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休暇最終日。一週間の休みは本当にあっという間だった。名残惜しい気持ちを胸に、私は最後の一日をどう過ごそうかと考えた。
(……新しいお店、もう一軒くらい開拓してみたいな)
私の胃袋は、未知なる味を求めて常に冒険の準備ができている。
スマホで街のグルメ情報を検索する。
パンケーキ、イタリアン、ラーメン……。魅力的な店は数多くある。
その中で、私の目をひときわ強く引いた店があった。
『串焼き処 けむり屋』。
先日、頑固そうな親父さんと、熱い(辛い)絆を結んだ、あの店だ。
(……また、行ってみようかな)
あの無愛想な親父さんが焼く絶品の串焼き。そして、裏メニューのあの『サラマンダーのハラミ串』の衝撃的な辛さと旨さ。
思い出したら、また食べたくなってきた。
そうと決まれば話は早い。
夕暮れ時、私は再び『けむり屋』の煤けた暖簾をくぐった。
「……いらっしゃい」
カウンターの向こうで親父さんが、ちらりとこちらを見てぶっきらぼうにそう言った。その声には、ほんの少しだけ歓迎の色が滲んでいるように聞こえた。
「こんばんは、親父さん。また来ちゃいました」
「……ふん。まあ、座んな」
私はカウンターの端の席に腰を下ろす。
「とりあえずビールと……今日は、親父さんのおすすめを色々いただこうかな」
「……あいよ」
親父さんはそれだけ言うと、黙々と串を打ち、炭火の上に乗せていく。
その真剣な横顔を見ているだけで、なぜか心が落ち着く。
最初に運ばれてきたのは、三本の串。
『ミノタウロスのミノ串』、『コカトリスの砂肝串』、そして『ガーゴイルの軟骨串』。
どれもホルモン系の、食感が楽しい部位ばかりだ。
ミノは、ぐにぐにとした独特の歯ごたえ。噛むほどに旨みが滲み出てくる。
砂肝は、シャキシャキとした小気味よい食感。
そして軟骨は、コリコリとした軽快な歯触り。
どれも塩加減が絶妙だ。
「……美味しい……。食感の三重奏ですね、これ」
私の感想に、親父さんはふんと鼻を鳴らした。
次に出てきたのは野菜串。
『マンドラゴラの根っこの丸焼き』と、『世界樹の森の巨大アスパラ』。
マンドラゴラの根っこは、まるで上質なジャガイモのようにほくほくとしていて、甘い。
アスパラは、筋が一切なく瑞々しくてシャキシャキだ。
「野菜も、すごい……。素材の味が濃いですね」
「……当たりめえだ。俺の目にかなったもんでなけりゃあ、店には出さねえ」
親父さんの言葉には、職人としての絶対的な自信がみなぎっている。
その後も親父さんが繰り出す絶品の串焼きの数々に、私はただただ舌鼓を打った。
ビールが何杯、空になっただろうか。
すっかり良い気分になった頃、店の扉がカランと開いた。
入ってきたのは、学者のアランさんだった。
「やあ、こんばんは。……おや、君もこの店に?」
「アランさん! 奇遇ですね。このお店、ご存知だったんですか?」
「ああ。ここの親父さんが焼く串は絶品だと、ギルドの冒険者から聞いてね。一度来てみたかったんだ」
アランさんは私の隣の席に座ると、興味深そうに壁のメニューを眺めている。
「親父さん、俺にもおすすめを頼む」
「……あいよ」
どうやらアランさんも、私と同じお任せコースを頼むようだ。
私たちはカウンターで隣り合って、串を頬張り、ビールを飲む。
〈モンス飯亭〉とも、『月のしずく』とも違う。
この『けむり屋』の、煙たくて活気があって、少しだけ男臭い雰囲気。
これもまた、悪くない。
アランさんは最近の研究の成果について、楽しそうに話してくれた。
月光花の研究は王立アカデミーでも高く評価され、先日、正式に表彰されたらしい。
「これも全て、君があの時ヒントをくれたおかげだよ。本当に感謝している」
「いえいえ、私は何も……。アランさんの長年の研究の成果ですよ」
「謙遜するなよ。君は僕にとって、幸運の女神みたいなものだ」
そんな、少し気恥ずかしいようなセリフを、アランさんは照れもせずにさらりと言ってのける。
(……この人、天然なのかな……)
でも、その真っ直ぐさが彼の魅力なのかもしれない。
「お礼と言っては何だが……。今度、僕の研究室に遊びに来ないか? 古代の面白い遺物がたくさんあるんだ。君なら、きっと興味を持つと思う」
「研究室、ですか?」
「ああ。君の、その不思議な知識の源泉にも、少しだけ興味があってね」
アランさんの瞳が、探求者のそれになってキラリと光る。
「……楽しそうですね。ぜひ、お邪魔させてください」
私の答えに、アランさんは満足そうに頷いた。
そんな私たちの会話を、親父さんが黙って聞いていた。
そしておもむろに、二本の真っ赤な串を私たちの前に差し出した。
「……ほらよ。お祝いだ。サービスだ」
それは、あの『サラマンダーのハラミ串』だった。
アランさんは、その禍々しいほどの赤さを見て、少しだけ顔を引きつらせている。
「こ、これは……?」
「大丈夫ですよ、アランさん。火を吹くほど辛いですけど……その向こうに、天国が待ってますから」
私がにやりと笑うと、アランさんは意を決したように、ごくりと喉を鳴らした。
そして私たちは顔を見合わせ、同時にその灼熱の串を、口の中へと運んだ。
その夜、路地裏の小さな串焼き屋に、二人の奇妙な悲鳴と、そして幸福な笑い声が響き渡った。
休暇が終わる。
明日からまた、いつもの受付嬢としての日常が始まる。
でも、もう今の私は、以前の私とは少しだけ違う。
食べる幸せ、作る喜び、そして誰かと美味しいものを分かち合う楽しさ。
新しい「最強スタイル」を、たくさん見つけたから。
アランさんとの、新しい約束もできた。
『けむり屋』を出た後、アランさんがそう言って、小さな革の包みを私に差し出した。
「そうだ、これは君に渡そうと思っていたんだ」
「これは……?」
包みを開けてみる。
中に入っていたのは、古びた一枚の羊皮紙だった。
(……新しいお店、もう一軒くらい開拓してみたいな)
私の胃袋は、未知なる味を求めて常に冒険の準備ができている。
スマホで街のグルメ情報を検索する。
パンケーキ、イタリアン、ラーメン……。魅力的な店は数多くある。
その中で、私の目をひときわ強く引いた店があった。
『串焼き処 けむり屋』。
先日、頑固そうな親父さんと、熱い(辛い)絆を結んだ、あの店だ。
(……また、行ってみようかな)
あの無愛想な親父さんが焼く絶品の串焼き。そして、裏メニューのあの『サラマンダーのハラミ串』の衝撃的な辛さと旨さ。
思い出したら、また食べたくなってきた。
そうと決まれば話は早い。
夕暮れ時、私は再び『けむり屋』の煤けた暖簾をくぐった。
「……いらっしゃい」
カウンターの向こうで親父さんが、ちらりとこちらを見てぶっきらぼうにそう言った。その声には、ほんの少しだけ歓迎の色が滲んでいるように聞こえた。
「こんばんは、親父さん。また来ちゃいました」
「……ふん。まあ、座んな」
私はカウンターの端の席に腰を下ろす。
「とりあえずビールと……今日は、親父さんのおすすめを色々いただこうかな」
「……あいよ」
親父さんはそれだけ言うと、黙々と串を打ち、炭火の上に乗せていく。
その真剣な横顔を見ているだけで、なぜか心が落ち着く。
最初に運ばれてきたのは、三本の串。
『ミノタウロスのミノ串』、『コカトリスの砂肝串』、そして『ガーゴイルの軟骨串』。
どれもホルモン系の、食感が楽しい部位ばかりだ。
ミノは、ぐにぐにとした独特の歯ごたえ。噛むほどに旨みが滲み出てくる。
砂肝は、シャキシャキとした小気味よい食感。
そして軟骨は、コリコリとした軽快な歯触り。
どれも塩加減が絶妙だ。
「……美味しい……。食感の三重奏ですね、これ」
私の感想に、親父さんはふんと鼻を鳴らした。
次に出てきたのは野菜串。
『マンドラゴラの根っこの丸焼き』と、『世界樹の森の巨大アスパラ』。
マンドラゴラの根っこは、まるで上質なジャガイモのようにほくほくとしていて、甘い。
アスパラは、筋が一切なく瑞々しくてシャキシャキだ。
「野菜も、すごい……。素材の味が濃いですね」
「……当たりめえだ。俺の目にかなったもんでなけりゃあ、店には出さねえ」
親父さんの言葉には、職人としての絶対的な自信がみなぎっている。
その後も親父さんが繰り出す絶品の串焼きの数々に、私はただただ舌鼓を打った。
ビールが何杯、空になっただろうか。
すっかり良い気分になった頃、店の扉がカランと開いた。
入ってきたのは、学者のアランさんだった。
「やあ、こんばんは。……おや、君もこの店に?」
「アランさん! 奇遇ですね。このお店、ご存知だったんですか?」
「ああ。ここの親父さんが焼く串は絶品だと、ギルドの冒険者から聞いてね。一度来てみたかったんだ」
アランさんは私の隣の席に座ると、興味深そうに壁のメニューを眺めている。
「親父さん、俺にもおすすめを頼む」
「……あいよ」
どうやらアランさんも、私と同じお任せコースを頼むようだ。
私たちはカウンターで隣り合って、串を頬張り、ビールを飲む。
〈モンス飯亭〉とも、『月のしずく』とも違う。
この『けむり屋』の、煙たくて活気があって、少しだけ男臭い雰囲気。
これもまた、悪くない。
アランさんは最近の研究の成果について、楽しそうに話してくれた。
月光花の研究は王立アカデミーでも高く評価され、先日、正式に表彰されたらしい。
「これも全て、君があの時ヒントをくれたおかげだよ。本当に感謝している」
「いえいえ、私は何も……。アランさんの長年の研究の成果ですよ」
「謙遜するなよ。君は僕にとって、幸運の女神みたいなものだ」
そんな、少し気恥ずかしいようなセリフを、アランさんは照れもせずにさらりと言ってのける。
(……この人、天然なのかな……)
でも、その真っ直ぐさが彼の魅力なのかもしれない。
「お礼と言っては何だが……。今度、僕の研究室に遊びに来ないか? 古代の面白い遺物がたくさんあるんだ。君なら、きっと興味を持つと思う」
「研究室、ですか?」
「ああ。君の、その不思議な知識の源泉にも、少しだけ興味があってね」
アランさんの瞳が、探求者のそれになってキラリと光る。
「……楽しそうですね。ぜひ、お邪魔させてください」
私の答えに、アランさんは満足そうに頷いた。
そんな私たちの会話を、親父さんが黙って聞いていた。
そしておもむろに、二本の真っ赤な串を私たちの前に差し出した。
「……ほらよ。お祝いだ。サービスだ」
それは、あの『サラマンダーのハラミ串』だった。
アランさんは、その禍々しいほどの赤さを見て、少しだけ顔を引きつらせている。
「こ、これは……?」
「大丈夫ですよ、アランさん。火を吹くほど辛いですけど……その向こうに、天国が待ってますから」
私がにやりと笑うと、アランさんは意を決したように、ごくりと喉を鳴らした。
そして私たちは顔を見合わせ、同時にその灼熱の串を、口の中へと運んだ。
その夜、路地裏の小さな串焼き屋に、二人の奇妙な悲鳴と、そして幸福な笑い声が響き渡った。
休暇が終わる。
明日からまた、いつもの受付嬢としての日常が始まる。
でも、もう今の私は、以前の私とは少しだけ違う。
食べる幸せ、作る喜び、そして誰かと美味しいものを分かち合う楽しさ。
新しい「最強スタイル」を、たくさん見つけたから。
アランさんとの、新しい約束もできた。
『けむり屋』を出た後、アランさんがそう言って、小さな革の包みを私に差し出した。
「そうだ、これは君に渡そうと思っていたんだ」
「これは……?」
包みを開けてみる。
中に入っていたのは、古びた一枚の羊皮紙だった。
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