【完結】元Sランク受付嬢の、路地裏ひとり酒とまかない飯

旅する書斎(☆ほしい)

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「最後に、レナさんにプレゼントがあります。……これからのあなたの、新しい『最強スタイル』の役に立つかもしれません」

そう言ってヴァルミナ様がカウンターの下から取り出したのは、美しい木目の小さな木箱だった。彫刻は施されていない、ごくシンプルな箱。けれど、その素材となっている木材からは、ほのかに清浄な魔力が感じられる。おそらく、世界樹か、それに類する神聖な木から作られたものだろう。

「プレゼント、ですか? 私、お祝いしていただいただけで、もう十分すぎるくらいなのに……」

恐縮する私に、ヴァルミナ様は穏やかに微笑み、木箱を開けるように促した。
おそるおそる蓋を開けてみる。すると、中には黒いビロードの布に包まれたいくつかの道具が、静かに収められていた。

まず目に飛び込んできたのは、一本のナイフ。刀身はミスリル銀だろうか、鈍い銀色の輝きを放っている。けれど、普通のナイフではない。その刀身には、古代のルーン文字のようなものがびっしりと刻まれていた。持つだけで、指先にぴりりとした魔力が伝わってくる。

「そのナイフは、あらゆる食材の魔力を最も良い形で断ち切るためのものです。繊維を壊さず、旨味を閉じ込める。普通の鉄の刃では、こうはいきません」

次に、小さなまな板。これも箱と同じ、世界樹の木から作られているようだ。木目が美しく、手に取ると驚くほど軽い。

「そのまな板は、上に乗せた食材の鮮度を保ち、浄化する力を持っています。そして、決して刃こぼれすることはありません」

さらに、手のひらサイズの丸い石のようなもの。表面は滑らかで、中央には魔石が埋め込まれている。

「それは、携帯用の魔導コンロです。あなたの魔力に反応して、自在に火力を調整できます。弱火でじっくり煮込むことも、強火で一気に焼き上げることも、思いのままに」

その他にも、自動で調味料を計量してくれるスプーンや、どんな液体も決してこぼれないという不思議な小瓶など、そこには持ち運び可能な最高級の調理器具一式が、完璧な形で収められていた。

「ヴァルミナ様……これは、一体……」

「あなたの力は、戦いのためだけにあるのではありません。その繊細な魔力制御は、最高の料理を生み出すこともできます。これからは、あなた自身が誰かのための『癒やしの泉』を作ることもできるのです。旅先で、あるいは、あなたの大切な人たちのために」

ヴァルミナ様の言葉が、私の胸にじんわりと染み込んでいく。

料理、か。
今まで食べる専門だった私が、作る側に。考えたこともなかった。
でも、この美しい調理器具たちを見ていると、そしてヴァルミナ様の期待に満ちた瞳を見ていると、なんだか新しい扉が開くような気がした。

「……ありがとうございます、ヴァルミナ様。大切に使わせていただきます」

私がそう言うと、彼女は心から嬉しそうに微笑んでくれた。

その夜、私はヴァルミナ様から贈られた宝物を抱えて、夢見心地で家路についた。

***

翌日から、私の一週間の特別休暇が始まった。

月光花の一件は、私の心身に思った以上の疲労を蓄積させていたらしい。初日は目覚ましもかけずに、昼過ぎまで泥のように眠った。

「ふぁ~……。よく寝た……」

カーテンを開けると、柔らかな太陽の光が部屋いっぱいに差し込んでくる。

(さて、何をしようかな……)

一週間の、完全な自由時間。何をしてもいい。
私はとりあえず、近所のパン屋へ向かった。焼きたてのクロワッサンの香りが、私を呼んでいたからだ。

サクサクのクロワッサンと、少し奮発して買った生ハムの切り落とし。そして、丁寧に淹れた一杯のコーヒー。
それが、私の休暇初日の遅いブランチになった。

誰にも急かされることなく、自分のペースで美味しいものを味わう。
(……ああ、幸せ……)

午後はソファの上で、録り溜めていた人気の料理バトル番組を見る。画面の中では、凄腕の料理人たちが派手な調理魔法を駆使して、信じられないような料理を作り上げていく。
『エーテル』のシェフも、こんな感じだったのだろうか。
なんてことを考えながら、いつの間にかうたた寝をしてしまっていた。

目が覚めると、窓の外はもう茜色に染まっていた。
「……お腹、すいたな……」
体が正直に欲求を訴えかけてくる。
私の、最高の癒やしとご褒美を。
もちろん、向かう先は一つしかない。

〈モンス飯亭〉の暖簾をくぐると、女将さんが待ってましたとばかりに、にやりと笑った。
「いらっしゃい、レナちゃん。休暇、満喫してるかい?」
「はい、おかげさまで。今日は一日中、家でゴロゴロしてました」
「そりゃあ、結構なことだ。さ、カウンターへどうぞ。今日はそんな怠け者のあんたのために、精力がつく、とっておきの丼ものを用意したよ」

女将さんに、怠け者なんて言われてしまった。でも、その言葉には親しみがこもっていて、なんだかくすぐったい。
カウンターに座り、まずはキンキンに冷えたビールで喉を潤す。
ああ、この一杯。この一杯のために、私は色々なことを頑張れるのかもしれない。

「はい、お待ちどうさま!」

威勢のいい声と共に、私の目の前に、ずどんと大きな丼が置かれた。
湯気と共に立ち上る、甘辛い魅惑的な香り。
丼の上には、てりってりに輝く大きな豚の角煮が、ごろごろとこれでもかというほど乗っている。そして、その中央には黄金色に輝く、とろとろの温泉卵。

「『伝説の豚“オークキング”の、じっくり煮込んだ角煮丼、温玉乗せ』だよ。この豚はね、普通のオークとはわけが違う。森の奥深くで、魔法のドングリだけを食べて育った、豚の王様さ。その肉の旨みと脂の甘みは、まさに王のそれにふさわしい」

女将さんの説明を聞いているだけで、私の口の中はもう洪水状態だ。

「……いただきますっ!」

私は感謝の祈りもそこそこに、箸を手に取った。
まずは、角煮を一切れ。
箸で、すっと切れる。いや、切れるというより、ほろりと崩れると言った方が正しい。
口に運ぶ。

「……んんっ!」

言葉を失った。
なんだ、この柔らかさは。噛む必要がない。舌と上顎で押しつぶすだけで、とろりと溶けて消えていく。
そして、その後を追いかけてくる、濃厚な脂の甘み。しつこさは全くない。ただ、どこまでも上品で甘美な旨みの塊。
甘辛いタレも完璧だ。醤油と砂糖と、隠し味の何か……。このタレが、肉の旨みを極限まで引き立てている。

次に、温泉卵をぷちゅっと潰す。
とろりと流れ出す、オレンジ色の黄身。
それを、角煮とタレが染み込んだ熱々のご飯にたっぷりと絡めて、一気にかき込む。

「……はぁ~~~~……」

もう、ダメだ。理性のタガが外れる。
私は無心で丼をかき込んだ。
角煮、ごはん、黄身、角煮、ごはん、タレ……。口の中が、幸せの無限ループ。
時々、添えられた辛子を少しだけつけて、味にアクセントを加える。このぴりっとした刺激が、また食欲をさらに加速させる。

あっという間に、丼は空っぽになった。
米粒一つ残っていない。
私は箸を置き、天を仰いだ。

「……女将さん……。私、オークキングになってもいい……」
「ははは、何を言ってるんだい、あんたは」
女将さんは大声で笑っている。
お腹も心も、完全に満たされた。
これこそが私の求める、最高の休暇だ。

「そういえば女将さん。私、休暇中にちょっと料理でもしてみようかと思ってるんです」
「へぇ、そりゃあ面白そうだね。何か、きっかけでもあったのかい?」

私はヴァルミナ様から贈られた調理器具のことを、女将さんに話した。
女将さんは興味深そうに私の話を聞いていたが、やがてにっこりと頷いた。

「なるほどねぇ。あの料理神官様も、あんたのことを見込んでるってわけだ。……いいじゃないか。やってみなよ」
「でも、私、食べるのは専門で、作ったことなんてほとんどなくて……」
「大丈夫だよ。料理ってのは、結局、愛情さ。誰かに美味しいものを食べさせたいって思う、その気持ちさえあれば、なんとかなるもんさ。それに、何か困ったことがあったら、いつでもこの私に聞きにおいで。秘伝のレシピ、ちょっとくらいなら教えてやってもいいからさ」

女将さんのその頼もしい言葉に、私の胸はじんわりと温かくなった。
食べる幸せ、そして、作る喜び。
私の休暇は、まだ始まったばかりだ。
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