妖怪たちに愛されすぎる優しい和菓子職人

及川証 (アカシ)

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紅目編―小さい頃から変わらない―

33.事件

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「――で、あるからに――」

 校長の開催の挨拶は思ったとおり長くほとんど誰も聞いておらずただ立ってる関係者と生徒が多い。

(もっと簡単に言えないのかね)

 吉兵衛はあくびを噛み殺し下をうつむくとわらわら足元に小妖怪たちが必死にぴょんぴょんと飛び跳ねている。

『吉兵衛っ!』

『大変ったいへん』

 『あんこがっ』

「ちょっ君どこへ行くっ」

 血相を変え走り出した。

「どうなされたのですか」

「誰かがあんこにイタズラしてるみたいなんだよ」

 ついてきた紅目に簡単に話すと紅目は眉をひそめ走るスピードを上げた。

「主様は誰かにこのことをっ私は先に向かいます」

 人ならぬスピードと跳躍で紅目は調理実習室と向かった。

 ―――

 ――教室に入った途端に見た光景は紅目の逆鱗に触れた。

 まだ固まっていないバットをひっくり返し薄ら笑みを浮かべているのはこの学校の男先生。

「お前っ今なんでここにっ――」

 「いるんだっ」と言いかける先生の顎を紅目は鷲掴みにする。

「キサマ、そんなに死にたいか?」

 獣の唸るような低い声。人ならぬ地獄のように紅く染まった目玉に先生は小さく悲鳴を上げた。

「紅目っおやめ!」

 吉兵衛の叫ぶ声に紅目は一瞬反応するも先生から目を離す事はせず思いっきり壁に先生を叩きつけた。

「我が主が精魂込めて作った物を……なぜこのような事が出来る?お前の臓物もこのあんこのようにぶちまけてやろうか」

 先生はガタガタと震え恐怖で叫ぶこともできなくなっていた。

「野原君っやめない――っ?!」

 仲裁に入ろうとした校長は思わず足を止める。
 動向が開きこちらを見る野原荒野に化け物じみた恐怖を覚えたからだ。しかしここで引いたら彼は人殺しになりかねないという思いもある。

(足が動かないっ)

 校長として生徒が人を殺すのを黙って見てるわけにはいかない。だがその場から一歩も動くことができなかった―――1人を除いて。

「紅目っ馬鹿なことはおよし!」

 びたーん!と場にそぐわない軽い音。吉兵衛が紅目の両頬を手のひらで挟んだのだ。

「あるっじ……」

「こんな奴にわざわざ手を汚す必要はないんだよ!」

「ううっ――!!」

 「殺してやりたい。見るも無残に殺したくてたまらないっ」そんな行き場のない感情が紅目の涙となって溢れ出す。

「校長、材料の請求。この男に全額持たせていいね?」

「ああ。もちろんだとも」

 吉兵衛は自身のメモ帳に走り書きをして先生に渡す。

「?!馬鹿なっ文化祭で使える額じゃないだろっ」

「お前さんが台無しにしたあんこの小豆は私の友人の好意でもらったもんだ。だが本来ならこの額なんだよ」

「なっ、高くても4か5万くらいだろっボッタクリもいいところ――」

「ここのは幻の小豆。有名菓子屋が喉から手が出るほど欲しいくらいの代物なんだよ。まあ知る人ぞ知るってやつだね」

「それプラス、僕たちに対しての精神的いじめもだよ兄ちゃん」

「砂糖の金額は入れたっスか?」

「おっと、そいつは忘れてたね」

 後から駆けつけた慎之介と雄一の声もあり先生の支払うべき金額がさらに増えていく。

「本当に先生として情けないというかなんというか」

「ギルティだよね!反面教師よりも酷いかも」

 先生はガクリと肩を落とし、視線は床に吸い付いたまま動かない。
 紅目はまだ荒い息を吐きながら、吉兵衛に頬を包まれた状態で震えていた。

「はぁ……紅目。よしよし、もういいよ。私がちゃんとするから」

 吉兵衛が小声で宥(なだ)めると、紅目は歯を食いしばりながらも主の言葉に従って深く一礼した。

「……主様がそう仰るならば」

 だが、紅目の眼光はまだ獣のそれであり、一歩間違えればまた飛びかかりそうなほど殺気が滲んでいる。

「時田くんのお兄さん……本当に、ありがとう。君が止めてくれて助かったよ」

 校長は額に汗をにじませながら近づいてきた。先ほどまで足が竦んで動けなかった自分の無力さに歯噛みする。

「そりゃどうも。さて、私はもうこの人に用はない。材料費だけ払わせたらさっさと帰ってもらっておくれ」

 吉兵衛は淡々と言い、紅目の背を軽く叩いて落ち着かせた。

「で、でも……これだけの額……」

 先生は紙に震える指先を載せながら目を見開いたまま固まった。

「払えない、なんて言わないよねぇ?」

 雄一がにこりと笑いながら肩を組み、慎之介は後ろから重苦しい気配を落とす。

「精神的な慰謝料、まだ入ってないよ? 今のところ“材料費だけ”だから」

「払わないなら――僕ら、保護者会に全部言わなきゃいけないよねぇ?」

「そ、それは……!」

 先生は悲鳴のような声を漏らし、額の汗を拭った。

「主様――」

 紅目の目がまた赤く揺らぐ。

「大丈夫。別のあんこを作るよ。幻の小豆、まだ残ってるしね。紅目。怒ってもいいけど、殺しちゃ駄目なんだ堪えておくれ」

 紅目はぎゅっと唇を噛み締め、震えながら首を縦に振った。

 ちらりと壁に叩きつけられた先生を吉兵衛は見る。不思議と怪我はない。
 紅目は寸前で力を抑えていたのだと吉兵衛はホッと安堵したのだった。
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