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第19章 おじさんと燻製
第235話
燻製器の調整も終わった。そろそろ、本格的な素材に取り掛かってみるかと考えていたところで、村の肉屋がいい腹肉を持ってきた。
「獣臭さはないし、脂もきれいに入っとる。手間さえ惜しまなけりゃ、相当いいベーコンになるはずだ」と、そいつは言った。
肉は豚に似た四足獣のもので、こっちでは「ルス」と呼ばれている。表面の筋と脂の層が綺麗に交互に入っていた。
まずは下処理だ。
肉の表面を丁寧に拭き取り、骨が残っていないかを確認。残っていれば、小さなナイフで削ぎ落とす。
そのあと、塩を揉み込んでいく。
岩塩を砕き、黒胡椒とローズマリーを混ぜた。香りの立ち方が柔らかくて、脂の甘さを引き立てる。
手でまんべんなく塗り込み、全体に押し当てるようにして、塩が肉の中に染み込むようにする。
揉み込んだ肉は布で包み、冷暗所に吊るして三日寝かせた。
毎日、軽く表面を拭き、塩が均等に回るように調整する。
三日後には、肉の表面が引き締まり、触った指にぴたりとくる弾力が出た。
そこから、風乾に入る。
布を外し、今度は軒先に吊るして半日、風に当てる。
日差しの強さや湿度を確認しながら、表面がべたつかず、なおかつ乾きすぎないタイミングを見極めた。
風に吹かれている肉を眺めながら、俺は煙草を吸った。
仕込みに時間がかかるほど、仕上がりへの期待も膨らんでいく。
風乾を終えた夕方、肉を燻製器に移す。
桜とナラを混ぜたチップに、少しだけタイムを加えた。深い香りに、尖りのない清涼感を加えるためだ。
火を入れる。燻煙が上がるまで、じっと息を殺すように待つ。
煙が立ち上り、箱の内部が満たされていく。
その中に、塩漬けした肉が吊るされている。
箱の中の温度は、触れた手のひらで測る。俺にはこれで十分だ。
温燻──六十度前後をキープしながら、じっくりと煙を通していく。
煙は時間をかけて、肉に染み込み、脂に溶ける。
そのあいだ、俺は一歩も動かず、箱の前に座り続けた。
煙草の灰が落ちても気づかず、ただ煙と香りの微細な変化を見つめていた。
途中、チップを少し足しながら、煙の厚みを維持した。
七時間が経過したころ、箱の中の香りが変わった。
苦味が消え、甘さと旨味を帯びた深い香りが、扉の隙間から漏れ出してくる。
煙を吸った木の香りが、肉の脂と混ざって、まるで濃厚なスープのように空気に染みていく。
頃合いだ。
火を落とし、箱の扉をゆっくり開ける。
煙の中から、金褐色に染まった肉が現れた。
表面は少し艶があり、香りがふわりと鼻を打つ。
俺は一本、吊るされた肉を外し、台の上に置いた。
ナイフで切ると、刃が吸い込まれるように入り、断面からはわずかに脂がにじんだ。
口に運ぶ。
最初に来るのは、軽い甘みを帯びた煙の香り。
次に、塩味と肉の旨味が舌の上で混ざり合う。
噛むたびに脂が溶け、香りが広がる。
「……これは……煙の色だな」
そう呟いて、俺はもう一切れ切った。
中の肉は火を入れていないにもかかわらず、ねっとりとした食感と、じわりと広がる塩気で、ただの保存食には収まりきらない味になっていた。
煙が、肉を変えた。
それだけのことだが、変化は確かに、ここにある。
冷蔵も火入れもせずに、ただ時間と煙だけで生まれる味。
手間がかかるが、だからこそ良い。
火を使わずに調理するというのは、どこか哲学めいている。
「煙の向こうに、味があるってやつだな」
煙草の火をもみ消し、再び箱の前に腰を下ろす。
ベーコンは、まだ四本残っている。
どれも形が違う。次の仕上がりもまた、違ってくるだろう。
風と熱と煙。どれが支配して、どれが従うか。
それを感じながら、また少し、付き合ってみることにした。
「獣臭さはないし、脂もきれいに入っとる。手間さえ惜しまなけりゃ、相当いいベーコンになるはずだ」と、そいつは言った。
肉は豚に似た四足獣のもので、こっちでは「ルス」と呼ばれている。表面の筋と脂の層が綺麗に交互に入っていた。
まずは下処理だ。
肉の表面を丁寧に拭き取り、骨が残っていないかを確認。残っていれば、小さなナイフで削ぎ落とす。
そのあと、塩を揉み込んでいく。
岩塩を砕き、黒胡椒とローズマリーを混ぜた。香りの立ち方が柔らかくて、脂の甘さを引き立てる。
手でまんべんなく塗り込み、全体に押し当てるようにして、塩が肉の中に染み込むようにする。
揉み込んだ肉は布で包み、冷暗所に吊るして三日寝かせた。
毎日、軽く表面を拭き、塩が均等に回るように調整する。
三日後には、肉の表面が引き締まり、触った指にぴたりとくる弾力が出た。
そこから、風乾に入る。
布を外し、今度は軒先に吊るして半日、風に当てる。
日差しの強さや湿度を確認しながら、表面がべたつかず、なおかつ乾きすぎないタイミングを見極めた。
風に吹かれている肉を眺めながら、俺は煙草を吸った。
仕込みに時間がかかるほど、仕上がりへの期待も膨らんでいく。
風乾を終えた夕方、肉を燻製器に移す。
桜とナラを混ぜたチップに、少しだけタイムを加えた。深い香りに、尖りのない清涼感を加えるためだ。
火を入れる。燻煙が上がるまで、じっと息を殺すように待つ。
煙が立ち上り、箱の内部が満たされていく。
その中に、塩漬けした肉が吊るされている。
箱の中の温度は、触れた手のひらで測る。俺にはこれで十分だ。
温燻──六十度前後をキープしながら、じっくりと煙を通していく。
煙は時間をかけて、肉に染み込み、脂に溶ける。
そのあいだ、俺は一歩も動かず、箱の前に座り続けた。
煙草の灰が落ちても気づかず、ただ煙と香りの微細な変化を見つめていた。
途中、チップを少し足しながら、煙の厚みを維持した。
七時間が経過したころ、箱の中の香りが変わった。
苦味が消え、甘さと旨味を帯びた深い香りが、扉の隙間から漏れ出してくる。
煙を吸った木の香りが、肉の脂と混ざって、まるで濃厚なスープのように空気に染みていく。
頃合いだ。
火を落とし、箱の扉をゆっくり開ける。
煙の中から、金褐色に染まった肉が現れた。
表面は少し艶があり、香りがふわりと鼻を打つ。
俺は一本、吊るされた肉を外し、台の上に置いた。
ナイフで切ると、刃が吸い込まれるように入り、断面からはわずかに脂がにじんだ。
口に運ぶ。
最初に来るのは、軽い甘みを帯びた煙の香り。
次に、塩味と肉の旨味が舌の上で混ざり合う。
噛むたびに脂が溶け、香りが広がる。
「……これは……煙の色だな」
そう呟いて、俺はもう一切れ切った。
中の肉は火を入れていないにもかかわらず、ねっとりとした食感と、じわりと広がる塩気で、ただの保存食には収まりきらない味になっていた。
煙が、肉を変えた。
それだけのことだが、変化は確かに、ここにある。
冷蔵も火入れもせずに、ただ時間と煙だけで生まれる味。
手間がかかるが、だからこそ良い。
火を使わずに調理するというのは、どこか哲学めいている。
「煙の向こうに、味があるってやつだな」
煙草の火をもみ消し、再び箱の前に腰を下ろす。
ベーコンは、まだ四本残っている。
どれも形が違う。次の仕上がりもまた、違ってくるだろう。
風と熱と煙。どれが支配して、どれが従うか。
それを感じながら、また少し、付き合ってみることにした。
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