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王都アステルまでの道のりは、馬車でおよそ十日ほどの長旅である。
フロンティアからヴァイスブルグへ向かった時とは、何もかもが違っていた。
ジルベール辺境伯家の紋章を掲げた、総勢三十名を超える壮麗な行列だ。
その中心を行く私の馬車は、まるで揺りかごのように快適で道中の疲れをほとんど感じさせない。

ラウル様が率いる近衛騎士団の護衛は、完璧そのものであった。
彼らは交代で、常に馬車の周囲を固めて一瞬の隙も見せなかった。
その銀色に輝く鎧と厳しい眼差しは、いかなる悪意も寄せ付けない絶対的な壁のようだ。
アルノー商会による妨害を警戒していたが、これほど堂々とした使節団に彼らも手出しはできないらしい。
道中、不審な影を見かけることは一度もなかった。
街道沿いの村々では、人々が私たちの行列を遠巻きに眺めていた。

馬車の中は、アンナさんとミーナさんと私の三人だけだ。
最初は、豪華な内装とふかふかの座席に三人ではしゃいでしまった。
しかし旅が進むにつれて、それぞれの顔に少しずつ緊張の色が浮かび始める。
王都が近づくという実感が、そうさせるのだろう。

「王都って、どんなところなのかな。ヴァイスブルグよりも、ずっと大きくて華やかなんでしょうね」
アンナさんが、窓の外を眺めながら期待と不安が入り混じった声で呟いた。
彼女は、生まれてから一度もフロンティアの町を出たことがなかったのだ。

「大きいだけよ、人も多いしゴミゴミしてるし。ろくな、場所じゃないわ」
ミーナさんが、少しぶっきらぼうに答える。
彼女は斥候として、一度だけ王都を訪れたことがあるそうだ。
その時の印象が、あまり良くなかったのだろう。
「それに、貴族っていう人種は本当に面倒くさいから。エリアーナさん、絶対に一人で行動しちゃダメよ」
「はい、分かっています」
ミーナさんの忠告は、私の過去の経験からもよく理解できた。

私にとって王都は、栄光と絶望の両方を味わった場所だった。
孤児院から聖女に選ばれた日の喜びと、偽りの烙印を押されて追放された日の屈辱。
その両極端な記憶が、今も私の胸の中で生々しく渦巻いていた。
あの場所へ、私は今全く違う立場で戻ろうとしている。
辺境伯の庇護を受け、最高の仲間と共に。
胸の中にあったのは恐怖よりも、むしろこれから始まる戦いへの高揚感だった。
もう、以前の無力な私ではないのだ。

旅の道中は、驚くほど穏やかに過ぎていった。
夜は、騎士団が野営地を設営して厳重な警備体制を敷いてくれる。
焚き火を囲みながら、騎士たちと話をするのがささやかな楽しみになった。
彼らは、最初は私を「薬師長殿」と呼び遠巻きにしていた。
だが私が差し入れたスタミナ回復ポーションの効果や、ミーナさんの気さくな人柄のおかげですぐに打ち解けてくれたのだ。
騎士の一人が、故郷に残した家族の話をしてくれたこともあった。

「薬師長殿のポーションは、本当にすごい。これがあれば、三日三晩戦い続けられそうだ」
「ミーナ殿の斥候としての腕も、見事なものだな。俺たち騎士団に、欲しいくらいだ」
彼らは、口々に私たちを褒めてくれる。
そんな時、いつも輪の中心から少し離れた場所でラウル様が私たちの様子を見守っていた。
彼の口数は少ないが、その青い瞳には仲間を思う温かい光が宿っているのが分かる。

ある夜、私が一人で焚き火の番をしているとラウル様が隣に座った。
パチパチと、薪のはぜる音が響く。
「眠れないのか、エリアーナ」
「はい、少し。王都が近づくにつれて、色々なことを思い出します」
私は、燃え盛る炎を見つめながらぽつりと呟いた。

「君が、王都でどのような扱いを受けていたのか。ジルベール様から、少しだけ聞いた」
ラウル様の声は、夜の空気に優しく溶け込む。
「辛かっただろう、だがもう何も心配することはない。君は、もう一人ではないのだから」
「はい、そうですね」
彼の言葉が、冷えた心に染み渡るようだった。

「君が、あの謁見の間でジルベール様に向かって言い放った言葉を覚えているか」
「ええ、まあ」
今思うと、少し生意気すぎたかもしれないと顔が熱くなる。
「『この土地に住む人々が、誇りを持って暮らせること』。あの言葉を聞いた時、私は心の底から震えた。そして、この方に生涯を懸けて仕えようと改めて誓ったのだ」

ラウル様は、まっすぐに炎を見つめていた。
その横顔は、騎士としての誇りと主君への絶対的な忠誠心に輝いている。
「君のその志は、ジルベール様の志と全く同じものだ。だからこそ、ジルベール様は君を守ると決められた。王太子を相手にしても、一歩も引かなかったのだ」
「……」
「だから君は、何も恐れる必要はない。ただ君の信じる道を、まっすぐに進めばいい。その後ろは、この私が必ず守る」

その言葉は、どんな慰めよりも力強く私の胸に響いた。
この人がいれば、大丈夫。
心の底から、そう思えた。
「ありがとうございます、ラウル様」
私がそう言うと、彼は少し照れたようにふいと顔をそむけた。
その意外な一面が、少しだけ可愛らしく思えて私は思わず笑ってしまった。

旅が八日目を迎えた頃、街道の先にかすかに巨大な城壁が見えてきた。
白く輝く、王都アステルの城壁である。
その光景を見た瞬間、馬車の中の空気が再び張り詰めたものに変わった。

「あれが、王都……」
アンナさんが、ごくりと唾を飲み込む。
ミーナさんも、無言で窓の外を見つめていた。
その横顔は、まるで戦場に赴く戦士のように険しい。

いよいよ、戻ってきた。
この旅の目的地であり、戦いの舞台となる場所に。
私は、ゆっくりと深呼吸をして窓の外にそびえ立つ巨大な都の姿をまっすぐに見据えた。

城門では、私たちの到着を予期していたのか王都の衛兵たちがものものしい雰囲気で待ち構えていた。
使節団の旗を見て、隊長らしき男が前に進み出る。
「ジルベール辺境伯家御一行様ですな、アルフォンス殿下より。城内の宿舎へ、ご案内するよう命じられております」
その口調は丁寧だが、どこか私たちを値踏みするようないやらしい響きがあった。

ラウル様が、馬上から冷ややかにその男を見下ろす。
「我らの宿舎は、こちらで手配する。王太子殿下の、お心遣いには感謝するが不要だ」
きっぱりとした拒絶の言葉に、衛兵隊長は一瞬不快そうな顔をした。
しかし辺境伯家の騎士団長であるラウル様に、正面から逆らうことはできない。
彼は、悔しそうに道を開けた。

私たちは、衛兵たちの監視するような視線を背中に浴びながら王都のメインストリートへと馬を進める。
道行く人々が、私たちの壮麗な行列を見て驚いたように足を止めていた。
辺境の領主であるジルベール家の紋章が、これほど堂々と王都の大通りを進むことは近年なかったのだろう。
それは、ジルベール辺境伯の王家に対する無言の示威行動でもあった。

ラウル様が手配してくれた宿舎は、貴族街の一角にあるヴァイスブルグの屋敷だった。
フロンティアの私の店とは、比べ物にならないほど壮大で美しい建物である。
ここで私たちは、王宮からの正式な召喚があるまで滞在することになる。
屋敷に到着し、長い旅の荷物を解き始めたまさにその時だった。
一人の使用人が、慌てた様子で私の部屋に駆け込んできた。
「エリアーナ様、大変です。王宮からの使いが、たった今到着いたしました」
「まあ、早いのですね」

「それが、エリアーナ様お一人を至急。王妃様の、お茶会にご招待したいと」
王妃様、その言葉に私は耳を疑った。
アルフォンス殿下でも、リリアでもなくこの国の母である王妃様が。
一体、どういうことなのだろう。
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