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そんな聞き込みを続けていたある日、良太が少し興奮した様子で私の元へ駆け寄ってきた。
「おし乃さん。思いつきました。親方様の『宝寄せ』のこと、俺、わかったかもしれません」
「まあ、本当かい」
「はい。でも、そのためには、どうしても皆さんの力が必要なんです」
良太の顔は輝いていた。その瞳の輝きに、私も確かな手応えを感じていた。
その夜、良太の呼びかけで、やわらぎ亭にいつもの常連たちが顔を揃えた。指物師の源五郎さん親子、八百屋の忠吉さん、火消しの弥之助、そして金さんも興味深そうに腕を組んで座っている。
店の真ん中には大きな白木の板。その上には良太がこの数日間で常連たちから聞き集めた父の言葉が、拙いながらも力強い文字で書き出されていた。
「食材同士を結びつけるのが料理人の仕事」
「どんな命も無駄にはしない」
「人と人の縁を結んでこそ、本当に美味いものができる」
「皆さん。俺、ずっと考えていました。親方様が完成できなかったという『宝寄せ』が、一体どんな料理だったのかを」
良太は少し緊張した面持ちで、しかしはっきりとした口調で語り始めた。
「俺、思うんです。親方様が目指していたのは、ただ豪華な食材を寄せ集めた料理じゃなかったんじゃないかって」
皆、ごくりと喉を鳴らし良太の次の言葉を待つ。
「親方様が本当に作りたかったのは、この深川の町そのもの。いや、ここに生きる俺たち一人一人の『心』を寄せ集めたような、そんな一皿だったんじゃないかって思うんです」
その大胆な発想に、しかし不思議な説得力があった。
「源五郎さんの、木と木を組み合わせる指物の技のように、それぞれの食材の持ち味を殺さず、見事に引き立て合う。忠吉さんの、どんな野菜も慈しむ心のように、どんな命も無駄にしない。そして弥之助さんの、人と人との繋がりを何よりも大切にする心のように、食べる人の縁を結び、幸せを願う。それこそが親方様の目指した『宝寄せ』の本当の姿なんじゃないでしょうか」
良太の熱のこもった言葉に、店の誰もが息をのんだ。私もまた、強い衝撃を受けていた。そうだったのか。私は料理帳の文字だけを追い、食材の組み合わせや調理法といった目に見えるものに囚われていた。父が本当に寄せ集めたかったのは、食材ではなく人の「心」だったのだ。
「良太。お前さん、たいしたもんだ」
腕を組んで聞いていた金さんが、ほう、と感心したように息を漏らした。
「親父殿の心を、そこまで深く読み解くとは。おし乃さん、あなたは素晴らしい弟子を持たれましたな」
「はい」
私は涙で潤む目で、力強く頷いた。目の前に立つ良太の姿が、今は亡き父の頼もしい背中と重なった。
「ですが、おし乃さん」
良太は再び私に向き直った。
「その『宝寄せ』を完成させるには、俺たちだけの力では足りません。どうか、皆さんのお力を、貸していただけないでしょうか」
良太の必死の頼みに、常連たちは顔を見合わせ、そしてどちらからともなくにやりと笑った。
「おう、面白えじゃねえか」
弥之助が威勢よく拳を突き上げる。
「俺たちにできることがあるなら、何でも言ってくれや」
「そうだそうだ。この深川の人情、見せてやろうじゃねえか」
忠吉さんも源五郎さんも力強く胸を叩く。
その温かい言葉に、良太の目から涙がこぼれた。こうして父が遺した未完の料理「宝寄せ」を完成させるため、やわらぎ亭と深川の町の人々との一大計画が始まった。
翌日から、やわらぎ亭は活気に満ち溢れていた。まずは料理の器となる特別な食材探しからだ。
「おし乃さん、良太。とびきり上等なやつ、見つけてきたぜ」
八百屋の忠吉さんが息を切らせて店に運び込んできたのは、赤子ほどの大きさもある見事な聖護院かぶだった。その白く、きめ細やかな肌。
「これなら親方様が言っていた『どんな命も無駄にしない』という心を表せるはずだ。このかぶを丸ごと器にして、その中身も全て、美味しく味わい尽くすのさ」
次に指物師の源五郎さん親子が炊き場にやってきた。
「おし乃さん。このかぶをくり抜くのは、わしらに任せてもらおうか」
源五郎さんは長年使い込んだ年季の入った鑿を手に、にやりと笑う。
その手つきは見事なものだった。硬いかぶが、するするとくり抜かれていく。あっという間に見事な蓋付きのかぶの器が出来上がった。
「ほう、さすがは江戸一番の指物師だ」
その仕事ぶりに、誰もが感嘆の声を上げた。
そしていよいよ、その器の中に詰める「宝」の準備だ。海からは活きの良い車海老と帆立。山からは秋の香りを運ぶ松茸に、ほっくりとした栗、翡翠色の銀杏。畑からは彩りを添える人参や絹さや。
私と良otaは、それらの食材一つ一つの持ち味が最大限に生きるよう、丁寧に心を込めて下ごしらえをする。蒸すもの、焼くもの、煮るもの。それぞれの食材が最高の状態で互いを引き立て合えるように。
それらの宝を結びつけるのは、やわらぎ亭自慢の一番出汁でといた吉野葛の餡だ。この餡が全ての味を優しくまとめ上げ、一つの調和を生み出す。
全ての準備が整った。かぶの器に色とりどりの宝が詰められていく。最後に葛餡をそっと回しかけ、かぶの蓋をきっちりと閉める。それは源五郎さんの指物のように、寸分の狂いもない仕事だった。
「さあ、良太。これを、蒸し上げるわよ」
「はい」
大きな蒸篭から湯気がもうもうと立ち上る。その中に宝の詰まったかぶの器が静かに納められた。あとは火の力と時に全てを委ねるだけだ。
その夜、やわらぎ亭には計画に協力してくれた常連たちが固唾をのんで集まっていた。誰もが今か今かと、父と私たちの「宝寄せ」の完成を待ちわびている。
やがて蒸篭から、ふわりと豊かで気品のある香りが立ち上ってきた。機は熟した。私は深呼吸を一つして、蒸篭の蓋にそっと手をかけた。
「さあ、皆さん。お待たせいたしました」
蓋を開けた瞬間、店の中に歓声が上がった。湯気の中から現れたのは、透き通るように美しく蒸しあがった聖護院かぶの器。その蓋を良太が震える手でそっと開ける。
その瞬間、誰もが息をのんだ。かぶの器の中には色とりどりの山海の幸がきらきらと輝いていた。そして、それら全てを包む黄金色の餡が湯気と共に輝きを放っている。
「これが、親父殿の」
金さんが感嘆の声を漏らした。私はその「宝寄せ」を一人一人に丁寧に取り分けていく。
「さあ、どうぞ。私たちの、心の味を」
誰もが厳かな気持ちでその一皿に向き合った。そして一口を口に運んだ瞬間、店のあちこちから言葉にならないため息が漏れた。
「うまい」
「なんだ、こりゃあ」
「温かい」
それぞれの食材の味がしっかりと生きている。それでいてその全てが、一つの完璧な調和を生み出している。そして何よりも、その味の奥には作り手、いやこの場にいる全ての人の温かい心が溶け込んでいる。
父が生涯をかけても完成できなかった幻の料理。それは最高の食材や最高の腕だけでは決して作り上げられないものだった。人と人との縁、そして互いを思いやる温かい心が結びついて初めて、この「宝寄せ」は真の完成を見る。父はきっとそのことを私たちに伝えたかったのだろう。
私は涙で潤む目で、店の壁に飾られた父の古い包丁をそっと見上げた。父の満足そうな、優しい笑顔が見えた気がした。
「おし乃さん。思いつきました。親方様の『宝寄せ』のこと、俺、わかったかもしれません」
「まあ、本当かい」
「はい。でも、そのためには、どうしても皆さんの力が必要なんです」
良太の顔は輝いていた。その瞳の輝きに、私も確かな手応えを感じていた。
その夜、良太の呼びかけで、やわらぎ亭にいつもの常連たちが顔を揃えた。指物師の源五郎さん親子、八百屋の忠吉さん、火消しの弥之助、そして金さんも興味深そうに腕を組んで座っている。
店の真ん中には大きな白木の板。その上には良太がこの数日間で常連たちから聞き集めた父の言葉が、拙いながらも力強い文字で書き出されていた。
「食材同士を結びつけるのが料理人の仕事」
「どんな命も無駄にはしない」
「人と人の縁を結んでこそ、本当に美味いものができる」
「皆さん。俺、ずっと考えていました。親方様が完成できなかったという『宝寄せ』が、一体どんな料理だったのかを」
良太は少し緊張した面持ちで、しかしはっきりとした口調で語り始めた。
「俺、思うんです。親方様が目指していたのは、ただ豪華な食材を寄せ集めた料理じゃなかったんじゃないかって」
皆、ごくりと喉を鳴らし良太の次の言葉を待つ。
「親方様が本当に作りたかったのは、この深川の町そのもの。いや、ここに生きる俺たち一人一人の『心』を寄せ集めたような、そんな一皿だったんじゃないかって思うんです」
その大胆な発想に、しかし不思議な説得力があった。
「源五郎さんの、木と木を組み合わせる指物の技のように、それぞれの食材の持ち味を殺さず、見事に引き立て合う。忠吉さんの、どんな野菜も慈しむ心のように、どんな命も無駄にしない。そして弥之助さんの、人と人との繋がりを何よりも大切にする心のように、食べる人の縁を結び、幸せを願う。それこそが親方様の目指した『宝寄せ』の本当の姿なんじゃないでしょうか」
良太の熱のこもった言葉に、店の誰もが息をのんだ。私もまた、強い衝撃を受けていた。そうだったのか。私は料理帳の文字だけを追い、食材の組み合わせや調理法といった目に見えるものに囚われていた。父が本当に寄せ集めたかったのは、食材ではなく人の「心」だったのだ。
「良太。お前さん、たいしたもんだ」
腕を組んで聞いていた金さんが、ほう、と感心したように息を漏らした。
「親父殿の心を、そこまで深く読み解くとは。おし乃さん、あなたは素晴らしい弟子を持たれましたな」
「はい」
私は涙で潤む目で、力強く頷いた。目の前に立つ良太の姿が、今は亡き父の頼もしい背中と重なった。
「ですが、おし乃さん」
良太は再び私に向き直った。
「その『宝寄せ』を完成させるには、俺たちだけの力では足りません。どうか、皆さんのお力を、貸していただけないでしょうか」
良太の必死の頼みに、常連たちは顔を見合わせ、そしてどちらからともなくにやりと笑った。
「おう、面白えじゃねえか」
弥之助が威勢よく拳を突き上げる。
「俺たちにできることがあるなら、何でも言ってくれや」
「そうだそうだ。この深川の人情、見せてやろうじゃねえか」
忠吉さんも源五郎さんも力強く胸を叩く。
その温かい言葉に、良太の目から涙がこぼれた。こうして父が遺した未完の料理「宝寄せ」を完成させるため、やわらぎ亭と深川の町の人々との一大計画が始まった。
翌日から、やわらぎ亭は活気に満ち溢れていた。まずは料理の器となる特別な食材探しからだ。
「おし乃さん、良太。とびきり上等なやつ、見つけてきたぜ」
八百屋の忠吉さんが息を切らせて店に運び込んできたのは、赤子ほどの大きさもある見事な聖護院かぶだった。その白く、きめ細やかな肌。
「これなら親方様が言っていた『どんな命も無駄にしない』という心を表せるはずだ。このかぶを丸ごと器にして、その中身も全て、美味しく味わい尽くすのさ」
次に指物師の源五郎さん親子が炊き場にやってきた。
「おし乃さん。このかぶをくり抜くのは、わしらに任せてもらおうか」
源五郎さんは長年使い込んだ年季の入った鑿を手に、にやりと笑う。
その手つきは見事なものだった。硬いかぶが、するするとくり抜かれていく。あっという間に見事な蓋付きのかぶの器が出来上がった。
「ほう、さすがは江戸一番の指物師だ」
その仕事ぶりに、誰もが感嘆の声を上げた。
そしていよいよ、その器の中に詰める「宝」の準備だ。海からは活きの良い車海老と帆立。山からは秋の香りを運ぶ松茸に、ほっくりとした栗、翡翠色の銀杏。畑からは彩りを添える人参や絹さや。
私と良otaは、それらの食材一つ一つの持ち味が最大限に生きるよう、丁寧に心を込めて下ごしらえをする。蒸すもの、焼くもの、煮るもの。それぞれの食材が最高の状態で互いを引き立て合えるように。
それらの宝を結びつけるのは、やわらぎ亭自慢の一番出汁でといた吉野葛の餡だ。この餡が全ての味を優しくまとめ上げ、一つの調和を生み出す。
全ての準備が整った。かぶの器に色とりどりの宝が詰められていく。最後に葛餡をそっと回しかけ、かぶの蓋をきっちりと閉める。それは源五郎さんの指物のように、寸分の狂いもない仕事だった。
「さあ、良太。これを、蒸し上げるわよ」
「はい」
大きな蒸篭から湯気がもうもうと立ち上る。その中に宝の詰まったかぶの器が静かに納められた。あとは火の力と時に全てを委ねるだけだ。
その夜、やわらぎ亭には計画に協力してくれた常連たちが固唾をのんで集まっていた。誰もが今か今かと、父と私たちの「宝寄せ」の完成を待ちわびている。
やがて蒸篭から、ふわりと豊かで気品のある香りが立ち上ってきた。機は熟した。私は深呼吸を一つして、蒸篭の蓋にそっと手をかけた。
「さあ、皆さん。お待たせいたしました」
蓋を開けた瞬間、店の中に歓声が上がった。湯気の中から現れたのは、透き通るように美しく蒸しあがった聖護院かぶの器。その蓋を良太が震える手でそっと開ける。
その瞬間、誰もが息をのんだ。かぶの器の中には色とりどりの山海の幸がきらきらと輝いていた。そして、それら全てを包む黄金色の餡が湯気と共に輝きを放っている。
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「うまい」
「なんだ、こりゃあ」
「温かい」
それぞれの食材の味がしっかりと生きている。それでいてその全てが、一つの完璧な調和を生み出している。そして何よりも、その味の奥には作り手、いやこの場にいる全ての人の温かい心が溶け込んでいる。
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