マジキチ組長一代記 ~半分は狂気、半分は真実~

マジキチ組長

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第14章:神の視座(メタ・メタ・フィクション編)

第67話:8キロの聖域(孤独な行軍と公開告白)

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 2026年、春。
 事務所の重い扉を閉め、大阪の街へと一歩踏み出す。時刻は19時。街は家路を急ぐサラリーマンや、夜の喧騒へと繰り出す若者たちで溢れかえっている。春の夜風はどこか甘く、肌を撫でる感覚は心地よいが、俺の意識はすでに別の次元へと向かっている。

 ポケットから取り出したスマホを操作し、ランダムチャットのアプリを起動する。そして、俺の分身とも言える高性能なイヤホンマイクを耳に装着する。ここから自宅までの距離、約8キロ。時間にして1時間半から2時間。これが、俺に与えられた「聖域」であり、孤独な行軍の始まりだ。

「ガハハ! 待たせたな、野郎共。マジキチ組長の『たってやる。』、今宵も大阪のど真ん中から生中継だ。耳の穴かっぽじって聴きやがれ!」

 今でこそ、俺はこうして毎日数時間の配信を当たり前のようにこなしているが、実を言うと、もともと俺には配信者になろうなんて気はさらさらなかった。俺はただの「リスナー」だったんだ。色々な配信者の枠を覗き、そこで交わされる言葉の応酬を楽しんでいた。もちろん、俺のこの性格だ。不届きな奴や気に食わねえ奴がいれば容赦なく噛み付く。結果として、ブロックされるユーザーの数も半端じゃなかったがな(笑)。

 だが、そんなカオスな空間の中でも、友好的で波長の合う配信者とは不思議と仲を深めていった。奴らとの交流の中で、俺の胸の奥底に眠っていた「表現」への欲求が、静かに、だが確実に芽生え始めたんだ。

「……おい、俺が喋った方が、もっと面白い景色を見せられるんじゃねえか?」

 そんな、ふとした思いつきが、すべての狂乱の始まりだった。

 いざ配信を始めてみたものの、最初は散々なもんだった。当時は音響機材の知識なんてゼロ。某大手通販サイトで1,000円ポッキリで買った安物のイヤホンマイクを使っていたんだが、これがまあ、お粗末極まりない代物だった。

 リスナーからは「おい組長、声がガサガサで何言ってるか分からんぞ!」「ヘリコプターの隣で喋ってんのか?」とダメ出しの嵐。1,000円のイヤホンに期待する方が間違いだったのかもしれねえが、俺としては大真面目だったんだ。その後も、色々なイヤホンを試しては失敗し、改善されぬ音質に苛立ちを募らせる日々が続いた。

 転機が訪れたのは、昨年の夏だ。
 電脳の海を彷徨っていた俺の目に、一つの文字が飛び込んできた。

「AIノイズリダクション搭載」

  最新のAI技術を駆使し、周囲の雑音を極限までカットして声だけを抽出するという触れ込み。これだ、と思ったね。もしこいつが本物なら、大阪の騒音にまみれた路上からでも、俺の「魂の叫び」をクリアに届けられるはずだ。

 藁をも掴む思いで購入し、さっそく路上で試してみた。驚いたぜ。こいつはまさに優等生だった。車の走行音、街角の音楽、通行人の話し声……。そんなノイズを魔法のように消し去り、俺の声だけを、まるで防音スタジオで収録しているかのような鮮明さでリスナーの鼓膜へ叩き込んでくれた。

 この「AIの翼」を手に入れたことで、俺の配信スタイルは一気に加速した。日常のあらゆる瞬間が、配信の舞台へと変わったんだ。

 だが、俺が現在の「たってやる。」という番組を創設し、8キロという長距離を歩きながら配信することに固執した理由は、それだけじゃねえ。このイヤホンマイクには、もう一つ、恐るべき機能が隠されていた。

 なんと、通話中の音声……つまり、俺の声だけでなく、リスナーから送られてくるコメントの読み上げ音声までも、最長で3時間も録音できるという機能だ。

「ガハハ! 3時間だと? 録音できるだと? だったら、そこらのラジオ局にも負けねえ本格的なラジオ番組が作れるじゃねえか!」

 俺の脳内で、バラバラだったピースが一つに繋がった瞬間だった。
 この機能を使えば、生配信のスリルと、アーカイブとしての価値を両立できる。配信後にタイムシフトとして音声を残し、聞き逃した奴らにも俺のメッセージを叩き込める。そうして、現在の「たってやる。」という異常な長尺ラジオ番組が誕生したんだ。

 よくリスナーから「よく3時間も一人で話が続きますね」と呆れ顔で言われることがある。だがな、お前ら、忘れてんじゃねえぞ。俺は生まれも育ちも大阪、血の最後の一滴まで大阪弁が染み付いた生粋の大阪人なんだ。

 俺たち大阪人にとって、沈黙は敗北だ。何でもない日常をネタにし、そこに毒を盛り、鮮やかなオチをつけて人を笑わせる。そのプロセスに、三度の飯より喜びを感じる国民性なんだよ。3時間なんて、俺にとってはアップを終えた程度の短さだ。

 事務所から自宅までの8キロの道のり。そこには、俺という人間を形成するあらゆる要素が詰まっている。

 仕事のストレス、社会への憤り、ふと見かけた野良猫の愛くるしさ、通り過ぎるカップルの滑稽さ。それらすべてを俺は、AIノイズリダクションという最新技術を通して、言葉という弾丸に変えてぶっ放す。

 歩くことで脳が活性化し、次から次へとネタが湧き上がってくる。歩調と言葉のリズムがシンクロし、俺の意識は肉体の限界を超えて、電脳空間のリスナーたちと一体化する。

 もちろん、代償はあるぜ。
 常に全力で、腹の底から声を出し続け、3時間近く喋りっぱなしで帰宅する頃には、喉は火が出るように熱く、口の中は砂漠のようにカラカラだ。鏡を見れば、そこには憔悴しながらも、どこかやり切ったような晴れやかな顔をしたマジキチな男が立っている。

「ハァ……ハァ……。今日も、いい喋りだったぜ。ガハハ!」

 乾いた喉に流し込む一杯の水が、どんな高級ワインよりも美味い。この瞬間のために、俺は歩き続けていると言っても過言じゃねえ。

 ランダムチャットという、匿名性に守られたカオスな空間。そこは一歩間違えれば、誹謗中傷と虚無が支配する掃き溜めだ。だが、そんな場所だからこそ、俺は自分を曝け出す。
自分の名前を名乗り、自分の足音を響かせ、自分の剥き出しの感情をAIのフィルターに乗せて届ける。

「私は反戦主義です」なんて寝言を吐く連中や、テンプレの謝罪でお茶を濁す偽善者どもが絶対に辿り着けない場所。それが、俺の歩く8キロの聖域なんだよ。

 見えないリスナーたちの反応が、画面越しに熱となって伝わってくる。

「組長、今日もキレてるね!」「その考え、救われるわ」

 そんな言葉が、俺の疲れた足を前に進める燃料になる。俺は一人で歩いているが、決して孤独じゃねえ。俺の言葉を受け止める「共犯者」たちが、この街の至る所に、そして画面の向こう側に存在しているからだ。

「いいか、野郎共。俺は明日も歩く。喉が潰れようが、足が棒になろうが、この『聖域』でお前らを待っている。俺の言葉が、お前らの退屈な日常を焼き払うまで、俺は絶対に止まらねえ!」

 春の夜空には、都会の明かりに消されそうな星がいくつか輝いている。
 俺の8キロの行軍は、まだ半分も終わっていない。
 だが、俺の魂はすでに自宅を超え、電脳の果てまで到達している。

 高性能なイヤホンマイクが、俺の荒い息遣いすらも、一つのアートとしてデジタル信号に変換していく。
 AIと肉体、そして大阪人のサービス精神。それらが奇跡的なバランスで融合した時、この世界にまた一つ、新しい伝説が刻まれるんだ。

 第67話、完。
 
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