五分間戦争 【ショートショート】

いとうヒンジ

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五分間戦争 

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「うむ、ではあの星を破壊することに異論のある者はいないな」


 地球から遠く遠く離れたエリオット星で、今まさに重要な決定が下されようとしていた。

 自分たちの星が一番優れていると考えているエリオット星人は、その他の星の文明を酷く軽視している。そしてしばしば、価値がないと判断した惑星を破壊し、優越感に浸っているのだ。


「調査員達の報告を見る限り、問題ないかと。全くもって価値のない星です」


 議長と思われる者の問いに、丸眼鏡をかけた老人が答える。

 議題に上がっている星の名は「地球」。

 その星の住人の姿形が自分たちとよく似ているため、調査を始めたのがきっかけだった。次第に地球人の野蛮さや粗暴さが露になり、こうして「価値のない星」と断定されるに至ったのである。


「まだ一人、食料調査員からの報告が上がってきていませんが……それは待たなくてよろしいので?」


 会議に参加している者の中で一際若い青年が、議長に問いかける。

 エリオット星人たちが文明の優劣をつける際、この上なく重視しているのが、「料理」である。

 彼らは攻撃的な一面を持つと同時に、全宇宙にその名を轟かす「グルメ星人」でもあるのだ。


「『日本』とかいう地域の担当をしている者からの報告がまだのようだが……期待するだけ無駄だろう。今更美味い料理が見つかるとは思えん」


 みな一様にうんうんと頷く。

 世界中の権威あるレストランに調査員を送り、その国一番と呼ばれるシェフの料理を食べさせたが……彼らの食指が動くものは一つもなかったのだ。


「では、あの星は無価値とし、今すぐ破壊攻撃を……」


「お待ちください!」


 円卓のようになっている机の中心部から、ブオンという音と共に立体映像が映し出される。

 そこには、日本の料理を担当していた調査員の男の姿があった。


「まずは報告が遅れましたこと、大変申し訳ありません」


 焦りながらも礼儀を弁えようと、彼は深々と頭を下げる。


「どうやら何かあったようだな。話を聞こうか」


「……はい、報告させて頂きます」


 議長に促された調査員は顔を上げ、一呼吸おいて報告を始めた。


「私が担当したのは『日本』という国の料理でした。そして他の調査員同様、名のあるレストランや料亭に足を運び、彼ら自慢の料理を食べました。調味料の一粒にまで拘った繊細な味付けや、職人の心意気が見える盛り付け。伝統を重んじる格式高さや、その伝統を敢えて壊す独創性……そうしたあれこれを売りにしていたようなのですが、正直、我々の星には遠く及ばぬ出来栄えでした」


 彼の話を聞き、議長は大きく頷く。優越感こそ、エリオット星人の根幹にある感情なのだ。


「そうだろうそうだろう。ではやはり、地球を破壊することに変わりはないようだな」


「いえ、実はそうも言いきれぬ事態が発生してしまったのです」


 調査員ははっきりとした口調で物申す。


「……みなさまには、それを食べて頂きたく存じます」


 そう言うと、会議に参加している一人一人の前に、丼のような物体が出現した。


「これは一体何だね? 赤と白のレイアウトに……日本語というやつか、それが所狭しと書いてあるようだが」


「それは『赤いきつね』と呼ばれる、カップ麺にございます」


 聞き馴染のない単語の登場に、その場にいる全員が首を捻る。

 グルメを自称する以上、地球における主要な料理名は全て把握しているのだが……そのどれにも、目の前の一品は当てはまらない。


「そもそも、星間転送をした料理を食べることなど馬鹿げている」


 誰かが声を上げる。

 星間転送とは、違う星から星へと一瞬のうちに物体を送る技術のことだ。非常に便利な技術ではあるが、食料を転送するとと言われており、料理に使われることはないのである。


「ええ。通常でしたら、料理は食料専用輸送機を使い、最高の状態のままで運びます。それでは時間がかかるので、こうして調査員である私たちが現地で料理を食べ、味の判定をしているのです」


 食料に関する調査員には、エリオット星人の中でも飛びぬけた味覚の持ち主が選ばれる。彼らが「まずい」と言ったら、それは覆しようのない事実なのだ。


「そんな君が、星間転送した料理を食べろと、そう言うのかね?」


「ええ。失礼は承知ですが、是非みなさまの口に入れて頂きたく思います」


 調査員の男は再び頭を下げる。


「……よかろう。みなの者、彼の言う通りこれを食べてみようじゃないか」


 議長に促され、ざわついていた者たちが静かになる。


「して、これはどうやって食べるんだ?」


 当然の疑問を受け、調査員は手元のレポート用紙に目を落とした。


「……まず、容器についているフタを矢印まではがします。その後粉末スープを麺の上にあけ、熱湯を内側の線まで注ぎます」


 言われるがまま、議長をはじめとした全員がカップ麺を作り出す。


「なんだこの盛り付けは。全くもって美しくない」


「微かに香るこの匂い……我が星にはないものだ」


「粉末なのにスープ? ……なんてことだ、これはの利いた粉だな!」


「こんなにカチカチに固まった物体が料理とは……儂の歯が折れてしまうぞ」


「熱湯を入れるだって? 具体的には何度のお湯なんだ、そんなに適当でいいのか!」


 みな口々に文句だったり驚きだったりを漏らしている。

 その様子を見た調査員は、内心ほくそ笑んでいた……なぜなら、彼もまた同様の反応を経験していたからだ。


「……熱湯を入れましたら、フタをして五分間待ちます」


「五分か……それで、時間が経った後は何をする?」


「何も致しません。五分後、フタを開けて中身を召し上がって頂きます」


「なんだと⁉ これで料理ができているというのか‼」


 老人が声を荒げる。

 エリオット星人にとって、美味しい料理は神聖な存在に近い。星の命運を握る大切な一品が、粉をかけてお湯を注いで五分待つだけで完成する? みなの脳内には疑問符しか浮かんでいなかった。


「……さて、五分です。みなさま、是非心してお召し上がりください。それが、地球最上の料理です」


 調査員の不敵な笑みを受け、みなはゴクリと生唾を飲む。

 そして、「赤いきつね」を食さんと――箸を伸ばした。





「お、五分経ったな」


 あずま武司たけしはタイピングしていた手を止め、狭い台所へと急ぐ。

 目的はもちろん「赤いきつね」。

 売れない小説家をしている彼にとって、冬のこの時期に手軽に温もりを味わえる「赤いきつね」は、何よりのご褒美なのである。
 
 パキッと割り箸を割り、勢いよく一口目を啜り上げると……故郷の母が作ってくれたうどんの味を思い出し、自然と顔が綻ぶ。


「さて、続き続き……」


 ズルズルと麺を啜りながら、東はちゃぶ台の前に座り直した。

 彼の新作――後に百万部を超えるベストセラーになる、「宇宙大戦争~赤いきつねⅤS緑のたぬき~」を書き進めるために。


「この後の展開は……『緑のたぬき』の存在を知ったエリオット星人が、『赤いきつね』派閥と戦いを繰り広げていって……」


 東は小気味良いリズムで、キーボードを叩いていく。

 その傍らで、「赤いきつね」が優しい湯気を立てていた。

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