【完結】元Sランク受付嬢の、路地裏ひとり酒とまかない飯

旅する書斎(☆ほしい)

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森の入り口に着くと、ひんやりとした空気が私を包み込んだ。
月明かりが、木々の間から差し込み、幻想的な光景を作り出している。
私は、深く息を吸い込むと、意識を集中させた。
目を閉じ、森の声に耳を澄ます。
風の音、木の葉の擦れる音、遠くで鳴く虫の声……。
そして、その奥にある、もっと微かな気配を探る。

(リリアちゃん……どこにいるの……?)

心の中で、強く呼びかける。
すると、脳裏に、ふわりと温かいイメージが浮かんできた。
それは、大きな木のうろの中で、何かに守られるようにして眠っている、小さな女の子の姿だった。
そして、その傍らには、月明かりを受けて白銀に輝く、巨大なフクロウが静かに佇んでいる。

(間違いない……!森の賢者と、リリアちゃんだ……!)

私は確信し、そのイメージが示す方向へと、迷わず走り出した。
Sランク冒助者として培った、超人的な身体能力。
もう使うことはないと思っていたけれど、こういう形で役に立つ日が来るとは。

木々の間を縫うように、風のように駆け抜ける。
障害物も、ぬかるみも、今の私には関係ない。
ただひたすらに、リリアちゃんの元へと突き進む。

やがて、森の奥深く、ひときわ大きな古木がそびえ立っているのが見えてきた。
あのイメージで見た場所だ。
間違いない。

息を殺し、慎重に古木に近づくと、その根元に、大きなうろが開いているのが見えた。
そして、その中から、かすかに人の気配がする。
私は、ゆっくりと、うろの中を覗き込んだ。

そこにいたのは、やはり、栗色の髪を三つ編みにした少女、リリアちゃんと、彼女に寄り添うようにして座る、巨大なフクロウ――森の賢者だった。
リリアちゃんは、すやすやと穏やかな寝息を立てている。
怪我をしている様子はない。
ただ、少し衰弱しているようにも見える。

森の賢者は、私に気づくと、その大きな黄金色の瞳を、まっすぐに私に向けた。
その瞳には、敵意はなく、むしろ深い知性と、慈しみのようなものが感じられた。
そして、私の頭の中に、直接、声が響いてきた。

《……よくぞ、参られた。人の子よ。この子を、迎えに来たのですか》

それは、男性とも女性ともつかない、静かで、それでいて威厳のある声だった。

「はい……。この子は、村で皆が心配しています。どうか、返していただけないでしょうか」

私も、心の中でそう答える。
言葉を交わさなくても、想いは伝わるはずだ。

《この子は、森で足を滑らせ、怪我をして動けなくなっていたところを、私が保護しました。傷は、私の羽で癒やしましたが、少し体力を消耗しているようです》

やはり、そうだったのか。
リリアちゃんは、事故に遭ったところを、森の賢者に助けられたのだ。

《この子は、純粋で、優しい心を持っています。森の生き物たちを愛し、決して傷つけようとはしない。だから、私もこの子を守りたいと思ったのです》

「ありがとうございます、森の賢者様。あなたが、リリアちゃんを助けてくださったのですね。心から、感謝します」

《礼には及びません。ただ……この子を村へ帰す前に、一つ、あなたに頼みたいことがあるのです》

「頼み、ですか?」

《ええ。最近、この森に、邪な心を持つ人間たちが入り込むようになりました。彼らは、私の羽を狙い、森を荒らしています。このままでは、森の均衡が崩れてしまうでしょう。どうか、あなたの力で、彼らを森から追い払ってはいただけないでしょうか》

森の賢者の声には、切実な響きが込められていた。
羽を狙う人間……。
おそらく、賢者の羽に治癒効果があるという噂を聞きつけた、欲深い連中だろう。

(戦わないと決めた……。でも……)

目の前には、助けを求める森の賢者と、無垢な寝顔のリリアちゃんがいる。
この二人を、見捨てることなんて、できるはずがない。

「……わかりました。お引き受けします。ただし、私はもう、人を傷つけるための力は使いません。彼らを、傷つけずに、森から追い出す方法を考えます」

私の答えに、森の賢者は、満足そうに頷いた。

《感謝します、人の子よ。あなたなら、それができると信じています。さあ、この子を連れてお行きなさい。村で、皆が待っています》

森の賢者が、そっと翼を動かすと、リリアちゃんの体がふわりと浮き上がり、私の腕の中へと優しく運ばれた。
私は、リリアちゃんをしっかりと抱きかかえると、森の賢者に深く頭を下げた。

「必ず、お約束は果たします。それでは、失礼します」

私は、リリアちゃんを抱いたまま、再び森を駆け出した。
今度は、村へと向かって。
リリアちゃんの体は、思ったよりも軽く、温かかった。
穏やかな寝息を立てる彼女の寝顔を見ていると、自然と愛おしい気持ちが湧いてくる。
この子を、無事に家族の元へ帰してあげなければ。

村の入り口まで戻ると、すでにギルドの捜索隊や、村人たちが松明を手に集まっていた。
その中には、心配そうに空を見上げる、ミリアさんの姿もあった。

「リリアちゃんが、見つかったぞー!」

誰かがそう叫ぶと、集まっていた人々から、一斉に歓声が上がった。
ミリアさんが、涙を流しながら私の元へ駆け寄ってくる。

「リリア……!ああ、リリア……!よかった……本当によかった……!」

「ミリアさん……。リリアちゃんは、無事です。少し、眠っているだけです」

私はミリアさんにリリアちゃんを手渡すと、彼女は愛しい孫娘を、しっかりと抱きしめた。
その光景に、周りの人々も、皆、安堵の表情を浮かべている。
ゴードンさんも、私の肩を力強く叩いてくれた。

「よくやった、レナ嬢。君のおかげだ。本当に、ありがとう」

「いえ、私なんて……。リリアちゃんを助けてくれたのは、森の賢者様です」

私は、森での出来事を、ゴードンさんと村長にだけ、かいつまんで話した。
皆、驚きながらも、森の賢者の存在と、その慈悲深い行動に、深く感謝していた。

そして、私は、もう一つの約束を果たすために、再び森へと意識を向けた。
邪な心を持つ人間たちを、森から追い出す。
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