独身おじさんの異世界おひとりさまライフ〜金や評価は要りません。コーヒーとタバコ、そして本があれば最高です〜

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第19章 おじさんと燻製

第234話

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チーズを燻してみようと思ったのは、例の燻製器に慣れるには、ちょうどいい素材だったからだ。

肉より気難しく、魚より気楽。火を通しすぎれば溶けるし、煙が足りなければ香りが染みない。

つまり、匙加減がすべてだ。

素材には、村の乳売り婆さんから譲ってもらったヤギの乳で作った白チーズを使うことにした。

柔らかくもなく、硬すぎず。手で触ると少し弾力があって、包丁の刃がすっと入る。表面の滑りを拭き取り、軽く塩をまぶしてから風に当てた。

そのあいだに、燻製器の中を整える。

火皿には乾かした桜のチップを敷いた。前回は香りが立ちすぎたので、今度は分量を三割ほど減らす。

煙突に細工を施し、風の引き込みを抑えるための板を斜めに差し込んで、内部の空気の流れを落ち着かせる。

扉の蝶番を一度外し、微調整して密閉性を上げる。これで余計な空気が入り込まない。

時間と温度を操るには、まず箱の機嫌を取ることからだ。

風に当てておいたチーズは、手で持っても崩れず、指先にわずかな張りがあった。良い状態だ。

それを細い麻紐で結び、網の上に並べる。

小さな塊が五つ。すべて微妙に大きさが違う。火の通りも香りの付き方も違ってくる。

だから面白い。

火を入れてから、最初の二十分は箱の前に座ってじっと煙の様子を見ていた。

扉の隙間から出る煙の色が、透明からわずかに白に変わる。鼻を近づければ、苦味よりも甘さが先に立つ。

いい流れだ。

次の二十分で、内部の温度がじんわりと上がっていく。箱の中に温度計はないが、手を箱に当てれば温もりでおおよそのことはわかる。

煙が多すぎればチーズは乾いて硬くなるし、温度が高すぎれば脂が溶けて流れ出す。

食い物ってのは、やかましい。

でも、それがいい。

一時間が経過したころ、燻煙の香りがしっかり店の軒先まで届くようになった。

猫がまた二匹、縁側で寝転がっていた。

「……お前らも、匂いには正直だな」

外から箱を撫でる風が心地よかった。煙が安定して、火も暴れず、箱が静かに呼吸している。

仕上げまであと十五分。

煙草に火をつけ、箱の前で胡座をかいた。

「食い物はな、待たせるだけの価値がある」

煙の輪を吐きながら、そう呟いた。

中のチーズは、ゆっくりと金色を帯びてきていた。

香りは控えめに立ち上がり、鼻の奥に心地よく残る。

頃合いだ。

火を落とし、扉を開ける。

あふれる煙の向こうに、薄く色づいたチーズたちが並んでいた。

表面は艶を帯び、箸でつまんでも崩れない程度に締まっていた。

一つ、手に取ってかじる。

舌の上でゆっくりと溶け、煙の苦味の奥から乳の甘さが顔を出す。

悪くない。だが、完璧じゃない。

ほんの少し、温度が高すぎたのかもしれない。

仕上がりにムラがある。

もっと風を抑えた方がいい。

煙突の構造か、それとも火皿の位置か。改良点は山ほどある。

だから、次の段階だ。

翌朝、燻製器の煙突に小さな調整弁を取り付けた。

鉄製の円盤に小さなスリットを切り、煙の量を手元で調整できるようにした。

ついでに、火皿の底に引き出しを取り付けた。これでチップの交換がずっと楽になる。

側面には小窓を一つ設け、煙の色を外から確認できるようにする。

「手を入れるってのは、愛着が出るってことだな」

道具は生き物だ。

手をかけて、少しずつ育てていく。

使えば使うほど、向こうから答えてくるようになる。

少しずつ、だが確実に、こちらのやり方に馴染んでいく。

道具の反応を見ていると、まだまだ試せることがいくつも浮かんでくる。

「……他にも、色々試してみるか」
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