【完結】元Sランク受付嬢の、路地裏ひとり酒とまかない飯

旅する書斎(☆ほしい)

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アランさんとの祝杯は、最高に楽しい時間だった。

女将さんが次々と繰り出す絶品のつまみ――『サラマンダーの皮の炙り』や『グリフォンの砂肝ポン酢』などを肴に私たちは、お互いの専門分野の話で大いに盛り上がった。

古代文献の解読と魔獣の生態。一見何の関係もなさそうな二つの分野が、月光花の一件で奇妙にリンクしたのだ。

「それにしても、君は一体何者なんだい?ただのギルド受付嬢が、あれほどの古代語の知識と魔力制御の技術を持っているとは、到底思えないのだが」

アランさんが酔いも手伝ってか、少し踏み込んだ質問をしてくる。私はいつものように「昔、少しだけ色々ありまして」と笑って誤魔化す。

いつか彼に本当のことを話せる日が来るのだろうか。いや今のこの穏やかな関係が、私には何より心地よかった。

一週間の特別休暇。それは私にとって、まさに天国のような日々だった。

初日は月光花の一件で溜まった疲労を癒やすため、一日中家でゴロゴロと過ごした。

昼過ぎに起きて近所のパン屋で買ってきた焼きたてのパンと、昨日スーパーで買った少し高級なハムでのんびりとブランチ。

午後は録り溜めていた料理番組を見ながら、うたた寝。夜はもちろん、〈モンス飯亭〉へ直行だ。

「あら、レナちゃん。休暇初日から早速ご来店だねぇ」

「当たり前じゃないですか。女将さんのごはんを食べないと、私の休暇は始まりませんから」

そんな軽口を叩きながら私はカウンターに座る。休暇中の私に女将さんは毎日、趣向を凝らした最高のまかない料理を振る舞ってくれた。

『ロック鳥の卵を使った、出汁巻かない卵焼き』。

出汁で溶いた卵を焼くのではなく卵で出汁を巻くという、逆転の発想から生まれた一品だ。

口に入れるとぷるんとした卵の中から、じゅわっと熱々の和風出汁が溢れ出す。

『深海魚アンコウの、どぶ汁風鍋』。アンコウの肝を鍋で炒り味噌を溶かした、漁師町に伝わるという豪快な鍋料理だ。

濃厚で滋味深いその味わいは、日本酒との相性がまさに悪魔的だった。

『伝説の豚“オークキング”の、角煮』。

三日三晩じっくりと煮込まれた角煮は、箸で持つだけでほろりと崩れるほど柔らかい。

甘辛いタレが染み込んだとろとろの脂身。それを炊きたての白米の上に乗せて、かき込む。もう背徳感と幸福感で、頭がおかしくなりそうだった。

休暇の中日にはナナミちゃんと一緒に、最近ギルド周辺で話題になっていた新しいスイーツの店にも足を運んだ。

「佐倉さーん!見てくださいこのパフェ!『火山竜の怒りのマグマパフェ』ですって!名前がすごい!」

ナナミちゃんが興奮して指差す先には、ドライアイスの煙がもくもくと立ち上るとんでもない見た目のパフェがあった。真っ赤なベリーソースがチョコレートアイスの山肌を流れ落ち、まるで噴火する火山のようだ。

「すごいわね……。食べるのに少し勇気がいるわ」

「大丈夫ですよ!店員さん曰く、見た目は激しいですけど味はすごく美味しいって!」

私たちが注文したのはもちろんそのマグマパフェと、対照的に穏やかな見た目の『天空の城の雲海ティラミス』。

マグマパフェは見た目のインパクトに負けず、濃厚なチョコレートと甘酸っぱいベリーの組み合わせが絶妙だった。パチパチと口の中で弾けるキャンディーも入っていて、食感も楽しい。
一方のティラミスはふわふわのマスカルポーネクリームが、まるで雲のように軽い口当たり。ほろ苦いコーヒーの風味が大人の味わいだ。

「どっちも美味しいですねー!佐倉さん、また新しいお店開拓しちゃいましたね!」

「ええ本当に。この街にはまだまだ私の知らない美味しいものが、たくさん眠っているみたいね」

休暇も後半に差しかかった頃、私は少しだけ足を延ばしてみることにした。向かったのは以前から気になっていた、職人気質の親父さんが一人で切り盛りしているという小さな串焼き屋だ。

店の名前は『串焼き処 けむり屋』。その名の通り店内に足を踏み入れると、炭火で食材が焼ける香ばしい煙と匂いが、全身を包み込む。

「……いらっしゃい」

カウンターの向こうでいかにも頑固そうな、白髪頭の親父さんがぶっきらぼうに声をかけてきた。店内はカウンター席が数席あるのみ。メニューは壁に掛けられた木札に書かれているだけだ。

『ワイバーンハツ』『グリフォンせせり』『ロックリザード皮』……。
そこには〈モンス飯亭〉とはまた違った、より素材の味をダイレクトに楽しむためのシンプルな魔獣料理の名前が並んでいた。

(……いいお店じゃない)

私は直感的にそう感じた。

「とりあえずビールと……お任せで、串を五本ほど焼いていただけますか?」

「……あいよ」

親父さんはそれだけ言うと、黙々と串を焼き始めた。その真剣な眼差し、無駄のない動き。まさに職人そのものだ。

最初に運ばれてきたのは『ワイバーンのハツ串』。大ぶりのハツが絶妙な火加減で焼かれている。

一口食べるとプリッとした力強い弾力。そして噛むほどに、濃厚な旨みがじゅわっと溢れ出す。シンプルな塩だけの味付けが、素材の良さを最大限に引き立てている。

「……美味しい」

思わずそう呟くと親父さんが、ちらりとこちらを見て少しだけ口の端を上げたように見えた。

次に『グリフォンのせせり串』。首周りのよく動かす部位だというせせりは、引き締まった肉質と上品な脂のバランスが絶妙だ。

『ロックリザードの皮串』はパリパリに焼かれていて、まるで極上の鶏皮チップスのよう。コラーゲンもたっぷりで、明日のお肌が楽しみになる。

どの串も素材の持ち味を完璧に理解し、最高の状態で提供してくれる。この親父さん間違いなく、腕は超一流だ。

五本目の串を食べ終えた頃、親父さんがおもむろに口を開いた。

「……嬢ちゃん、なかなか舌が肥えてるじゃねえか。飲みっぷりも食いっぷりも、見てて気持ちがいい」

「いえ、そんな……。親父さんの腕が素晴らしいだけですよ」

「へっ、お世辞はいい。……気に入った。一本サービスしてやらぁ。ただしこいつは、ちいとばかし刺激が強いがね」

そう言って親父さんが焼き始めたのは、見るからに真っ赤な唐辛子がたっぷりとまぶされた串だった。

「こいつは裏メニューの『サラマンダーのハラミ串』。火を吹くほど辛えが、その向こうに本当の旨さがある。……食えるかい?」

親父さんの目が挑戦的に、キラリと光る。
その挑戦、元Sランク冒険者として受けないわけにはいかないだろう。

私はにやりと笑って、頷いた。

「望むところです」

熱々の串を一気に、口の中へと放り込む。
その瞬間、私の舌を灼熱の痛みが襲った。

「かっ……!?」

しかしその痛みの波が引いた後、遅れてやってきたのはサラマンダーのハラミが持つ、信じられないほど濃厚で甘美な、脂の旨みだった。
辛さと旨さ。その究極のコントラスト。

「……おい、しい……です……!」

私は涙目になりながらもその串を、しっかりと味わい尽くした。

「……ふん。たいしたもんだ」

親父さんは満足そうにそう言って、また静かに次の串の準備を始めた。
この無愛想な職人との間に、言葉はいらない確かな絆が生まれたような気がした。

休暇最終日。私は朝からそわそわと落ち着かなかった。なぜなら昨夜、一通のメッセージが私のスマホに届いていたからだ。
送り主は料理神官、ヴァルミナ様。

『レナ様。先日、素晴らしいご活躍をされたと伺いました。ささやかながらお祝いの席を設けさせていただきたく存じます。今宵、〈モンス飯亭〉にてお待ちしております』

ヴァルミナ様直々のお誘い。断る理由など、あろうはずもない。
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