230 / 243
第18章 おじさんとじいさん
第231話
しおりを挟む
朝の焙煎を終え、火を落としたあと、背後で気配がした。
振り返ると、じいさんが杖を持って立っていた。いつものローブ、だが、どこか軽やかに見える。
「……名残惜しいがの、やはり行かねばなるまい」
その声には、湿っぽさがなかった。ただ淡々としたものだった。
「好きにしろ」
「許可を取りに来たわけではないがな」
「俺も止める気はない。ただ、勝手に戻ってきても文句は言うなよ」
「ふっ……それは助かる」
じいさんは笑い、煙草を一本、俺から受け取った。
ふたりで火をつけ、煙をひとくゆらせた。
「思った以上に、いい場所だった。静かで、風がよく通る」
「それだけのために来たわけじゃないだろ」
「そうでもあるし、そうでもない。休まる場所は、時に戦場よりも貴重でのう」
「……行く先は決めてるのか?」
「風が決める」
「……まあ、らしいな」
それだけ言って、じいさんは背を向けた。
◇
村の中央に向かうと、子どもたちがすでに集まっていた。
「じいさん、ほんとに行っちゃうの?」
「魔法、もっと教えてよ!」
「次は水の精霊の話って言ってたじゃん!」
「あー、あれまだ聞いてないのにー!」
騒ぎ立てる子どもたちを、じいさんは困ったような顔で見渡した。だがその目は、どこか嬉しそうでもあった。
「また、風が導いたら戻ってくるかもしれんの」
「ほんと?」
「うそついたら許さないからね!」
「ふむ……では、指切りをしておこうかの」
そう言って、じいさんは一人ひとりの小指に、自分の指を絡めて回った。大人びた口調のくせに、やることは丁寧だった。
村の大人たちも、ぽつぽつと顔を出していた。
「じいさん、畑の魔法、忘れませんよ」
「井戸の水、変わらず澄んでます」
「おかげで腰の痛みも和らいだよ。礼は何度言っても足りないくらいだ」
「……礼は不要じゃ。わしが勝手にやったことだ」
「それでも、助かりましたよ」
「そうか」
言葉は少なかったが、じいさんの立ち姿には、言葉以上のものが滲んでいた。
最後に、猫たちが足元に集まってきた。
いつの間にか集まった野良猫の群れが、じいさんの足元にすり寄り、頭をこすりつけていく。
じいさんはその一匹一匹に、小声で何かを囁いていた。
聞こえない。けれど、確かに語りかけている。
やがて、じいさんは村の外れへと歩き出した。
その背中を、誰も引き止めなかった。
ただ静かに、見送った。
◇
数日後。
旅の商人が、ふらりと店に入ってきた。
カウンターでコーヒーを出すと、男は一口飲んで、「うまいねえ」とひと声漏らしたあと、ぽつりとこんな話を始めた。
「そういえば、噂を聞いたんですよ。王都の北、戦火が絶えなかった国境沿い。あそこに、昔の宮廷筆頭魔導士が現れたって」
「……魔導士?」
「ええ、名前は伏せられてましたけど、白い杖とローブの老人。敵国の要塞を、一夜で焼き尽くしたって。城壁も、兵も、魔導陣すらも全部、煙のように消えたってね」
「そうか」
「復帰したって話も出てるみたいで。いやあ、引退してたはずなんですがねえ。やっぱり只者じゃなかったんですな」
商人はにやにやと笑いながら、コーヒーを飲み干した。
「それじゃ、また。次は豆を仕入れてくるとしましょう」
店から出て行ったあと、俺は焙煎機に火を入れた。
豆を一掴み、手のひらに載せる。
焙煎室に香りが満ちたあと、俺はカウンターに戻り、煙草に火をつけた。
紫煙が立ち上る中、カップを指でなぞる。
そして、ぽつりと一言。
「……ふん、そうか」
振り返ると、じいさんが杖を持って立っていた。いつものローブ、だが、どこか軽やかに見える。
「……名残惜しいがの、やはり行かねばなるまい」
その声には、湿っぽさがなかった。ただ淡々としたものだった。
「好きにしろ」
「許可を取りに来たわけではないがな」
「俺も止める気はない。ただ、勝手に戻ってきても文句は言うなよ」
「ふっ……それは助かる」
じいさんは笑い、煙草を一本、俺から受け取った。
ふたりで火をつけ、煙をひとくゆらせた。
「思った以上に、いい場所だった。静かで、風がよく通る」
「それだけのために来たわけじゃないだろ」
「そうでもあるし、そうでもない。休まる場所は、時に戦場よりも貴重でのう」
「……行く先は決めてるのか?」
「風が決める」
「……まあ、らしいな」
それだけ言って、じいさんは背を向けた。
◇
村の中央に向かうと、子どもたちがすでに集まっていた。
「じいさん、ほんとに行っちゃうの?」
「魔法、もっと教えてよ!」
「次は水の精霊の話って言ってたじゃん!」
「あー、あれまだ聞いてないのにー!」
騒ぎ立てる子どもたちを、じいさんは困ったような顔で見渡した。だがその目は、どこか嬉しそうでもあった。
「また、風が導いたら戻ってくるかもしれんの」
「ほんと?」
「うそついたら許さないからね!」
「ふむ……では、指切りをしておこうかの」
そう言って、じいさんは一人ひとりの小指に、自分の指を絡めて回った。大人びた口調のくせに、やることは丁寧だった。
村の大人たちも、ぽつぽつと顔を出していた。
「じいさん、畑の魔法、忘れませんよ」
「井戸の水、変わらず澄んでます」
「おかげで腰の痛みも和らいだよ。礼は何度言っても足りないくらいだ」
「……礼は不要じゃ。わしが勝手にやったことだ」
「それでも、助かりましたよ」
「そうか」
言葉は少なかったが、じいさんの立ち姿には、言葉以上のものが滲んでいた。
最後に、猫たちが足元に集まってきた。
いつの間にか集まった野良猫の群れが、じいさんの足元にすり寄り、頭をこすりつけていく。
じいさんはその一匹一匹に、小声で何かを囁いていた。
聞こえない。けれど、確かに語りかけている。
やがて、じいさんは村の外れへと歩き出した。
その背中を、誰も引き止めなかった。
ただ静かに、見送った。
◇
数日後。
旅の商人が、ふらりと店に入ってきた。
カウンターでコーヒーを出すと、男は一口飲んで、「うまいねえ」とひと声漏らしたあと、ぽつりとこんな話を始めた。
「そういえば、噂を聞いたんですよ。王都の北、戦火が絶えなかった国境沿い。あそこに、昔の宮廷筆頭魔導士が現れたって」
「……魔導士?」
「ええ、名前は伏せられてましたけど、白い杖とローブの老人。敵国の要塞を、一夜で焼き尽くしたって。城壁も、兵も、魔導陣すらも全部、煙のように消えたってね」
「そうか」
「復帰したって話も出てるみたいで。いやあ、引退してたはずなんですがねえ。やっぱり只者じゃなかったんですな」
商人はにやにやと笑いながら、コーヒーを飲み干した。
「それじゃ、また。次は豆を仕入れてくるとしましょう」
店から出て行ったあと、俺は焙煎機に火を入れた。
豆を一掴み、手のひらに載せる。
焙煎室に香りが満ちたあと、俺はカウンターに戻り、煙草に火をつけた。
紫煙が立ち上る中、カップを指でなぞる。
そして、ぽつりと一言。
「……ふん、そうか」
4
あなたにおすすめの小説
のほほん異世界暮らし
みなと劉
ファンタジー
異世界に転生するなんて、夢の中の話だと思っていた。
それが、目を覚ましたら見知らぬ森の中、しかも手元にはなぜかしっかりとした地図と、ちょっとした冒険に必要な道具が揃っていたのだ。
高校生の俺、異世界転移していきなり追放されるが、じつは最強魔法使い。可愛い看板娘がいる宿屋に拾われたのでもう戻りません
下昴しん
ファンタジー
高校生のタクトは部活帰りに突然異世界へ転移してしまう。
横柄な態度の王から、魔法使いはいらんわ、城から出ていけと言われ、いきなり無職になったタクト。
偶然会った宿屋の店長トロに仕事をもらい、看板娘のマロンと一緒に宿と食堂を手伝うことに。
すると突然、客の兵士が暴れだし宿はメチャクチャになる。
兵士に殴り飛ばされるトロとマロン。
この世界の魔法は、生活で利用する程度の威力しかなく、とても弱い。
しかし──タクトの魔法は人並み外れて、無法者も脳筋男もひれ伏すほど強かった。
備蓄スキルで異世界転移もナンノソノ
ちかず
ファンタジー
久しぶりの早帰りの金曜日の夜(但し、矢作基準)ラッキーの連続に浮かれた矢作の行った先は。
見た事のない空き地に1人。異世界だと気づかない矢作のした事は?
異世界アニメも見た事のない矢作が、自分のスキルに気づく日はいつ来るのだろうか。スキル【備蓄】で異世界に騒動を起こすもちょっぴりズレた矢作はそれに気づかずマイペースに頑張るお話。
鈍感な主人公が降り注ぐ困難もナンノソノとクリアしながら仲間を増やして居場所を作るまで。
セーブポイント転生 ~寿命が無い石なので千年修行したらレベル上限突破してしまった~
空色蜻蛉
ファンタジー
枢は目覚めるとクリスタルの中で魂だけの状態になっていた。どうやらダンジョンのセーブポイントに転生してしまったらしい。身動きできない状態に悲嘆に暮れた枢だが、やがて開き直ってレベルアップ作業に明け暮れることにした。百年経ち、二百年経ち……やがて国の礎である「聖なるクリスタル」として崇められるまでになる。
もう元の世界に戻れないと腹をくくって自分の国を見守る枢だが、千年経った時、衝撃のどんでん返しが待ち受けていて……。
【お知らせ】6/22 完結しました!
科学×魔法で世界最強! 〜高校生科学者は異世界魔法を科学で進化させるようです〜
難波一
ファンタジー
「魔法ってのは……要はエネルギーの制御だろ?」
高校生にして超人的な科学知識を持つ天才・九条迅は、ある日、異世界アルセイア王国に「勇者」として召喚された。
だが、魔王軍との戦争に駆り出されると思いきや——
「お前、本当に勇者か? 剣も魔法も、まともに使えないのか……?」
「科学的に考えれば、魔法ってのはもっと進化できるはずだ!」
剣も魔法も素人の迅だったが、「魔法を科学的に解析し、進化させる」という異端の方法で異世界の常識を根底から覆し始める!
魔法の密度を最適化した「魔力収束砲」
魔法と人体の関係を解明し、魔力を増大させる「魔力循環トレーニング」
神経伝達を強化し、攻撃を見切る「神経加速《ニューロ・ブースト》」
次々と編み出される新技術に、世界は驚愕!
やがて、魔王軍の知将《黒の賢者》アーク・ゲオルグも迅の存在に興味を持ち始め——
「科学 vs 魔法」「知能 vs 知能」
最強の頭脳戦が今、幕を開ける——!
これは、「魔法を科学で進化させる勇者」が、異世界を変革していく物語!
※小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しています。
幼馴染達と一緒に異世界召喚、だけど僕だけ別な場所に飛ばされた先は異世界の不思議な無人島だった。
アノマロカリス
ファンタジー
よくある話の異世界召喚…
スマホのネット小説や漫画が好きな少年、洲河 愽(すが だん)。
いつもの様に幼馴染達と学校帰りの公園でくっちゃべっていると地面に突然魔法陣が現れて…
気付くと愽は1人だけ見渡す限り草原の中に突っ立っていた。
愽は幼馴染達を探す為に周囲を捜索してみたが、一緒に飛ばされていた筈の幼馴染達は居なかった。
生きていればいつかは幼馴染達とまた会える!
愽は希望を持って、この不思議な無人島でサバイバル生活を始めるのだった。
「幼馴染達と一緒に異世界召喚、だけど僕の授かったスキルは役に立つものなのかな?」
「幼馴染達と一緒に異世界召喚、だけど僕は幼馴染達よりも強いジョブを手に入れて無双する!」
「幼馴染達と一緒に異世界召喚、だけど僕は魔王から力を授かり人類に対して牙を剥く‼︎」
幼馴染達と一緒に異世界召喚の第四弾。
愽は幼馴染達と離れた場所でサバイバル生活を送るというパラレルストーリー。
はたして愽は、無事に幼馴染達と再会を果たせるのだろうか?
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2巻決定しました!
【書籍版 大ヒット御礼!オリコン18位&続刊決定!】
皆様の熱狂的な応援のおかげで、書籍版『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』が、オリコン週間ライトノベルランキング18位、そしてアルファポリス様の書店売上ランキングでトップ10入りを記録しました!
本当に、本当にありがとうございます!
皆様の応援が、最高の形で「続刊(2巻)」へと繋がりました。
市丸きすけ先生による、素晴らしい書影も必見です!
【作品紹介】
欲望に取りつかれた権力者が企んだ「スキル強奪」のための勇者召喚。
だが、その儀式に巻き込まれたのは、どこにでもいる普通のサラリーマン――白河小次郎、45歳。
彼に与えられたのは、派手な攻撃魔法ではない。
【鑑定】【いんたーねっと?】【異世界売買】【テイマー】…etc.
その一つ一つが、世界の理すら書き換えかねない、規格外の「便利スキル」だった。
欲望者から逃げ切るか、それとも、サラリーマンとして培った「知識」と、チート級のスキルを武器に、反撃の狼煙を上げるか。
気のいいおっさんの、優しくて、ずる賢い、まったり異世界サバイバルが、今、始まる!
【書誌情報】
タイトル: 『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』
著者: よっしぃ
イラスト: 市丸きすけ 先生
出版社: アルファポリス
ご購入はこちらから:
Amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/4434364235/
楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/
【作者より、感謝を込めて】
この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。
そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。
本当に、ありがとうございます。
【これまでの主な実績】
アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得
小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得
アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞
第6回カクヨムWeb小説コンテスト 中間選考通過
復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞
ファミ通文庫大賞 一次選考通過
最強無敗の少年は影を従え全てを制す
ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。
産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。
カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。
しかし彼の力は生まれながらにして最強。
そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる