独身おじさんの異世界おひとりさまライフ〜金や評価は要りません。コーヒーとタバコ、そして本があれば最高です〜

旅する書斎(☆ほしい)

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第18章 おじさんとじいさん

第231話

朝の焙煎を終え、火を落としたあと、背後で気配がした。

振り返ると、じいさんが杖を持って立っていた。いつものローブ、だが、どこか軽やかに見える。

「……名残惜しいがの、やはり行かねばなるまい」

その声には、湿っぽさがなかった。ただ淡々としたものだった。

「好きにしろ」

「許可を取りに来たわけではないがな」

「俺も止める気はない。ただ、勝手に戻ってきても文句は言うなよ」

「ふっ……それは助かる」

じいさんは笑い、煙草を一本、俺から受け取った。

ふたりで火をつけ、煙をひとくゆらせた。

「思った以上に、いい場所だった。静かで、風がよく通る」

「それだけのために来たわけじゃないだろ」

「そうでもあるし、そうでもない。休まる場所は、時に戦場よりも貴重でのう」

「……行く先は決めてるのか?」

「風が決める」

「……まあ、らしいな」

それだけ言って、じいさんは背を向けた。



村の中央に向かうと、子どもたちがすでに集まっていた。

「じいさん、ほんとに行っちゃうの?」

「魔法、もっと教えてよ!」

「次は水の精霊の話って言ってたじゃん!」

「あー、あれまだ聞いてないのにー!」

騒ぎ立てる子どもたちを、じいさんは困ったような顔で見渡した。だがその目は、どこか嬉しそうでもあった。

「また、風が導いたら戻ってくるかもしれんの」

「ほんと?」

「うそついたら許さないからね!」

「ふむ……では、指切りをしておこうかの」

そう言って、じいさんは一人ひとりの小指に、自分の指を絡めて回った。大人びた口調のくせに、やることは丁寧だった。

村の大人たちも、ぽつぽつと顔を出していた。

「じいさん、畑の魔法、忘れませんよ」

「井戸の水、変わらず澄んでます」

「おかげで腰の痛みも和らいだよ。礼は何度言っても足りないくらいだ」

「……礼は不要じゃ。わしが勝手にやったことだ」

「それでも、助かりましたよ」

「そうか」

言葉は少なかったが、じいさんの立ち姿には、言葉以上のものが滲んでいた。

最後に、猫たちが足元に集まってきた。

いつの間にか集まった野良猫の群れが、じいさんの足元にすり寄り、頭をこすりつけていく。

じいさんはその一匹一匹に、小声で何かを囁いていた。

聞こえない。けれど、確かに語りかけている。

やがて、じいさんは村の外れへと歩き出した。

その背中を、誰も引き止めなかった。

ただ静かに、見送った。



数日後。

旅の商人が、ふらりと店に入ってきた。

カウンターでコーヒーを出すと、男は一口飲んで、「うまいねえ」とひと声漏らしたあと、ぽつりとこんな話を始めた。

「そういえば、噂を聞いたんですよ。王都の北、戦火が絶えなかった国境沿い。あそこに、昔の宮廷筆頭魔導士が現れたって」

「……魔導士?」

「ええ、名前は伏せられてましたけど、白い杖とローブの老人。敵国の要塞を、一夜で焼き尽くしたって。城壁も、兵も、魔導陣すらも全部、煙のように消えたってね」

「そうか」

「復帰したって話も出てるみたいで。いやあ、引退してたはずなんですがねえ。やっぱり只者じゃなかったんですな」

商人はにやにやと笑いながら、コーヒーを飲み干した。

「それじゃ、また。次は豆を仕入れてくるとしましょう」

店から出て行ったあと、俺は焙煎機に火を入れた。

豆を一掴み、手のひらに載せる。

焙煎室に香りが満ちたあと、俺はカウンターに戻り、煙草に火をつけた。

紫煙が立ち上る中、カップを指でなぞる。

そして、ぽつりと一言。

「……ふん、そうか」
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