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19.香水とドレス
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翌日の午後、私はオティーリエ王女に呼び出された。
ちょうどオティーリエ王女にお勧めする香水を取り寄せたところだったので、侍女とメイド達に他の化粧品と一緒に持たせて参上した。
「失礼致します、王太子妃殿下。ベルナデットでございます」
オティーリエ王女の居間に入ると、メイド達がびくついていた。カテーナ王国から連れてきた侍女二人はオロオロと落ち着きがない。
私は二人が清潔な新しいお仕着せを着ているのを見て、少し安心した。
我が国の侍女のお仕着せ服をすすめたのは、元の服が傷んで袖口が擦り切れ光っていたからだ。よく話を聞くと、お仕着せ以外にも不足品があって、結局下着から全て支給しなければならなかった。
我が国では、一応お仕着せはあるものの、成人した女性に仕える侍女(レディスメイド)ともなると男爵家や子爵家の出が多いので、普段は自前の服を着るものがほとんどだ。もちろん色は紺か黒の地味な色で、デザインはシンプルなものに限られる。
これを見ても、現在のカテーナ王国の窮状がみてとれた。
オティーリエ王女の下着やナイトウェアも少なくて、こっそりと侍女に衣裳部屋に追加させていた。
「王太子妃殿下におかれましては、ご機嫌いかがでございましょう?」
礼をとったまま伺うが返事がないまましばし時間が経つ。目線の端にさらにオロオロする侍女が映り、目を上げると、オティーリエ王女が扇を上げたまま真っ青な顔色で固まっていた。
氷の花が発動しているのだ。
どうやら私を扇で打とうとしたらしい。
私は素知らぬ顔でオティーリエ王女の横を通り、テーブルに香水や化粧品を並べた。これを見れば、オティーリエ王女の機嫌が直るかもしれない。
「今日は王太子殿下のお好みの香水をお持ち致しました。どうぞ、お試しくださいませ」
微笑んで再び顔を上げると、まだ顔色が悪いままだがこちらに向き直っている。
「お前がつけているのはどれ?」
呼称が「あなた」から「お前」に変わった。
「わたくしのつけている香水は、こちらにございません。スミレでございますので、地味かと存じます。王太子妃殿下にはもっと華やかな薔薇やマグノリアやライラックをご用意致しました」
「ムスクは?」
「申し訳ございません。ムスクは王太子殿下がお嫌いですので、ご用意致しておりません」
「そう」
オティーリエ王女は香水を調べ始めた。
オティーリエ王女は今日の香水はそれほど強くない。
今朝、オティーリエ王女の侍女が言っていた。婚儀と新枕の儀の前に、手持ちのムスクの香水をバスタブに全部注ぎ入れて入浴したのだ。朝の入浴で大分匂いが落ちたのだろう。
侍女には入浴剤も持たせた。このままではどんどんバシュロ様を遠ざけてしまう。
「全部使うわ。あと」
少し迷ったように続けるオティーリエ王女。
「お前が使っているのも頂戴」
「かしこまりました。ただいま取り寄せます」
私の侍女の一人に申し付けて取りに行かせる。未使用の物が数本ある。
「お前とお揃いはいやよ。これからはお前は他のものを使いなさい」
「はい」
今日はスミレだが、他に柑橘系とミモザがある。あとの香水の所在は言わぬが花というものだ。
「お前、バシュロ様に何か聞いた?」
「本日はまだお会いしておりません」
昨夜はお会いしたが白を切る。
「そう」
あからさまに安心したようなオティーリエ王女。
「他に化粧品の見本をご用意致しました。お気に召したものを取り寄せますので、ご確認くださいませ」
はっきり言って、私はオティーリエ王女に同情している。
教育を放棄したのも、我儘になったのも、横暴になったのも、煎じ詰めればカテーナ王国の、ご両親のせいではないか。もっと親身になってオティーリエ王女を見ていれば、今こんな風にはなかっていなかったはずだ。無関心や放任は愛情ではない。
国の経済が傾いたのも、カテーナ王国の有り様のせいだ。
オティーリエ王女が持ってきたジュエリーセット、ルビーとエメラルドはおそらくまだ豊かだった十三歳の頃に調えてもらったものだろう。
私にはプライブ伯爵家があった。王家のご厚意もあった。
それでもアシャール子爵家の両親のことを、未だ許せていない自分がいる。
やり方は強引だったが望まれて側妃になった私と、形としては正式な正妃だが実情は人質のオティーリエ王女。
五年近く経って、私はなんと恵まれていたかと思い知る。
オティーリエ王女はこんな状態で、夫のバシュロ様に嫌われるなんてあんまりではないか。
実は私は今ではバシュロ様がかなり好きなのだが…夫として好もしいと思っている。
しかし、オティーリエ王女へのなさり様を見てからは、解けた気持ちを表すのをためらっている。そうして睦まじくしてしまったら、オティーリエ王女は何を縋ればいいのだろうと思ってしまう。
「全部もらうわ」
オティーリエ王女の声に、はっと我に返る。
「かしこまりました。ではこちらは全部お納めくださいませ。明後日の晩はご披露の夜会です」
オティーリエ王女の顔がぱっと明るくなる。
「よろしかったら、こちらで事前にご用意致しましたドレスと宝飾品をお運びいたします」
「持ってきて」
事前に調えた十二着のドレスと宝飾品のセットを運ばせると、オティーリエ王女ははしゃいで選び始めた。その姿は可愛らしい少女だった。
この方は十三歳のあの頃のままなのかもしれない。もしかしたら婚約が調った七歳のままなのかも…
暇を告げて退出する私を、オティーリエ王女は気づきもせず、ドレスに夢中だった。
ちょうどオティーリエ王女にお勧めする香水を取り寄せたところだったので、侍女とメイド達に他の化粧品と一緒に持たせて参上した。
「失礼致します、王太子妃殿下。ベルナデットでございます」
オティーリエ王女の居間に入ると、メイド達がびくついていた。カテーナ王国から連れてきた侍女二人はオロオロと落ち着きがない。
私は二人が清潔な新しいお仕着せを着ているのを見て、少し安心した。
我が国の侍女のお仕着せ服をすすめたのは、元の服が傷んで袖口が擦り切れ光っていたからだ。よく話を聞くと、お仕着せ以外にも不足品があって、結局下着から全て支給しなければならなかった。
我が国では、一応お仕着せはあるものの、成人した女性に仕える侍女(レディスメイド)ともなると男爵家や子爵家の出が多いので、普段は自前の服を着るものがほとんどだ。もちろん色は紺か黒の地味な色で、デザインはシンプルなものに限られる。
これを見ても、現在のカテーナ王国の窮状がみてとれた。
オティーリエ王女の下着やナイトウェアも少なくて、こっそりと侍女に衣裳部屋に追加させていた。
「王太子妃殿下におかれましては、ご機嫌いかがでございましょう?」
礼をとったまま伺うが返事がないまましばし時間が経つ。目線の端にさらにオロオロする侍女が映り、目を上げると、オティーリエ王女が扇を上げたまま真っ青な顔色で固まっていた。
氷の花が発動しているのだ。
どうやら私を扇で打とうとしたらしい。
私は素知らぬ顔でオティーリエ王女の横を通り、テーブルに香水や化粧品を並べた。これを見れば、オティーリエ王女の機嫌が直るかもしれない。
「今日は王太子殿下のお好みの香水をお持ち致しました。どうぞ、お試しくださいませ」
微笑んで再び顔を上げると、まだ顔色が悪いままだがこちらに向き直っている。
「お前がつけているのはどれ?」
呼称が「あなた」から「お前」に変わった。
「わたくしのつけている香水は、こちらにございません。スミレでございますので、地味かと存じます。王太子妃殿下にはもっと華やかな薔薇やマグノリアやライラックをご用意致しました」
「ムスクは?」
「申し訳ございません。ムスクは王太子殿下がお嫌いですので、ご用意致しておりません」
「そう」
オティーリエ王女は香水を調べ始めた。
オティーリエ王女は今日の香水はそれほど強くない。
今朝、オティーリエ王女の侍女が言っていた。婚儀と新枕の儀の前に、手持ちのムスクの香水をバスタブに全部注ぎ入れて入浴したのだ。朝の入浴で大分匂いが落ちたのだろう。
侍女には入浴剤も持たせた。このままではどんどんバシュロ様を遠ざけてしまう。
「全部使うわ。あと」
少し迷ったように続けるオティーリエ王女。
「お前が使っているのも頂戴」
「かしこまりました。ただいま取り寄せます」
私の侍女の一人に申し付けて取りに行かせる。未使用の物が数本ある。
「お前とお揃いはいやよ。これからはお前は他のものを使いなさい」
「はい」
今日はスミレだが、他に柑橘系とミモザがある。あとの香水の所在は言わぬが花というものだ。
「お前、バシュロ様に何か聞いた?」
「本日はまだお会いしておりません」
昨夜はお会いしたが白を切る。
「そう」
あからさまに安心したようなオティーリエ王女。
「他に化粧品の見本をご用意致しました。お気に召したものを取り寄せますので、ご確認くださいませ」
はっきり言って、私はオティーリエ王女に同情している。
教育を放棄したのも、我儘になったのも、横暴になったのも、煎じ詰めればカテーナ王国の、ご両親のせいではないか。もっと親身になってオティーリエ王女を見ていれば、今こんな風にはなかっていなかったはずだ。無関心や放任は愛情ではない。
国の経済が傾いたのも、カテーナ王国の有り様のせいだ。
オティーリエ王女が持ってきたジュエリーセット、ルビーとエメラルドはおそらくまだ豊かだった十三歳の頃に調えてもらったものだろう。
私にはプライブ伯爵家があった。王家のご厚意もあった。
それでもアシャール子爵家の両親のことを、未だ許せていない自分がいる。
やり方は強引だったが望まれて側妃になった私と、形としては正式な正妃だが実情は人質のオティーリエ王女。
五年近く経って、私はなんと恵まれていたかと思い知る。
オティーリエ王女はこんな状態で、夫のバシュロ様に嫌われるなんてあんまりではないか。
実は私は今ではバシュロ様がかなり好きなのだが…夫として好もしいと思っている。
しかし、オティーリエ王女へのなさり様を見てからは、解けた気持ちを表すのをためらっている。そうして睦まじくしてしまったら、オティーリエ王女は何を縋ればいいのだろうと思ってしまう。
「全部もらうわ」
オティーリエ王女の声に、はっと我に返る。
「かしこまりました。ではこちらは全部お納めくださいませ。明後日の晩はご披露の夜会です」
オティーリエ王女の顔がぱっと明るくなる。
「よろしかったら、こちらで事前にご用意致しましたドレスと宝飾品をお運びいたします」
「持ってきて」
事前に調えた十二着のドレスと宝飾品のセットを運ばせると、オティーリエ王女ははしゃいで選び始めた。その姿は可愛らしい少女だった。
この方は十三歳のあの頃のままなのかもしれない。もしかしたら婚約が調った七歳のままなのかも…
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