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第19章 おじさんと燻製
第233話
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燻製をやってみるか、と思ったのは、冷蔵という概念が存在しないこの世界で、食い物の保存手段があまりに雑だからだ。
塩をぶちまけて干しておくか、瓶に詰めて埋めるか、その程度。
それでも生きていけるんだから大したものだが──食いたいときに、食いたい味で、食いたい分だけ出せないのは、俺には向いてない。
冷たくするのが無理なら、いっそ熱で締めて、煙で包んでしまえばいい。
そう考えて、焙煎の合間に、燻製器の設計を始めた。
簡単に言えば、煙が下から上へ、素直に通って、余計な水気を抜いていく箱を作るだけの話だ。
だが、作るとなれば話は別だ。
木材の選別から、まず迷った。
熱に強く、変形しにくく、匂いを吸い過ぎないやつ。
近所の材木屋が運んできた中から、白樺とクヌギ、それから風に晒された古い檜板を選んだ。
「どれも、火には強いが、香りは出やすいぞ」と材木屋の爺さんは言ったが、それが目的でもある。
俺は作業台に板を並べて、手製の鋸で長さを揃え、厚みを整えた。
無骨な箱で構わない。使いやすく、風が通り、煙が逃げず、なおかつ食い物が美味くなる──それだけを考えた。
箱の高さは一メートルちょっと。内部に棒を通せるよう、両側に溝を切る。
扉は前面に設けて、下部には換気用の小窓。
箱の下には焙煙器となる火皿を置くための空間を作った。
中に張る網や吊り具は、鍛冶屋に頼んでシンプルな鉄製のものを用意した。
昼をまたいで作業し、日が傾く頃には、初号機がほぼ完成した。
目を細めてそれを見た俺は、腰を伸ばしながら煙草をくわえた。
火をつけ、深く吸い込む。
「……時間をいぶすってのは、贅沢なもんだな」
煙を吐きながら、ぽつりとそう呟いた。
翌朝、試運転をすることにした。
焙煎の代わりに、今日は煙を焚く。
桜とナラを細かく砕いたチップを火皿に敷き、慎重に火を入れる。
くすぶるように燻り始めたチップは、甘さと苦みの混じった匂いを漂わせながら、静かに煙を箱の中へ送り込んでいく。
扉の隙間からわずかに白い筋が漏れ、煙突からはふわりと筋が立ち上がる。
俺はその様子を見守りながら、火加減と風の流れを観察した。
あまりにも順調だったせいか、鼻をくすぐる匂いに誘われて、いつの間にか野良猫が三匹、箱のまわりに集まっていた。
一匹は箱に前足をかけて中を覗き込み、もう一匹は煙突の先をじっと見上げている。
「……ちょっと香ばしすぎたな」
煙が強すぎた。火皿の火が思ったより持ち上がりすぎて、肉も何も入っていない箱の中で、木だけが主張しすぎている。
一度扉を開け、内部の温度と煙の層を確認。
なるほど、もっと底を空けて風を逃がすべきか。
煙は旨味を加えるが、過ぎればただの焦げ臭にしかならない。
猫のひとりが、煙の匂いをくんくんと嗅ぎ、舌をぺろりと出したあと、俺の足元にすり寄ってきた。
「お前らにゃ、まだ早い」
軽く頭を撫でてやりながら、煙の抜け道を改良するための道具を取りに小屋へ戻ることにした。
風向き、気温、湿度……燻製というのは、想像以上に気難しい。
だがそれがいい。
焙煎と似てるが、もっと“間”がある。手をかけて、あとはじっと待つしかない。
時間に働いてもらう仕事だ。
煙を纏わせ、香りを移し、食材の水分を抜いて、味を濃縮する。
コーヒーと同じく、不要なものを抜いて、残ったものを楽しむ。
「……こいつは、なかなか付き合いが長くなりそうだ」
呟いた声に、煙だけが応えるように、くるりと宙で輪を描いた。
塩をぶちまけて干しておくか、瓶に詰めて埋めるか、その程度。
それでも生きていけるんだから大したものだが──食いたいときに、食いたい味で、食いたい分だけ出せないのは、俺には向いてない。
冷たくするのが無理なら、いっそ熱で締めて、煙で包んでしまえばいい。
そう考えて、焙煎の合間に、燻製器の設計を始めた。
簡単に言えば、煙が下から上へ、素直に通って、余計な水気を抜いていく箱を作るだけの話だ。
だが、作るとなれば話は別だ。
木材の選別から、まず迷った。
熱に強く、変形しにくく、匂いを吸い過ぎないやつ。
近所の材木屋が運んできた中から、白樺とクヌギ、それから風に晒された古い檜板を選んだ。
「どれも、火には強いが、香りは出やすいぞ」と材木屋の爺さんは言ったが、それが目的でもある。
俺は作業台に板を並べて、手製の鋸で長さを揃え、厚みを整えた。
無骨な箱で構わない。使いやすく、風が通り、煙が逃げず、なおかつ食い物が美味くなる──それだけを考えた。
箱の高さは一メートルちょっと。内部に棒を通せるよう、両側に溝を切る。
扉は前面に設けて、下部には換気用の小窓。
箱の下には焙煙器となる火皿を置くための空間を作った。
中に張る網や吊り具は、鍛冶屋に頼んでシンプルな鉄製のものを用意した。
昼をまたいで作業し、日が傾く頃には、初号機がほぼ完成した。
目を細めてそれを見た俺は、腰を伸ばしながら煙草をくわえた。
火をつけ、深く吸い込む。
「……時間をいぶすってのは、贅沢なもんだな」
煙を吐きながら、ぽつりとそう呟いた。
翌朝、試運転をすることにした。
焙煎の代わりに、今日は煙を焚く。
桜とナラを細かく砕いたチップを火皿に敷き、慎重に火を入れる。
くすぶるように燻り始めたチップは、甘さと苦みの混じった匂いを漂わせながら、静かに煙を箱の中へ送り込んでいく。
扉の隙間からわずかに白い筋が漏れ、煙突からはふわりと筋が立ち上がる。
俺はその様子を見守りながら、火加減と風の流れを観察した。
あまりにも順調だったせいか、鼻をくすぐる匂いに誘われて、いつの間にか野良猫が三匹、箱のまわりに集まっていた。
一匹は箱に前足をかけて中を覗き込み、もう一匹は煙突の先をじっと見上げている。
「……ちょっと香ばしすぎたな」
煙が強すぎた。火皿の火が思ったより持ち上がりすぎて、肉も何も入っていない箱の中で、木だけが主張しすぎている。
一度扉を開け、内部の温度と煙の層を確認。
なるほど、もっと底を空けて風を逃がすべきか。
煙は旨味を加えるが、過ぎればただの焦げ臭にしかならない。
猫のひとりが、煙の匂いをくんくんと嗅ぎ、舌をぺろりと出したあと、俺の足元にすり寄ってきた。
「お前らにゃ、まだ早い」
軽く頭を撫でてやりながら、煙の抜け道を改良するための道具を取りに小屋へ戻ることにした。
風向き、気温、湿度……燻製というのは、想像以上に気難しい。
だがそれがいい。
焙煎と似てるが、もっと“間”がある。手をかけて、あとはじっと待つしかない。
時間に働いてもらう仕事だ。
煙を纏わせ、香りを移し、食材の水分を抜いて、味を濃縮する。
コーヒーと同じく、不要なものを抜いて、残ったものを楽しむ。
「……こいつは、なかなか付き合いが長くなりそうだ」
呟いた声に、煙だけが応えるように、くるりと宙で輪を描いた。
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