草をふかしながら、その後ろ姿を見送った。

「……言葉にならないものの方が、通じるってか」

返事はなかった。

けれど、遠くでじいさんがまた猫に何かを囁くと、そいつは振り返りもせずに尾を立てた。

まるで、会話が終わったとでも言うように。
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