【完結】元Sランク受付嬢の、路地裏ひとり酒とまかない飯

旅する書斎(☆ほしい)

文字の大きさ
69 / 80

69

しおりを挟む
休暇最終日。一週間の休みは本当にあっという間だった。名残惜しい気持ちを胸に、私は最後の一日をどう過ごそうかと考えた。

(……新しいお店、もう一軒くらい開拓してみたいな)

私の胃袋は、未知なる味を求めて常に冒険の準備ができている。
スマホで街のグルメ情報を検索する。
パンケーキ、イタリアン、ラーメン……。魅力的な店は数多くある。
その中で、私の目をひときわ強く引いた店があった。

『串焼き処 けむり屋』。
先日、頑固そうな親父さんと、熱い(辛い)絆を結んだ、あの店だ。
(……また、行ってみようかな)
あの無愛想な親父さんが焼く絶品の串焼き。そして、裏メニューのあの『サラマンダーのハラミ串』の衝撃的な辛さと旨さ。
思い出したら、また食べたくなってきた。

そうと決まれば話は早い。
夕暮れ時、私は再び『けむり屋』の煤けた暖簾をくぐった。

「……いらっしゃい」
カウンターの向こうで親父さんが、ちらりとこちらを見てぶっきらぼうにそう言った。その声には、ほんの少しだけ歓迎の色が滲んでいるように聞こえた。

「こんばんは、親父さん。また来ちゃいました」
「……ふん。まあ、座んな」
私はカウンターの端の席に腰を下ろす。
「とりあえずビールと……今日は、親父さんのおすすめを色々いただこうかな」
「……あいよ」

親父さんはそれだけ言うと、黙々と串を打ち、炭火の上に乗せていく。
その真剣な横顔を見ているだけで、なぜか心が落ち着く。

最初に運ばれてきたのは、三本の串。
『ミノタウロスのミノ串』、『コカトリスの砂肝串』、そして『ガーゴイルの軟骨串』。
どれもホルモン系の、食感が楽しい部位ばかりだ。
ミノは、ぐにぐにとした独特の歯ごたえ。噛むほどに旨みが滲み出てくる。
砂肝は、シャキシャキとした小気味よい食感。
そして軟骨は、コリコリとした軽快な歯触り。
どれも塩加減が絶妙だ。

「……美味しい……。食感の三重奏ですね、これ」
私の感想に、親父さんはふんと鼻を鳴らした。

次に出てきたのは野菜串。
『マンドラゴラの根っこの丸焼き』と、『世界樹の森の巨大アスパラ』。
マンドラゴラの根っこは、まるで上質なジャガイモのようにほくほくとしていて、甘い。
アスパラは、筋が一切なく瑞々しくてシャキシャキだ。

「野菜も、すごい……。素材の味が濃いですね」
「……当たりめえだ。俺の目にかなったもんでなけりゃあ、店には出さねえ」
親父さんの言葉には、職人としての絶対的な自信がみなぎっている。

その後も親父さんが繰り出す絶品の串焼きの数々に、私はただただ舌鼓を打った。
ビールが何杯、空になっただろうか。
すっかり良い気分になった頃、店の扉がカランと開いた。
入ってきたのは、学者のアランさんだった。

「やあ、こんばんは。……おや、君もこの店に?」
「アランさん! 奇遇ですね。このお店、ご存知だったんですか?」
「ああ。ここの親父さんが焼く串は絶品だと、ギルドの冒険者から聞いてね。一度来てみたかったんだ」

アランさんは私の隣の席に座ると、興味深そうに壁のメニューを眺めている。
「親父さん、俺にもおすすめを頼む」
「……あいよ」

どうやらアランさんも、私と同じお任せコースを頼むようだ。
私たちはカウンターで隣り合って、串を頬張り、ビールを飲む。
〈モンス飯亭〉とも、『月のしずく』とも違う。
この『けむり屋』の、煙たくて活気があって、少しだけ男臭い雰囲気。
これもまた、悪くない。

アランさんは最近の研究の成果について、楽しそうに話してくれた。
月光花の研究は王立アカデミーでも高く評価され、先日、正式に表彰されたらしい。

「これも全て、君があの時ヒントをくれたおかげだよ。本当に感謝している」
「いえいえ、私は何も……。アランさんの長年の研究の成果ですよ」
「謙遜するなよ。君は僕にとって、幸運の女神みたいなものだ」

そんな、少し気恥ずかしいようなセリフを、アランさんは照れもせずにさらりと言ってのける。
(……この人、天然なのかな……)
でも、その真っ直ぐさが彼の魅力なのかもしれない。

「お礼と言っては何だが……。今度、僕の研究室に遊びに来ないか? 古代の面白い遺物がたくさんあるんだ。君なら、きっと興味を持つと思う」
「研究室、ですか?」
「ああ。君の、その不思議な知識の源泉にも、少しだけ興味があってね」
アランさんの瞳が、探求者のそれになってキラリと光る。
「……楽しそうですね。ぜひ、お邪魔させてください」
私の答えに、アランさんは満足そうに頷いた。

そんな私たちの会話を、親父さんが黙って聞いていた。
そしておもむろに、二本の真っ赤な串を私たちの前に差し出した。

「……ほらよ。お祝いだ。サービスだ」

それは、あの『サラマンダーのハラミ串』だった。
アランさんは、その禍々しいほどの赤さを見て、少しだけ顔を引きつらせている。

「こ、これは……?」
「大丈夫ですよ、アランさん。火を吹くほど辛いですけど……その向こうに、天国が待ってますから」

私がにやりと笑うと、アランさんは意を決したように、ごくりと喉を鳴らした。
そして私たちは顔を見合わせ、同時にその灼熱の串を、口の中へと運んだ。
その夜、路地裏の小さな串焼き屋に、二人の奇妙な悲鳴と、そして幸福な笑い声が響き渡った。

休暇が終わる。
明日からまた、いつもの受付嬢としての日常が始まる。
でも、もう今の私は、以前の私とは少しだけ違う。
食べる幸せ、作る喜び、そして誰かと美味しいものを分かち合う楽しさ。
新しい「最強スタイル」を、たくさん見つけたから。
アランさんとの、新しい約束もできた。

『けむり屋』を出た後、アランさんがそう言って、小さな革の包みを私に差し出した。
「そうだ、これは君に渡そうと思っていたんだ」
「これは……?」
包みを開けてみる。
中に入っていたのは、古びた一枚の羊皮紙だった。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

#密売じゃありません!ミツバイギフトで最高に美味しい果物作ったら、領主令息が夫になった件について

国府知里
ファンタジー
「がんばっても報われなかったあなたに」“スローライフ成り上がりファンタジー”  人生に疲れ果てた北村めぐみは、目覚めると異世界の農村で少女グレイスとして転生していた。この世界では6歳で神から“ギフト”を授かるという。グレイスが得た謎の力「ミツバイ」は、果物を蜜のように甘くするという奇跡の力だった!村を、領地を、やがて王国までも変えていく果樹栽培の物語がいま始まる――。美味しさが未来を育てる、異世界農業×スローライフ・ファンタジー!

『今日も平和に暮らしたいだけなのに、スキルが増えていく主婦です』

チャチャ
ファンタジー
毎日ドタバタ、でもちょっと幸せな日々。 家事を終えて、趣味のゲームをしていた主婦・麻衣のスマホに、ある日突然「スキル習得」の謎メッセージが届く!? 主婦のスキル習得ライフ、今日ものんびり始まります。

無能だと追放された「雑用係」のハル、現代の知恵(ライフハック)を駆使したら、呪われた魔王城が聖域化して伝説の賢者と呼ばれ始めた

ユネ
ファンタジー
「君のような無能な掃除係は必要ない!」 勇者パーティーからゴミのように捨てられた雑用係のハル。だが彼女には、前世で培った【家事のプロとしてのライフハック】があった。 ​移り住んだのは、誰もが恐れる『呪われた魔王城』。しかしハルにとっては、ただの「掃除のしがいがある大型物件」に過ぎなかった! 重曹とクエン酸で呪いを浄化し、アルミホイルで魔物を除け、ジャガイモの皮で伝説の鏡を蘇らせる。 ​魔法より便利な知恵で、お城はいつの間にか世界一快適な聖域に。 一方、ハルを失った勇者たちは、汚部屋と化した拠点と自らの無知に絶望することになり――。 ​これは、一人の「掃除好き」が知恵と工夫だけで異世界に革命を起こし、最高のスローライフを手に入れるまでの物語。

異世界でのんびり暮らしてみることにしました

松石 愛弓
ファンタジー
アラサーの社畜OL 湊 瑠香(みなと るか)は、過労で倒れている時に、露店で買った怪しげな花に導かれ異世界に。忙しく辛かった過去を忘れ、異世界でのんびり楽しく暮らしてみることに。優しい人々や可愛い生物との出会い、不思議な植物、コメディ風に突っ込んだり突っ込まれたり。徐々にコメディ路線になっていく予定です。お話の展開など納得のいかないところがあるかもしれませんが、書くことが未熟者の作者ゆえ見逃していただけると助かります。他サイトにも投稿しています。 https://www.alphapolis.co.jp/novel/793391534/466596284/episode/5320962 https://www.alphapolis.co.jp/novel/793391534/387029553/episode/10775138 https://www.alphapolis.co.jp/novel/793391534/84576624/episode/5093144 https://www.alphapolis.co.jp/novel/793391534/786307039/episode/2285646

異世界召喚された俺の料理が美味すぎて魔王軍が侵略やめた件

さかーん
ファンタジー
魔王様、世界征服より晩ご飯ですよ! 食品メーカー勤務の平凡な社会人・橘陽人(たちばな はると)は、ある日突然異世界に召喚されてしまった。剣も魔法もない陽人が頼れるのは唯一の特技――料理の腕だけ。 侵略の真っ最中だった魔王ゼファーとその部下たちに、試しに料理を振る舞ったところ、まさかの大絶賛。 「なにこれ美味い!」「もう戦争どころじゃない!」 気づけば魔王軍は侵略作戦を完全放棄。陽人の料理に夢中になり、次々と餌付けされてしまった。 いつの間にか『魔王専属料理人』として雇われてしまった陽人は、料理の腕一本で人間世界と魔族の架け橋となってしまう――。 料理と異世界が織りなす、ほのぼのグルメ・ファンタジー開幕!

元王城お抱えスキル研究家の、モフモフ子育てスローライフ 〜スキル:沼?!『前代未聞なスキル持ち』の成長、見守り生活〜

野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ファンタジー
「エレンはね、スレイがたくさん褒めてくれるから、ここに居ていいんだって思えたの」 ***  魔法はないが、神から授かる特殊な力――スキルが存在する世界。  王城にはスキルのあらゆる可能性を模索し、スキル関係のトラブルを解消するための専門家・スキル研究家という職が存在していた。  しかしちょうど一年前、即位したばかりの国王の「そのようなもの、金がかかるばかりで意味がない」という鶴の一声で、職が消滅。  解雇されたスキル研究家のスレイ(26歳)は、ひょんな事から縁も所縁もない田舎の伯爵領に移住し、忙しく働いた王城時代の給金貯蓄でそれなりに広い庭付きの家を買い、元来からの拾い癖と大雑把な性格が相まって、拾ってきた動物たちを放し飼いにしての共同生活を送っている。  ひっそりと「スキルに関する相談を受け付けるための『スキル相談室』」を開業する傍ら、空いた時間は冒険者ギルドで、住民からの戦闘伴わない依頼――通称:非戦闘系依頼(畑仕事や牧場仕事の手伝い)を受け、スローな日々を謳歌していたスレイ。  しかしそんな穏やかな生活も、ある日拾い癖が高じてついに羊を連れた人間(小さな女の子)を拾った事で、少しずつ様変わりし始める。  スキル階級・底辺<ボトム>のありふれたスキル『召喚士』持ちの女の子・エレンと、彼女に召喚されたただの羊(か弱い非戦闘毛動物)メェ君。  何の変哲もない子たちだけど、実は「動物と会話ができる」という、スキル研究家のスレイでも初めて見る特殊な副効果持ちの少女と、『特性:沼』という、ヘンテコなステータス持ちの羊で……? 「今日は野菜の苗植えをします」 「おー!」 「めぇー!!」  友達を一千万人作る事が目標のエレンと、エレンの事が好きすぎるあまり、人前でもお構いなくつい『沼』の力を使ってしまうメェ君。  そんな一人と一匹を、スキル研究家としても保護者としても、スローライフを通して褒めて伸ばして導いていく。  子育て成長、お仕事ストーリー。  ここに爆誕!

【完結】没落令嬢、異世界で紅茶店を開くことにいたしました〜香りと静寂と癒しの一杯をあなたに〜

旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
夜会で父が失脚し、家は没落。屋敷の裏階段で滑り落ち、気づけば異世界――。 王国貴族だったアナスタシアが転移先で授かったのは、“極上調合”という紅茶とハーブのスキルだった。 戦う気はございませんの。復讐もざまぁも、疲れますわ。 彼女が選んだのは、湖畔の古びた小屋で静かにお茶を淹れること。 奇跡の一杯は病を癒やし、呪いを祓い、魔力を整える力を持つが、 彼女は誰にも媚びず、ただ静けさの中で湯気を楽しむのみ。 「お代は結構ですわ。……代わりに花と静寂を置いていってくださる?」 騎士も王女も英雄も訪れるが、彼女は気まぐれに一杯を淹れるだけ。 これは、香草と紅茶に囲まれた元令嬢の、優雅で自由な異世界スローライフ。

元侯爵令嬢の異世界薬膳料理~転生先はみんな食事に興味が無い世界だったので、美味しいご飯で人の身も心も癒します~

向原 行人
ファンタジー
 異世界へ転生して数日。十七歳の侯爵令嬢、アリスとして目覚めた私は、早くも限界を迎えていた。  というのも、この世界……みんな食事に興味が無くて、毎食パンとハムだけとか、ハムがチーズに変わるとか、せいぜいその程度だ。  料理というより、食材を並べているだけって感じがする。  元日本人の私としては温かいご飯がたべたいので、自分で食事を作るというと、「貴族が料理など下賤なことをするのは恥だ!」と、意味不明な怒られ方をした。  わかった……だったら、私は貴族を辞める!  家には兄が二人もいるし、姉だっているから問題無いでしょ。  宛てもなく屋敷を飛び出した私は、小さな村で更に酷い食事事情を目の当たりにする。  育ち盛りの子供たちや、身体を使う冒険者たちが、それだけしか食べないなんて……よし、美味しいご飯でみんなも私も幸せになろう!  医食同源! 大食いモフモフ聖獣に、胃袋を掴んでしまった騎士隊長と一緒に、異世界で美味しくて身体に良い食材探しだ! ※第○話:主人公視点  挿話○:タイトルに書かれたキャラの視点  となります。

処理中です...