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こんなふうにときどき、ワタシとカノジョは一緒に過ごすようになった。
「いつも聴いてくれてありがとう」
「どういたしまして」
ワタシは常にカノジョにお礼を言っていた。そして癒してもらうのはワタシばかりだと気が付いてはいるけれど、それを口にしたことはない。これだけ気が合うのだ。いつか自然に、カノジョがワタシにグチをこぼしたいと、思ってくれる日がくるといい。
「最近、休憩室使ってないでしょ?」
カノジョに問われ、ワタシは頷く。
複数の会社の入ったこのビルには、ビルの入居者全員が使える休憩室があった。巨大な社員食堂のようなところだ。値段にはあまりお得感はなかったけれど、食券制だから外に食べに出るよりは簡単で、とにかく広いものだから、お昼ちょうどに訪れてもそこまで混雑はしない、便利な場所だった。
ワタシも、あたたかい麺類が食べたいときなんかに行って、サッと食べて戻る、という感じで利用していたのだけれど、ここのところ足が遠退いていた。
「それがさ、ちょっとイヤな人がいて」
「ああ、あのおそろいのエプロンかけてるグループでしょ?」
「わかる?」
「わかるよ。見ているといたたまれない気持ちになる」
そうなのだ。
たぶんどこかの会社で一緒に働いている人たちのグループなのだと思う。おそろいの、大きなポケットがついた紺色のエプロンをした五人組が、少し前から休憩室に現れるようになった。ワタシは彼女たちと一緒になるのがイヤだった。
五人のキャラクターはわかりやすく、簡単に言うと、一人が話題豊富でおしゃべりな女性、その話題の良し悪しを判断して会話の方向性を決めるリーダー格の女性がいて、二人のあいだで調子よく話についていく女性もいる。それから常に「うんうん」「へぇー」と相槌専門の女性が一人と、個性的なおっとりとした口調で話す女性が一人、のグループだ。
広い休憩室のどこにいても彼女たちの声は聞こえてくる。声の大きさやトーンの問題もあるだろうし、彼女たち以外にベチャベチャと話し続ける利用者がいないというのもある。彼女たちの出現前は、部屋の端でつけっぱなしになっているテレビの音が、うっすらとそこにある、人の存在の音の中で目立っている。そんな感じの休憩室だった。
ところが、最近は彼女たちの会話の中に他の利用者たちがひっそりと存在している、そんなふうにも見える雰囲気になっているのだ。それも質の悪い討論会のような、一人を笑いものにして盛り上がったつもりになっている、そういう会話が繰り広げられている。
「あのひとたち、どうして一緒にお昼食べてるのかな。仲良しには見えないよね?」
「どうしてだろうね」
「特にさ、おっとり話すあの人。いっつも笑われてるだけじゃないじゃない? バカにされてるって気づいてないのかな?」
「バカにされているって認識があったら、さすがに一緒にごはんを食べたりしないと思うけど」
「そうだよね。だとすると気付かずに、みんなキツイなぁとか、キビシイな、とか思ってるのかな。それならそれでいいのかもしれないけど、でも、あんなふうに話を聞き出すだけ聞き出して、なんでそんなことしてんの、ウケるー、とかってあざけるように話してるの、やっぱおかしいじゃない。ワタシならそんな話切り上げて、別のことを話すようにするけどなぁ。誰もそうしないの、おかしくない? 仕切ってるあの人が怖くって誰も注意できないのかな?」
「気を遣う方向がおかしいんだろうね」
「ひとこと注意してやろうかとも思うけど、余計なお節介をして、あのおっとり話す人がひとりぼっちになっちゃうようなことにしても良くないだろうし」
「そうだね」
「結局なにもできず見てるだけって思うと、あの場所にいるのが苦痛で。で、休憩室が遠退いてるの」
「そっか」
いいとも悪いとも、どうしろとも、カノジョは言わなかった。それが今のワタシには心地いい。ワタシもそれ以上はなにも言わず、ただフォークを動かしてパスタの皿を空にする。
あのグループもこういう感じだったらいいのに。
*
「お水、お注ぎしますね」
レモンの浮かぶピッチャーを軽く持ち上げるような仕種をして、店員が水を補充に来た。軽く頭をさげるとフワッとさわやかないい香りがして、ワタシのグラスには水が注がれる。
「お連れさまの分は、またいらっしゃった際にお持ちいたします」
店員が向かいの席に置かれたグラスに手を触れる。
「あっ」
途端にフッと、カノジョの姿が消えた。空っぽのイスが急に目の前に迫ってきたような気がした。空けてあったイス。カノジョのためのイス。そう、カノジョは他の人の目には見えない。
「いかがいたしましたか?」
ワタシがあげた小さな声に、店員は不思議そうな顔をする。
「いえ、すみません。もう出ます」
ワタシは伝票に手を伸ばした。もうそろそろ昼休みも終わる。
「いつもありがとうございます」
会計をしながらワタシは、一人でランチを楽しむ人や、待ち合わせらしき人たちで適度に席が埋まった店内を眺めた。
「また近いうちにね」
心の中でそっとカノジョに話しかける。
ゆったりと流れていく時間と、手つかずのグラスが置かれた席の向こうに、たくさんのカノジョに似た姿が見える気がした。
(了)
「いつも聴いてくれてありがとう」
「どういたしまして」
ワタシは常にカノジョにお礼を言っていた。そして癒してもらうのはワタシばかりだと気が付いてはいるけれど、それを口にしたことはない。これだけ気が合うのだ。いつか自然に、カノジョがワタシにグチをこぼしたいと、思ってくれる日がくるといい。
「最近、休憩室使ってないでしょ?」
カノジョに問われ、ワタシは頷く。
複数の会社の入ったこのビルには、ビルの入居者全員が使える休憩室があった。巨大な社員食堂のようなところだ。値段にはあまりお得感はなかったけれど、食券制だから外に食べに出るよりは簡単で、とにかく広いものだから、お昼ちょうどに訪れてもそこまで混雑はしない、便利な場所だった。
ワタシも、あたたかい麺類が食べたいときなんかに行って、サッと食べて戻る、という感じで利用していたのだけれど、ここのところ足が遠退いていた。
「それがさ、ちょっとイヤな人がいて」
「ああ、あのおそろいのエプロンかけてるグループでしょ?」
「わかる?」
「わかるよ。見ているといたたまれない気持ちになる」
そうなのだ。
たぶんどこかの会社で一緒に働いている人たちのグループなのだと思う。おそろいの、大きなポケットがついた紺色のエプロンをした五人組が、少し前から休憩室に現れるようになった。ワタシは彼女たちと一緒になるのがイヤだった。
五人のキャラクターはわかりやすく、簡単に言うと、一人が話題豊富でおしゃべりな女性、その話題の良し悪しを判断して会話の方向性を決めるリーダー格の女性がいて、二人のあいだで調子よく話についていく女性もいる。それから常に「うんうん」「へぇー」と相槌専門の女性が一人と、個性的なおっとりとした口調で話す女性が一人、のグループだ。
広い休憩室のどこにいても彼女たちの声は聞こえてくる。声の大きさやトーンの問題もあるだろうし、彼女たち以外にベチャベチャと話し続ける利用者がいないというのもある。彼女たちの出現前は、部屋の端でつけっぱなしになっているテレビの音が、うっすらとそこにある、人の存在の音の中で目立っている。そんな感じの休憩室だった。
ところが、最近は彼女たちの会話の中に他の利用者たちがひっそりと存在している、そんなふうにも見える雰囲気になっているのだ。それも質の悪い討論会のような、一人を笑いものにして盛り上がったつもりになっている、そういう会話が繰り広げられている。
「あのひとたち、どうして一緒にお昼食べてるのかな。仲良しには見えないよね?」
「どうしてだろうね」
「特にさ、おっとり話すあの人。いっつも笑われてるだけじゃないじゃない? バカにされてるって気づいてないのかな?」
「バカにされているって認識があったら、さすがに一緒にごはんを食べたりしないと思うけど」
「そうだよね。だとすると気付かずに、みんなキツイなぁとか、キビシイな、とか思ってるのかな。それならそれでいいのかもしれないけど、でも、あんなふうに話を聞き出すだけ聞き出して、なんでそんなことしてんの、ウケるー、とかってあざけるように話してるの、やっぱおかしいじゃない。ワタシならそんな話切り上げて、別のことを話すようにするけどなぁ。誰もそうしないの、おかしくない? 仕切ってるあの人が怖くって誰も注意できないのかな?」
「気を遣う方向がおかしいんだろうね」
「ひとこと注意してやろうかとも思うけど、余計なお節介をして、あのおっとり話す人がひとりぼっちになっちゃうようなことにしても良くないだろうし」
「そうだね」
「結局なにもできず見てるだけって思うと、あの場所にいるのが苦痛で。で、休憩室が遠退いてるの」
「そっか」
いいとも悪いとも、どうしろとも、カノジョは言わなかった。それが今のワタシには心地いい。ワタシもそれ以上はなにも言わず、ただフォークを動かしてパスタの皿を空にする。
あのグループもこういう感じだったらいいのに。
*
「お水、お注ぎしますね」
レモンの浮かぶピッチャーを軽く持ち上げるような仕種をして、店員が水を補充に来た。軽く頭をさげるとフワッとさわやかないい香りがして、ワタシのグラスには水が注がれる。
「お連れさまの分は、またいらっしゃった際にお持ちいたします」
店員が向かいの席に置かれたグラスに手を触れる。
「あっ」
途端にフッと、カノジョの姿が消えた。空っぽのイスが急に目の前に迫ってきたような気がした。空けてあったイス。カノジョのためのイス。そう、カノジョは他の人の目には見えない。
「いかがいたしましたか?」
ワタシがあげた小さな声に、店員は不思議そうな顔をする。
「いえ、すみません。もう出ます」
ワタシは伝票に手を伸ばした。もうそろそろ昼休みも終わる。
「いつもありがとうございます」
会計をしながらワタシは、一人でランチを楽しむ人や、待ち合わせらしき人たちで適度に席が埋まった店内を眺めた。
「また近いうちにね」
心の中でそっとカノジョに話しかける。
ゆったりと流れていく時間と、手つかずのグラスが置かれた席の向こうに、たくさんのカノジョに似た姿が見える気がした。
(了)
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