役立たずと追放された辺境令嬢、前世の民俗学知識で忘れられた神々を祀り上げたら、いつの間にか『神託の巫女』と呼ばれ救国の英雄になっていました

☆ほしい

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次の日の朝、私たちは城の門の前に集まっていた。
朝の光が、まだ眠っているかのように静かな町をぼんやりと照らし出している。
ひんやりとした朝の空気の中に、馬が鼻を鳴らす音と鎧がこすれる音だけが響いていた。

私とアルフレッド、そしてカイと四人の若者たちが並ぶ。
それに加えて、私たちの監視役である騎士団長と彼の部下の兵士が十人ほど馬に乗って待っていた。
全部で、二十人近くの大きな一団である。

「準備はよろしいか、リゼット様。」
騎士団長が、馬の上から私に問いかけた。
その声は相変わらず硬いものだったが、昨日までのような見下した響きは消えていた。
私の昨夜の態度が、彼に何らかの変化をもたらしたのかもしれない。

「はい、いつでも出発できますわ。」
私は、力強く答えた。
カイたちも、準備は万全といった様子で私の後ろに控えている。
その顔には、緊張というよりも、未知の場所へ向かう好奇心が浮かんでいた。

私たちは、町の東の門を抜けて「嘆きの泉」へと向かった。
道は、ほとんど整備されておらず動物たちが通る道に近い。
かつては多くの人々がお参りに訪れたであろうこの道も、今ではすっかり忘れ去られているようだ。
道のわきには、コケの生えた石像や崩れかけた小さなほこらが打ち捨てられていた。
それらは全て、この土地がかつて豊かな信仰に満ちていたことの証だった。

「ひどいありさまだな。」
カイが、吐き捨てるように言った。
「自分たちの土地の神様を、こんな風に扱うなんて信じられねえ。」
彼の言葉に、村の若者たちも静かに頷く。
彼らは、私たちの村で自然と共に生きる知恵を学んできた。
だからこそ、この光景がどれほど愚かなことかよく分かっているのだ。

騎士団長や兵士たちは、黙ってその様子を見ていた。
彼らの心の中に、どんな思いがめぐっているのだろうか。
中央神殿の教えが絶対だと信じてきた彼らにとって、この光景はどう見えているのだろう。

一時間ほど歩くと、道の先の空気が変わったのが分かった。
それまで聞こえていた鳥の声が、ぴたりと止まる。
代わりに、よどんだ水の匂いと、何かが腐ったような不快な匂いが風に乗って漂ってきた。

「この先のようね。」
私は、確信を持って言った。
森を抜けると、目の前にぽっかりと開けた場所が現れる。
そこが、かつて「嘆きの泉」と呼ばれた場所だった。
しかし、そこに美しい泉の姿はどこにもなかった。
あるのは、乾いてひび割れた大地と、ヘドロが溜まった黒い水たまりだけだ。
周りには枯れた木々が、まるで幽霊のように立ち並んでいる。

「これが、聖なる泉だというのか。」
騎士団長が、信じられないというように呟いた。
その光景は、あまりにも悲惨だった。
かつて豊かな水をたたえていたであろう泉は、完全にその命を失っていた。
そして、泉の中心にあったはずの女神をまつるほこらは、無残にも破壊されてがれきの山と化している。
おそらく、中央神殿の者たちの仕業だろう。
彼らは、自分たちの神以外の神殿を破壊することを、正しいことだと信じているのだから。

「なんて、ひどいことをするのだ。」
アルフレッドが、悲しそうな声で言った。
その目には、深い悲しみの色が浮かんでいる。

私は、馬から降りてゆっくりと泉の跡地へと足を踏み入れた。
地面は、歩くたびにカサカサと乾いた音を立てる。
私は、しゃがみ込んで地面の土を手に取った。
土は、完全に命の力を失って砂のように指の間からこぼれ落ちていく。

「リゼット様、何か分かりましたか。」
カイが、心配そうに私の顔をのぞき込んだ。
「ええ、少しだけね。」
私は立ち上がり、泉の周りを注意深く観察し始めた。
民俗学者としての私の目が、ほんの小さな違いも見逃さない。

「見て、この岩の並び方。」
私は、泉を囲むようにして置かれているいくつかの大きな岩を指さした。
「ただ適当に置かれているわけではないわ。」
「夏至の日の出の光が、ちょうど中心のほこらを照らすように計算されて配置されている。古代の太陽を信仰していた名残ね。」
私の説明に、騎士団長たちが驚いたような顔をする。

「それに、この枯れた植物を見てください。」
私は、別の場所を指さす。
「これは、水が流れる場所の目印になる特別な植物よ。この下に、まだ地下を流れる水脈が生きている可能性があるわ。」
私は、次々とこの土地に残された古代の知恵を読み解いていく。
それは、この世界のほとんどの人が知らない忘れられた知識だった。

「団長、少しよろしいでしょうか。」
私は、騎士団長に向き直った。
「この泉が枯れたのは、自然にそうなったのではありません。誰かがわざとやったのです。」

「何だと。」
彼が、鋭い声で聞き返した。
「この泉の地下を流れる水脈が、何者かによって意図的に止められているのです。おそらく、あのあたりの岩盤の下だわ。」
私は、泉の少し上流にある不自然に盛り上がった地面を指さした。
あそこをふさげば、泉に流れてくる水は全て止まってしまう。

「一体、誰がそんなことを。」
騎士団長の問いに、私は静かに答えた。
「中央神殿の者たち以外に、考えられませんわ。」

私の言葉に、その場にいた兵士たちから動揺の声が上がる。
彼らにとって、中央神殿は絶対的な信仰の対象だったからだ。
「まさか、神殿がこのようなことをするはずがない。何のために。」
騎士団長が、信じられないというように言う。
「領地の民が苦しめば、人々はより強く神に救いを求めるでしょう。これは、信仰する心をあおり、辺境伯家に対する神殿の影響力を強めるための、卑劣なたくらみです。」

私の推測に、騎士団長は言葉を失っていた。
彼の信じてきた正義が、足元から崩れ落ちていくようだった。
その時、近くの茂みがガサリと音を立てる。

「誰だ。」
カイが、素早く手に持ったこん棒を構える。
茂みから、数人の黒い服を着た男たちが姿を現した。
その手には、くわやこん棒が握られている。

「異教の巫女め、聖なる泉をこれ以上汚すことは許さんぞ。」
男たちは、狂ったような目で私たちをにらみつけながら叫んだ。
彼らは、中央神殿の熱心な信者のようだった。
私たちの動きを、どこかで見張っていたのだろう。

「お前たちが、この泉をふさいだのか。」
騎士団長が、怒りに満ちた声で問いただした。
「その通りだ。この泉は、人々を惑わす悪魔の力だ。我らが司祭様の命令で、完全に枯らしてやったのだ。」
男たちは、自分たちの行いを誇るように言った。
その言葉が、彼らの罪をはっきりとさせた。

「神殿の名を語る愚か者どもめ、全員捕らえよ。」
騎士団長の命令で、兵士たちが一斉に信者たちに襲いかかった。
信者たちは抵抗しようとしたが、訓練された兵士たちの相手ではない。
あっという間に、全員が地面にねじ伏せられてしまった。

邪魔者はいなくなった。
いよいよ、泉を復活させる時が来た。
「カイ、みんな、手伝ってくれるかしら。」
私は、仲間たちに声をかけた。

「あの盛り上がった場所を掘り返して、水脈をふさいでいる岩を取り除くのよ。」
「おう、任せておけ。」
カイや若者たちは、私たちの村で使っている新しいくわを手に取った。
そして、力強く地面を掘り始めた。
その手際の良さと、道具の性能の高さに兵士たちが驚きの目で見ていた。

数時間後、私たちはついに水脈をふさいでいた巨大な岩盤を見つけ出した。
それは、人の手によって巧みに水脈の上に置かれていた。
「よし、これをどかすわよ。」
私たちは、丸太をてこにして全員で力を合わせて岩盤を動かし始めた。
騎士団長や兵士たちも、少し戸惑いながらもその作業に加わってくれる。
敵と味方が、一つの目的に向かって力を合わせている。
それは、とても不思議な光景だった。

ズズズ、という重い音を立てて岩盤が少しずつ動いていく。
そして、ついに水脈の上から完全に外れた瞬間だった。
ゴボゴボという音と共に、岩盤の下から濁った水が勢いよく噴き出し始めた。
長い間せき止められていた地下水が、解放されたのだ。

「水だ、水が出たぞ。」
若者たちが、喜びの声を上げる。
しかし、これだけではまだ足りない。
泉を完全に蘇らせるには、天からの恵みが必要だった。

「さあ、最後の仕上げよ。」
私は、この日のために用意してきた特別な道具を取り出した。
それは、村で成功させた雨乞いの儀式と同じものだ。
特別な種類の鉱石と、乾燥させた薬草である。

私は、泉の中心で儀式の準備を始めた。
その様子を、騎士団長たちが息をのんで見守っている。
彼らの目には、私が本物の奇跡を起こすのではないかという期待が宿っていた。
私は、鉱石の上に薬草を置き、小さな火をつける。
シューッという音と共に、白い煙がまっすぐに天へと昇っていった。

すると、今まで晴れていた空が急に曇り始めた。
泉の上空にだけ、不思議な雲が集まってくる。
やがて、ポツリ、と私の頬に冷たいしずくが落ちてきた。
雨だ。
それは、すぐに勢いを増してザーザーという本格的な降りになった。

乾ききった大地が、まるで喜ぶかのように雨水を吸い込んでいく。
泉のくぼ地には、みるみるうちに清らかな水が溜まっていった。
破壊されたほこらのがれきも、雨に洗われて清められていくようだ。

「本当に、雨が降るとは。」
騎士団長が、空を見上げたまま呆然と呟いている。
兵士たちも、武器を落としてその場にひざまずき、祈りを捧げ始めた。
彼らが信じる唯一の神ではなく、目の前で奇跡を起こした私という存在に。
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みんなの感想(7件)

ねむちゃん
2025.10.15 ねむちゃん

知識ってすごいね。

解除
祐
2025.10.13

13話の内容は11話と同じでは無いですか?

解除
とも
2025.10.13 とも

11話と13話の途中からの話の内容が、同じではないでしょうか?

解除

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