攻撃魔法が使えないゴミだと追放された【調律師】の令嬢、魔力暴走で死にかけの最強公爵をメンテナンスして溺愛される

旅する書斎(☆ほしい)

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王都から届いた召喚状は、あまりに身勝手で不快な魔力の残滓を纏っていた。
ラインハルト公爵家の刻印が押されたその紙片は、手に取るだけで指先がチリチリと焼けるような不協和音を奏でている。
内容を読み上げたゼノス様の声は、氷点下を突き抜けるほどに冷ややかだった。
召喚の理由は、王都を包囲する「聖なる守護結界」の急速な劣化。
そして、その原因が私の「不当な魔力操作」による呪いであるという、耳を疑うような言いがかりだった。
私の調律がなければ維持できないほど脆い基盤の上に、カイル様やエレナが無理やり強力な攻撃術式を上乗せしたせいで、結界の心臓部が悲鳴を上げているだけなのに。
それを私のせいにし、罪を雪ぎたければ今すぐ戻って修復しろという、命令という名の泣きつき。

「アイリス、行く必要はない。あのような無能どもの尻拭いなど、貴様の高潔な指先を汚すだけだ。俺が軍を出して、あの王都ごと不協和音を消し飛ばしてやってもいい」

ゼノス様が私の肩を抱き寄せ、その低い声で囁く。
彼の魔力は怒りに反応して鋭く研ぎ澄まされ、周囲の空気を物理的に切り裂こうとしていた。
私は慌てて、彼の胸に手を当てて、その荒ぶる波形を優しく撫でるように整える。
トクン、トクンと、私の指先を通じて伝わる彼の鼓動が、次第に黄金の旋律を取り戻していく。
今のゼノス様は、私一人のための騎士であり、この世で最も美しい旋律を奏でる楽器でもあるのだ。

「いいえ、ゼノス様。行きましょう。私が放り出した仕事が、どれほど無惨に壊れているのか、この目で確かめておきたいんです。それに、私がいないと何もできない人たちに、はっきりと教えてあげないといけませんから。調律師を『ゴミ』と呼んだ代償が、どれほど高くつくのかを」

私は不敵に微笑んでみせた。
職人として、自分の手がけた作品が他人の手で汚されるのは我慢ならない。
あの結界は、私が幼い頃から人知れず、指先を血に染めながら維持し続けてきた最高傑作の一つなのだから。
それをおもちゃのように扱い、壊した挙句に私を犯罪者扱いするなど、プロとして断じて許せることではない。

「……ふっ、いいだろう。貴様がそう言うなら、俺は貴様の剣となり、盾となろう。アイリス、存分に王都を、そしてラインハルトの連中を『調律』してやるがいい」

ゼノス様は私の決意を受け入れ、すぐに出発の準備を命じた。
けれど、普通の馬車で向かうつもりはない。
私は城の地下に眠っていた、歴代公爵が使っていたという古びた「黒龍の馬車」をメンテナンスすることにした。
この馬車は、空気中の魔力を吸収して浮力と推進力に変えるという、極めて高度な魔導回路を内蔵している。
しかし長年の放置と、ゼノス様の強すぎる魔力に晒されたせいで、回路のあちこちが焼き切れ、ただの巨大な鉄の塊と化していた。

「アイリス様、こんな骨董品を動かそうというのですか? 王都までの道のりは険しく、普通の馬車でも三日はかかります。これでは一歩も動きませんぞ」

セドリックさんが心配そうに駆け寄ってきたが、私は既に馬車の底部に潜り込んでいた。
私の視界には、無数の魔力の糸が複雑に絡み合い、断線した箇所から火花を散らしているのが見える。
私は愛用の銀針を取り出し、口に咥えて精神を集中させた。
世界の色が反転し、黄金のピアノ線が私の周囲を埋め尽くす。
私は指先を鍵盤を叩くように動かし、死んでいた回路に命を吹き込んでいく。

「ここが詰まっているから動かないのね。この回路を、ゼノス様の魔力波形に同調するように書き換えて……。ついでに、衝撃吸収の術式を水平展開して、中のソファを雲の上のような座り心地に変えましょう」

私は単に直すだけではなく、その場で馬車の性能を数段階上の次元へと進化させていった。
垂直に魔力出力を上げるのではなく、効率を極限まで高め、最小の魔力で最大の速度を引き出す「低燃費・高出力」の極致。
私の指先が触れるたびに、錆び付いていた黒い車体が、真珠のような艶やかな光沢を取り戻していく。
中心核である魔導水晶が、キィンという澄んだ音を立てて目覚め、周囲の魔力を貪欲に吸い込み始めた。

「よし、完了です。セドリックさん、三日もかかりませんよ。この子なら、数時間で王都の門まで辿り着けます」

私が馬車の下から這い出すと、そこにいた全員が言葉を失っていた。
黒龍の馬車は、今や生きているかのような脈動を放ち、周囲の重力を無視して数センチほど宙に浮いている。
ゼノス様は満足げに頷き、私を抱きかかえて豪華な車内へと運び入れた。
車内は外見からは想像もできないほど広く、私が調律したクッションは、座るだけで魔力回路が浄化されるような極上の肌触りだった。

「出発だ。アイリス、道中の景色を楽しんでいる間に、王都の連中に絶望を届けてやろう」

ゼノス様が指を鳴らすと、馬車は音もなく加速した。
窓の外を流れる景色は、瞬く間に光の帯へと変わる。
普通の馬車ならガタガタと揺れて体力が削られる過酷な旅路だが、この馬車は揺れ一つない。
それどころか、私が車内に施した「魔力循環システム」のおかげで、座っているだけで肌が艶やかになり、精神が研ぎ澄まされていく。
ゼノス様と向かい合い、最高級の紅茶を飲みながら進む旅路。
それは追放された令嬢の帰還というよりは、蹂躙しに行く女王の行軍のようだった。

王都が見えてきたのは、太陽が中天に差し掛かる頃だった。
王都の上空には、ドス黒い雲が渦巻いており、そこから不吉な紫色の電光が何度も結界を叩いているのが見える。
私がいた頃の、澄み渡った青空を守っていた結界の面影はどこにもない。
空気中に漂う魔力の臭いは、腐った卵のように鼻を突き、私の鼓膜には世界が悲鳴を上げているような不協和音が突き刺さる。

「……酷い。これほどまでに壊してしまうなんて。私の調律を、ただの雑用だと思っていた報いですね」

「ああ、醜いな。あのようなゴミ溜めに貴様を置いていたと思うと、改めて腹が立つ。アイリス、いつでも命じろ。俺の魔力をこの街に流し込み、一度全てを更地にしてから、貴様が新しく調律し直してもいいのだぞ?」

「ふふ、そんな物騒なことはしないでくださいね。私はあくまで、壊れたものを直したいだけですから。……もっとも、直す価値があるかどうかは、あの方たちの態度次第ですが」

馬車は王都の巨大な正門を、衛兵たちが止める間もなく突破した。
浮遊する黒い馬車という、常識を逸脱した存在に、街の人々は恐怖と驚愕の声を上げて逃げ惑う。
私たちはそのまま、王宮の目の前にある広場まで乗り付けた。
馬車のドアが開くと、そこにはカイル様率いる魔導騎士団と、青ざめた顔をした父様、そして憎しみに満ちた目をしたエレナが待ち構えていた。

「アイリス! 貴様、よくもぬけぬけと戻ってきたな! この呪われた馬車は何だ! やはり貴様、邪悪な魔術に手を染めていたのだな!」

カイル様が抜剣し、私を指差して叫ぶ。
その剣先からは、無理やり魔力を絞り出したせいか、黒ずんだ火花が散っていた。
彼の魔力回路は、以前よりもずっと歪んで、ボロボロになっている。
強すぎる攻撃魔法を、メンテナンスなしで使い続けた結果だ。
私はゼノス様の手を借りて馬車から降りると、優雅に一礼して見せた。

「お久しぶりです、カイル様。そしてお父様。そんなに怖い顔をしないでください。私は召喚に応じ、皆様が壊してしまったこの国の結界を『点検』しに来ただけですから」

「誰が壊したと言った! お前が去り際に結界に呪いをかけたから、こんなことになったんだろうが! 早くそれを解け! さもなくば、ここで極刑に処す!」

エレナがヒステリックに声を上げる。
彼女の纏っているドレスに組み込まれた魔導具も、もはや機能していない。
ただの派手な布切れを纏っているだけの、無能な令嬢。
私は彼女の背後にある、王宮を包む巨大な結界の基幹部を見つめた。
そこには、私が残した黄金の糸を無理やり引き千切り、代わりに汚れた泥のような術式が塗りたくられた無惨な光景が広がっていた。

「……処刑、ですか。いいですよ。ですが、今の私に触れれば、ゼノス公爵閣下が黙ってはいないと思いますが?」

私がそう言うと、背後に控えていたゼノス様が、一歩前に踏み出した。
その瞬間、広場全体の重力が数倍に跳ね上がったかのような錯覚に、カイル様たちは膝をついた。
ゼノス様から放たれる黄金の魔力は、王都の汚れた空気を一瞬で浄化し、彼らの呼吸すら止めるほどの威圧感を放つ。

「俺のアイリスに、誰が剣を向けている。その腕、根元から調律してやろうか?」

ゼノス様の冷酷な宣言に、カイル様の顔から血の気が引いていく。
最強の公爵が、追放したはずの「ゴミ」の守護者として君臨している。
その現実が、ようやく彼らの脳内に染み込み始めたようだった。
私は一歩、また一歩と、悲鳴を上げる結界の心臓部へと近づいていった。 



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