【完結】元Sランク受付嬢の、路地裏ひとり酒とまかない飯

旅する書斎(☆ほしい)

文字の大きさ
63 / 80

63

しおりを挟む
ギルドの執務室は、にわかに緊迫した空気に包まれた。ゴードンさんが持ち帰った、遮光性の箱。その中には、村の運命を左右する『月光花』が、静かに眠っている。

「レナ嬢、君の言う通りだった。我々が森の奥でこの花を見つけた時、どこからともなく、あの賢者が現れてな。テレパシーで、直接、我々の頭に語りかけてきたのだ。『その花は、夜明けの光を浴びれば、救済ではなく、破滅をもたらす』とな」

ゴードンさんは、興奮冷めやらぬ様子で語る。植物学の権威であるアルフォンス老師も、大きく頷いた。

「うむ。賢者の言う通り、この月光花からは、極めて不安定な魔力を感じる。夜明けの光……つまり、太陽光に含まれる特定の波長の魔素に反応し、その構造が劇的に変化するのだろう。薬から毒へ、まさに紙一重じゃ」

「では、どうすれば……」

依頼主である青年、ロイド君が、青ざめた顔で問いかける。彼の村では、今も多くの人々が、この花を待ちわびているのだ。

皆の視線が、自然と私に集まる。元Sランクだということは伏せているけれど、この状況を打開する知識を持っているのが、ここにいるメンバーの中では、おそらく私だけだということは、皆、薄々感づいているようだった。

もう、隠している場合じゃない。

私は、覚悟を決めて、口を開いた。

「この月光花を、安全な薬に変える方法が、一つだけあります。古代の文献で読んだことがあるんです」

「本当か、レナ嬢!」

「はい。必要なのは、二つ。『純度の高い銀製の釜』と、『夜明け前の、最も澄んだ湧き水』。そして……ほんの少しの、魔力制御です」

私の言葉に、その場の全員が息を飲んだ。

「銀の釜と、湧き水は、すぐに手配できる。だが、魔力制御とは……。アルフォンス老師、あなたなら……」

ギルド長が老師に視線を向けるが、老師は、静かに首を横に振った。

「わしは、植物の専門家じゃが、魔力の精密操作は、専門外じゃ。下手に手を出せば、暴走させてしまう危険性もある」

再び、沈黙が訪れる。

タイムリミットは、夜明けまで。もう、あまり時間はない。

私は、ゆっくりと、一歩前に出た。

「……その、魔力制御……。私に、やらせてください」

「なっ……!レナ嬢、君が!?しかし、君は受付嬢だろう!そんな危険な真似は……!」

ゴードAンさんが、驚きの声を上げる。

「大丈夫です。昔、少しだけ、心得がありますから。それに、このまま、指をくわえて見ているわけには、いきません」

私の瞳には、もう、迷いはなかった。

「戦わない」と決めた。でも、それは「何もしない」ということじゃない。私が持つ知識と、ほんの少しの力で、救える命があるのなら。

ギルド長は、しばらくの間、じっと私の目を見つめていたが、やがて、深く、深く、頷いた。

「……分かった。レナ君、君に、全てを託す。必要なものは、すぐに用意させよう。頼んだぞ」

「はい!」

こうして、ギルドの地下にある、錬金術師が使うための特別な工房で、前代未聞の調薬作業が始まった。

すぐに、純銀製の、美しい輝きを放つ釜が運び込まれる。そして、ギルド職員たちが総出で、街で最も清らかとされる『暁の泉』から、夜明け前の水を汲んできた。

私は、作業の前に、一度、心を落ち着かせる必要があった。

(……こういう時こそ、あれだわ)

私は、ギルド長に、一つだけ、わがままな頼み事をした。

「すみません、ギルド長。〈モンス飯亭〉から、出前を取っていただくことは、可能でしょうか?」

「で、出前だと!?」

目を丸くするギルド長に、私は、真剣な顔で頷いた。

「はい。最高の仕事をするためには、最高の腹ごしらえが必要です。女将さんの作った、温かくて、力の出るものを食べれば、きっと、成功しますから」

私のあまりに真剣な様子に、ギルド長は、呆れたように、しかし、すぐに納得してくれたようだった。

「……分かった。すぐに、使いの者をやろう。何がいいんだ?」

「お任せします、とだけ、伝えてください。きっと、今の私に、一番必要なものを作ってくれるはずです」

しばらくして、工房に届けられたのは、ほかほかと湯気の立つ、大きな土鍋だった。

蓋を開けると、ふわりと、生姜と鶏肉の、優しい香りが立ち上る。

中には、鶏肉と、たっぷりの野菜、そして、もちもちとした食感が楽しそうな、すいとんが入っていた。

『鶏肉と根菜の、生姜たっぷりすいとん汁』。

女将さんが、私の今の心境と、これから挑む作業のことを見通して、作ってくれた、心と体が、芯から温まる一品だ。

「……いただきます」

私は、その場にいたギルド長やゴードンさんたちにも勧め、皆で、そのすいとん汁を分け合って食べた。

一口食べると、生姜の効いた、とろみのある汁が、冷えた体にじんわりと染み渡る。柔らかく煮込まれた鶏肉と、野菜の甘み。そして、もちもちのすいとんが、空っぽだったお腹を、優しく満たしてくれる。

「うまい……。なんだか、力が湧いてくるようだ……」

ゴードンさんが、しみじみと呟く。

私も、大きく頷いた。

女将さんの料理には、いつも、人を元気にする、不思議な魔法が込められている。

腹ごしらえを済ませ、心も体も、準備は万端。

私は、銀の釜の前に立ち、ゆっくりと、深呼吸をした。

いよいよ、調薬作業の始まりだ。

まず、遮光性の箱から、慎重に月光花を取り出す。満月の魔力をたっぷりと吸い込んだ花は、暗い工房の中でも、自ら、青白い光を放っているようだった。

その美しい姿とは裏腹に、一歩間違えれば、猛毒と化す、危険な花。

私は、アルフォンス老師の指導の元、花弁を一枚一枚、丁寧に摘み取っていく。

そして、それを、夜明け前の湧き水で満たされた、銀の釜へと、そっと浮かべた。

ここからが、私の出番だ。

私は、釜に両手をかざし、目を閉じて、意識を集中させる。

体内の魔力を、ゆっくりと、細く、糸のように紡ぎ出していく。

Sランク冒険者だった頃、私は、その強大な魔力で、山をも砕くほどの攻撃魔法を放っていた。

けれど、今、求められているのは、破壊の力じゃない。

繊細で、精密な、制御の力だ。

まるで、か細い絹糸を、針の穴に通すように。

私は、自分の魔力を、釜の中の水へと、そっと流し込んでいく。

魔力が水に溶け込むと、水は、キラキラと、銀色に輝き始めた。

そして、その中で、月光花の花弁が、ゆっくりと、溶け出していく。

花弁から溶け出した魔力は、非常に不安定で、荒々しい。下手に刺激すれば、すぐに暴走し、毒へと変化してしまうだろう。

私は、自分の魔力で、その荒々しい魔力を、優しく、包み込むように、なだめていく。

まるで、気性の荒い魔獣を、手なずけるように。

じわじわと、額に汗が滲む。

とてつもない、集中力が必要な作業だ。

でも、不思議と、苦痛ではなかった。

私の中には、女将さんのすいとん汁の温かさが、まだ、残っている。

そして、村で助けを待つ人々、心配するロイド君、そして、私のことを信じて、見守ってくれている、ギルドの仲間たちの顔が、次々と、脳裏に浮かんでくる。

(……私なら、できる)

その想いが、私の魔力を、さらに、強く、そして、優しくしていく。

どれくらいの時間が、経っただろうか。

釜の中の月光花の花弁が、完全に水に溶けきり、荒々しかった魔力の波が、まるで、凪いだ湖面のように、静かになった。

そして、釜の中の水は、透き通った、美しい、青色の液体へと、変化していた。

「……できた……。これが、月光花の、本当の……」

私が、安堵の息を漏らした。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

#密売じゃありません!ミツバイギフトで最高に美味しい果物作ったら、領主令息が夫になった件について

国府知里
ファンタジー
「がんばっても報われなかったあなたに」“スローライフ成り上がりファンタジー”  人生に疲れ果てた北村めぐみは、目覚めると異世界の農村で少女グレイスとして転生していた。この世界では6歳で神から“ギフト”を授かるという。グレイスが得た謎の力「ミツバイ」は、果物を蜜のように甘くするという奇跡の力だった!村を、領地を、やがて王国までも変えていく果樹栽培の物語がいま始まる――。美味しさが未来を育てる、異世界農業×スローライフ・ファンタジー!

『今日も平和に暮らしたいだけなのに、スキルが増えていく主婦です』

チャチャ
ファンタジー
毎日ドタバタ、でもちょっと幸せな日々。 家事を終えて、趣味のゲームをしていた主婦・麻衣のスマホに、ある日突然「スキル習得」の謎メッセージが届く!? 主婦のスキル習得ライフ、今日ものんびり始まります。

無能だと追放された「雑用係」のハル、現代の知恵(ライフハック)を駆使したら、呪われた魔王城が聖域化して伝説の賢者と呼ばれ始めた

ユネ
ファンタジー
「君のような無能な掃除係は必要ない!」 勇者パーティーからゴミのように捨てられた雑用係のハル。だが彼女には、前世で培った【家事のプロとしてのライフハック】があった。 ​移り住んだのは、誰もが恐れる『呪われた魔王城』。しかしハルにとっては、ただの「掃除のしがいがある大型物件」に過ぎなかった! 重曹とクエン酸で呪いを浄化し、アルミホイルで魔物を除け、ジャガイモの皮で伝説の鏡を蘇らせる。 ​魔法より便利な知恵で、お城はいつの間にか世界一快適な聖域に。 一方、ハルを失った勇者たちは、汚部屋と化した拠点と自らの無知に絶望することになり――。 ​これは、一人の「掃除好き」が知恵と工夫だけで異世界に革命を起こし、最高のスローライフを手に入れるまでの物語。

異世界でのんびり暮らしてみることにしました

松石 愛弓
ファンタジー
アラサーの社畜OL 湊 瑠香(みなと るか)は、過労で倒れている時に、露店で買った怪しげな花に導かれ異世界に。忙しく辛かった過去を忘れ、異世界でのんびり楽しく暮らしてみることに。優しい人々や可愛い生物との出会い、不思議な植物、コメディ風に突っ込んだり突っ込まれたり。徐々にコメディ路線になっていく予定です。お話の展開など納得のいかないところがあるかもしれませんが、書くことが未熟者の作者ゆえ見逃していただけると助かります。他サイトにも投稿しています。 https://www.alphapolis.co.jp/novel/793391534/466596284/episode/5320962 https://www.alphapolis.co.jp/novel/793391534/387029553/episode/10775138 https://www.alphapolis.co.jp/novel/793391534/84576624/episode/5093144 https://www.alphapolis.co.jp/novel/793391534/786307039/episode/2285646

異世界召喚された俺の料理が美味すぎて魔王軍が侵略やめた件

さかーん
ファンタジー
魔王様、世界征服より晩ご飯ですよ! 食品メーカー勤務の平凡な社会人・橘陽人(たちばな はると)は、ある日突然異世界に召喚されてしまった。剣も魔法もない陽人が頼れるのは唯一の特技――料理の腕だけ。 侵略の真っ最中だった魔王ゼファーとその部下たちに、試しに料理を振る舞ったところ、まさかの大絶賛。 「なにこれ美味い!」「もう戦争どころじゃない!」 気づけば魔王軍は侵略作戦を完全放棄。陽人の料理に夢中になり、次々と餌付けされてしまった。 いつの間にか『魔王専属料理人』として雇われてしまった陽人は、料理の腕一本で人間世界と魔族の架け橋となってしまう――。 料理と異世界が織りなす、ほのぼのグルメ・ファンタジー開幕!

元王城お抱えスキル研究家の、モフモフ子育てスローライフ 〜スキル:沼?!『前代未聞なスキル持ち』の成長、見守り生活〜

野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ファンタジー
「エレンはね、スレイがたくさん褒めてくれるから、ここに居ていいんだって思えたの」 ***  魔法はないが、神から授かる特殊な力――スキルが存在する世界。  王城にはスキルのあらゆる可能性を模索し、スキル関係のトラブルを解消するための専門家・スキル研究家という職が存在していた。  しかしちょうど一年前、即位したばかりの国王の「そのようなもの、金がかかるばかりで意味がない」という鶴の一声で、職が消滅。  解雇されたスキル研究家のスレイ(26歳)は、ひょんな事から縁も所縁もない田舎の伯爵領に移住し、忙しく働いた王城時代の給金貯蓄でそれなりに広い庭付きの家を買い、元来からの拾い癖と大雑把な性格が相まって、拾ってきた動物たちを放し飼いにしての共同生活を送っている。  ひっそりと「スキルに関する相談を受け付けるための『スキル相談室』」を開業する傍ら、空いた時間は冒険者ギルドで、住民からの戦闘伴わない依頼――通称:非戦闘系依頼(畑仕事や牧場仕事の手伝い)を受け、スローな日々を謳歌していたスレイ。  しかしそんな穏やかな生活も、ある日拾い癖が高じてついに羊を連れた人間(小さな女の子)を拾った事で、少しずつ様変わりし始める。  スキル階級・底辺<ボトム>のありふれたスキル『召喚士』持ちの女の子・エレンと、彼女に召喚されたただの羊(か弱い非戦闘毛動物)メェ君。  何の変哲もない子たちだけど、実は「動物と会話ができる」という、スキル研究家のスレイでも初めて見る特殊な副効果持ちの少女と、『特性:沼』という、ヘンテコなステータス持ちの羊で……? 「今日は野菜の苗植えをします」 「おー!」 「めぇー!!」  友達を一千万人作る事が目標のエレンと、エレンの事が好きすぎるあまり、人前でもお構いなくつい『沼』の力を使ってしまうメェ君。  そんな一人と一匹を、スキル研究家としても保護者としても、スローライフを通して褒めて伸ばして導いていく。  子育て成長、お仕事ストーリー。  ここに爆誕!

【完結】没落令嬢、異世界で紅茶店を開くことにいたしました〜香りと静寂と癒しの一杯をあなたに〜

旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
夜会で父が失脚し、家は没落。屋敷の裏階段で滑り落ち、気づけば異世界――。 王国貴族だったアナスタシアが転移先で授かったのは、“極上調合”という紅茶とハーブのスキルだった。 戦う気はございませんの。復讐もざまぁも、疲れますわ。 彼女が選んだのは、湖畔の古びた小屋で静かにお茶を淹れること。 奇跡の一杯は病を癒やし、呪いを祓い、魔力を整える力を持つが、 彼女は誰にも媚びず、ただ静けさの中で湯気を楽しむのみ。 「お代は結構ですわ。……代わりに花と静寂を置いていってくださる?」 騎士も王女も英雄も訪れるが、彼女は気まぐれに一杯を淹れるだけ。 これは、香草と紅茶に囲まれた元令嬢の、優雅で自由な異世界スローライフ。

元侯爵令嬢の異世界薬膳料理~転生先はみんな食事に興味が無い世界だったので、美味しいご飯で人の身も心も癒します~

向原 行人
ファンタジー
 異世界へ転生して数日。十七歳の侯爵令嬢、アリスとして目覚めた私は、早くも限界を迎えていた。  というのも、この世界……みんな食事に興味が無くて、毎食パンとハムだけとか、ハムがチーズに変わるとか、せいぜいその程度だ。  料理というより、食材を並べているだけって感じがする。  元日本人の私としては温かいご飯がたべたいので、自分で食事を作るというと、「貴族が料理など下賤なことをするのは恥だ!」と、意味不明な怒られ方をした。  わかった……だったら、私は貴族を辞める!  家には兄が二人もいるし、姉だっているから問題無いでしょ。  宛てもなく屋敷を飛び出した私は、小さな村で更に酷い食事事情を目の当たりにする。  育ち盛りの子供たちや、身体を使う冒険者たちが、それだけしか食べないなんて……よし、美味しいご飯でみんなも私も幸せになろう!  医食同源! 大食いモフモフ聖獣に、胃袋を掴んでしまった騎士隊長と一緒に、異世界で美味しくて身体に良い食材探しだ! ※第○話:主人公視点  挿話○:タイトルに書かれたキャラの視点  となります。

処理中です...