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第37話
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香草園に“命の雫”を撒いてからというもの、エキナセアの花々は以前にも増して力強く咲き誇り、その周りを飛び交う蜜蜂たちの羽音も、どこか楽しげに聞こえるようでございました。
子どもたちも、自分たちの手で香草園の調和を取り戻すお手伝いができたことに、大きな喜びと自信を感じているご様子。
毎日のようにわたくしの小屋へやって来ては、目を輝かせながらハーブの成長を観察し、以前にも増して熱心に、その名前や性質について質問してくるようになりましたの。
その純粋な探求心に応えたいという気持ちは、わたくしの中にも日増しに大きくなっておりました。
エリアスさまとの知的な対話や、彼が残してくださった手記もまた、わたくし自身の知識を整理し、それを誰かに伝えることの意義を教えてくれたように思います。
かつて、わたくしが父や家庭教師から様々な教えを受けたように、今度はわたくしが、この子たちの瑞々しい感性を育むお手伝いをさせていただく番なのかもしれませんわね。
その日、わたくしは子どもたちを香草園に招き、いつもとは少し違う「香りの授業」を始めることにいたしましたの。
「皆さま、今日は“喜びの香り”と“お祝いの香り”を探してみましょうか」
「喜びの香り……?」
「うん! なんだか、聞くだけでワクワクするね!」
「ふふ、そうでございましょう? わたくしたちの周りには、心を明るくし、お祝いの気持ちを高めてくれるような香りを放つハーブがたくさんございますのよ。例えば……」
わたくしは、太陽の光を浴びて黄金色に輝くレモンバームの葉を一枚摘み、子どもたちの鼻先へそっと近づけました。
「まあ、このレモンバームの香りはいかがかしら。まるで太陽の光そのもののような、明るく爽やかな香りがいたしませんこと?」
「ほんとだ! なんだか、スキップしたくなるような匂い!」
ニコラくんが嬉しそうに声を上げます。
「こちらの、ピンク色の可愛らしい花を咲かせたローズゼラニウムも、甘く華やかな香りで、お祝いの席に彩りを添えてくれますわ。それから、あちらで風にそよいでいるベルガモットミントは、柑橘系の爽やかさの中に、ほんのりとした甘さと気品を秘めていて、心を軽やかにしてくださいますのよ」
わたくしは、一つ一つのハーブを指し示しながら、その香りが持つ印象や、どのような気持ちを呼び起こすかをお話しいたしました。
それは、薬効や成分といった学術的な知識ではなく、もっと感覚的で、詩的な言葉で香りの個性を伝える試みでございます。
子どもたちは、目を輝かせながらわたくしの言葉に耳を傾け、実際にハーブに触れてはその香りを確かめ、思い思いの感想を口にしておりました。
「このお花の匂い、なんだか優しい気持ちになるね」
「こっちの葉っぱは、すーっとして、頭がシャキッとする感じ!」
彼らの素直な反応は、わたくしにとっても新たな発見の連続でございます。
同じ香りでも、受け取る人によってその印象は千差万別。だからこそ、調合というものは奥深く、そして常に新しい驚きに満ちているのですね。
そんな和やかな「香りの授業」の最中でございました。
ふと、小屋の方から、少しばかり遠慮がちな、それでいてどこか期待に胸を膨らませているような、若い男女の声が聞こえてまいりましたの。
「ごめんください……こちらに、“湖畔の香草師”さまはいらっしゃいますでしょうか……?」
わたくしが子どもたちに目配せをしてから小屋へ戻りますと、そこには、見慣れぬ若い男女が二人、頬をほんのりと染めながら立っておりました。
男性の方は実直そうな木こりの青年、女性の方は村のパン屋の娘さんで、以前一度だけ、わたくしのお茶を飲みにいらしたことがございます。
お二人の間には、初々しくも温かな空気が流れており、見ているこちらまで自然と笑みがこぼれるようでございました。
「まあ、ようこそいらっしゃいました。わたくしがアナスタシアでございますが……何か御用でございましょうか」
「あの……アナスタシアさま。わたくしたち、近々ささやかながら祝言を挙げることになりまして……」
若い女性の方が、少し恥ずかしそうに、けれど嬉しそうにそう切り出しました。
「まあ、それはおめでとうございます。心よりお祝い申し上げますわ」
「ありがとうございます。それで……大変恐縮なお願いなのですが……アナスタシアさまのその素晴らしい香りの調合で、わたくしたちの祝言のために、何か特別な“祝福の香り”を調合していただけないものかと……」
木こりの青年の方が、緊張した面持ちで、しかしはっきりとした口調でそうおっしゃいました。
癒しのためではなく、祝祭のための香り。
それは、ライナスさまやマルセルさんの時とはまた異なる、わたくしにとっても新たな挑戦でございます。
けれど、お二人の幸せに満ちた表情と、わたくしの調合に寄せてくださる純粋な信頼を感じ、わたくしの胸にも温かな気持ちが込み上げてまいりました。
「……ふふ、そのような大役、わたくしに務まりますかどうか。けれど、お二人の晴れやかな門出を彩るお手伝いができますのなら、喜んでお引き受けいたしますわ。どのような香りがお好みでいらっしゃいますか?」
「わあ、本当ですか! ありがとうございます!」
お二人は顔を見合わせて、心からの喜びを表情に浮かべました。
「香りについては、わたくしたちはあまり詳しくなくて……ただ、派手なものではなく、参列してくださる皆さまの心も温かくなるような、そして、わたくしたち二人の新しい始まりを、そっと祝福してくれるような……そんな、優しくて清らかな香りが良いな、と……」
「優しくて、清らかな、新しい始まりの香り……かしこまりましたわ。お二人の想いを込めて、特別な調合をさせていただきます。少しばかりお時間をいただけますかしら」
お二人は何度もお礼を言いながら、期待に胸を膨らませてお帰りになりました。
その姿を見送りながら、わたくしは、先ほど子どもたちと語り合った「喜びの香り」のことを思い出しておりました。
あの無邪気な感性が、何かヒントを与えてくれるかもしれませんわね。
子どもたちも、自分たちの手で香草園の調和を取り戻すお手伝いができたことに、大きな喜びと自信を感じているご様子。
毎日のようにわたくしの小屋へやって来ては、目を輝かせながらハーブの成長を観察し、以前にも増して熱心に、その名前や性質について質問してくるようになりましたの。
その純粋な探求心に応えたいという気持ちは、わたくしの中にも日増しに大きくなっておりました。
エリアスさまとの知的な対話や、彼が残してくださった手記もまた、わたくし自身の知識を整理し、それを誰かに伝えることの意義を教えてくれたように思います。
かつて、わたくしが父や家庭教師から様々な教えを受けたように、今度はわたくしが、この子たちの瑞々しい感性を育むお手伝いをさせていただく番なのかもしれませんわね。
その日、わたくしは子どもたちを香草園に招き、いつもとは少し違う「香りの授業」を始めることにいたしましたの。
「皆さま、今日は“喜びの香り”と“お祝いの香り”を探してみましょうか」
「喜びの香り……?」
「うん! なんだか、聞くだけでワクワクするね!」
「ふふ、そうでございましょう? わたくしたちの周りには、心を明るくし、お祝いの気持ちを高めてくれるような香りを放つハーブがたくさんございますのよ。例えば……」
わたくしは、太陽の光を浴びて黄金色に輝くレモンバームの葉を一枚摘み、子どもたちの鼻先へそっと近づけました。
「まあ、このレモンバームの香りはいかがかしら。まるで太陽の光そのもののような、明るく爽やかな香りがいたしませんこと?」
「ほんとだ! なんだか、スキップしたくなるような匂い!」
ニコラくんが嬉しそうに声を上げます。
「こちらの、ピンク色の可愛らしい花を咲かせたローズゼラニウムも、甘く華やかな香りで、お祝いの席に彩りを添えてくれますわ。それから、あちらで風にそよいでいるベルガモットミントは、柑橘系の爽やかさの中に、ほんのりとした甘さと気品を秘めていて、心を軽やかにしてくださいますのよ」
わたくしは、一つ一つのハーブを指し示しながら、その香りが持つ印象や、どのような気持ちを呼び起こすかをお話しいたしました。
それは、薬効や成分といった学術的な知識ではなく、もっと感覚的で、詩的な言葉で香りの個性を伝える試みでございます。
子どもたちは、目を輝かせながらわたくしの言葉に耳を傾け、実際にハーブに触れてはその香りを確かめ、思い思いの感想を口にしておりました。
「このお花の匂い、なんだか優しい気持ちになるね」
「こっちの葉っぱは、すーっとして、頭がシャキッとする感じ!」
彼らの素直な反応は、わたくしにとっても新たな発見の連続でございます。
同じ香りでも、受け取る人によってその印象は千差万別。だからこそ、調合というものは奥深く、そして常に新しい驚きに満ちているのですね。
そんな和やかな「香りの授業」の最中でございました。
ふと、小屋の方から、少しばかり遠慮がちな、それでいてどこか期待に胸を膨らませているような、若い男女の声が聞こえてまいりましたの。
「ごめんください……こちらに、“湖畔の香草師”さまはいらっしゃいますでしょうか……?」
わたくしが子どもたちに目配せをしてから小屋へ戻りますと、そこには、見慣れぬ若い男女が二人、頬をほんのりと染めながら立っておりました。
男性の方は実直そうな木こりの青年、女性の方は村のパン屋の娘さんで、以前一度だけ、わたくしのお茶を飲みにいらしたことがございます。
お二人の間には、初々しくも温かな空気が流れており、見ているこちらまで自然と笑みがこぼれるようでございました。
「まあ、ようこそいらっしゃいました。わたくしがアナスタシアでございますが……何か御用でございましょうか」
「あの……アナスタシアさま。わたくしたち、近々ささやかながら祝言を挙げることになりまして……」
若い女性の方が、少し恥ずかしそうに、けれど嬉しそうにそう切り出しました。
「まあ、それはおめでとうございます。心よりお祝い申し上げますわ」
「ありがとうございます。それで……大変恐縮なお願いなのですが……アナスタシアさまのその素晴らしい香りの調合で、わたくしたちの祝言のために、何か特別な“祝福の香り”を調合していただけないものかと……」
木こりの青年の方が、緊張した面持ちで、しかしはっきりとした口調でそうおっしゃいました。
癒しのためではなく、祝祭のための香り。
それは、ライナスさまやマルセルさんの時とはまた異なる、わたくしにとっても新たな挑戦でございます。
けれど、お二人の幸せに満ちた表情と、わたくしの調合に寄せてくださる純粋な信頼を感じ、わたくしの胸にも温かな気持ちが込み上げてまいりました。
「……ふふ、そのような大役、わたくしに務まりますかどうか。けれど、お二人の晴れやかな門出を彩るお手伝いができますのなら、喜んでお引き受けいたしますわ。どのような香りがお好みでいらっしゃいますか?」
「わあ、本当ですか! ありがとうございます!」
お二人は顔を見合わせて、心からの喜びを表情に浮かべました。
「香りについては、わたくしたちはあまり詳しくなくて……ただ、派手なものではなく、参列してくださる皆さまの心も温かくなるような、そして、わたくしたち二人の新しい始まりを、そっと祝福してくれるような……そんな、優しくて清らかな香りが良いな、と……」
「優しくて、清らかな、新しい始まりの香り……かしこまりましたわ。お二人の想いを込めて、特別な調合をさせていただきます。少しばかりお時間をいただけますかしら」
お二人は何度もお礼を言いながら、期待に胸を膨らませてお帰りになりました。
その姿を見送りながら、わたくしは、先ほど子どもたちと語り合った「喜びの香り」のことを思い出しておりました。
あの無邪気な感性が、何かヒントを与えてくれるかもしれませんわね。
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