【完結】没落令嬢、異世界で紅茶店を開くことにいたしました〜香りと静寂と癒しの一杯をあなたに〜

旅する書斎(☆ほしい)

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第19話

翌朝、まだ日が昇り切らぬうちから、香草園には微かな揺れがございましたの。

朝露を弾いたミントの葉がきらきらと光を弾き、レモンバームは背伸びをするように茎を立てておりました。

わたくしは、昨夜の余韻を残したまま、小屋の外でひとつ深呼吸をいたしましたの。

空気がひんやりと肺に入り、それと同時に香りの重なりが一気に甦りますわ。

祭り、茶会、子どもたちの笑い声、ルディさんのカップ、押し花のしおり──どれも柔らかく混ざり合って、まるでこの森そのものが調合されているよう。

「ふふ……今朝は、“静かな再始動”とまいりましょうか」

バジルとユーカリ、それに朝摘みのローズマリー。

香りを立てるために、湯はやや熱めで。

カップに注いだ香りは、甘さよりも覚醒を誘うような、しゃんと背筋が伸びる香りでございましたの。

「──アナさまーっ!」

「まあ、朝からお元気ですわね。お祭りで疲れておりませんの?」

「うんっ! すっごく楽しかったー!」

「ねえアナさま、またあれやろうよ!」

「香りの間! ぜったい次もやるのー!」

「またね、ってみんな言ってたよ!」

「ふふ、それはうれしいですわ。でも、香りの間は特別な場所。毎日開いては、ありがたみが薄れますもの」

「じゃあ……月にいっかい!」

「おお、月にいっかい!」

「それくらいなら、準備の時間も取れますし、香草たちの気配も整いますわね」

「やったー!」

「次はもっと大きいベンチつくる!」

「カップもたくさん!」

「それは、職人さんにお願いしてみましょうか。わたくしの茶器は少々、こだわりがございますから」

「アナさま、あれ見て!」

ミレーヌちゃんが指さしたのは、森の奥のほうからふわりと流れてくる煙。

ただの焚き火とは違う、少し甘いような香ばしいような香りが含まれておりますの。

「……これは、焙煎の香り?」

「え? アナさま知ってるの?」

「たぶんですが、香草を乾燥させるための野焼きですわ。手法としては古いものですが、土地の香りを強く反映するのが特徴ですのよ」

「だれがやってるの?」

「少し、見に行ってまいりましょうか。好奇心もまた、香りの道しるべですもの」

子どもたちを連れて、香草園の外れから森の細道へと足を踏み入れますと、ほどなくして小さな開けた場所が見えてまいりました。

そこでは、年配の女性が一人、手際よく香草を広げて焚き火の上に吊るしておりましたの。

「ごきげんよう。素敵な香りがいたしますわ」

「あら、あなたが例の“香りの茶屋”の嬢ちゃんかい?」

「そのように呼ばれているようでございます」

「ここの焙煎、知ってるのかい?」

「古式の香草乾燥法、“熱燻し(ねつぶし)”。素材の輪郭を強め、地の香りを際立たせる技法でございますわね」

「なかなか言うじゃないか。若いのに筋が通ってる」

「こちらこそ、このように自然と向き合って香りを引き出されるお姿、お見事ですわ」

「褒めても何も出やしないよ。でも……」

女性は火をくべながら、棚の下から紙包みを取り出しました。

「試してごらん。これは“野薫(のくん)”。うちの畑で育てた草を、朝露の残るうちに摘んで燻したもんだ」

「ありがたく頂戴いたしますわ。これは……セージ、クローバー、ヒース、それに……?」

「そこが肝なんだよ。普通の草だけど、焚き火の煙に包むと香りが変わるんだ」

「──面白いですわね。ならばわたくしも、これに合わせる茶葉を考えねばなりませんわ」

「やってごらん。どう調合するか、見せてもらおうじゃないか」

「ふふ、それはわたくしの得意分野ですのよ」

小屋へ戻り、早速火を起こし、もらった“野薫”の香草をガラス皿に広げて様子を見ましたの。

そのままでは香りがとがりすぎておりましたので、まずは茶葉の選定から。

スモーキーなアッサム、マイルドなグリーンルイボス、そして焙煎バジルをほんのひとつまみ。

湯温は九十度。抽出は短め、香りが立った瞬間を逃さず、カップに注ぎます。

「……これは、名をつけるなら“火と土の約束”ですわね」

「飲みたいー!」

「ぼくも!」

「ちょっと苦いけど、なんかすごい!」

「スモークってかんじ!」

「それが、火で香りを変えるということ。自然の力に敬意を払えば、茶葉も草もその表情を変えてくださいますの」

「アナさまって、やっぱり草の魔法使い!」

「まあ、そういう呼ばれ方も悪くはありませんわ」

焙煎された香草の可能性に、わたくしの胸もふくらみました。

これまでの繊細な調合に、火と土のニュアンスが加われば、もっと奥行きのある香りを創り出せますもの。

ふと窓の外を見ると、焙煎の煙がまだ空へ向かって細く伸びておりましたの。

香りは、燃えても、消えても、風に乗って残り続ける。

次はその風を捕まえる調合を、整えてみたくなりましたの。
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