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決着

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 どれだけの時間が経っただろうか。
 限界をとうに越して駆動する身体は悲鳴を上げ、僕の意志に関係なく動きを止める。

「蹂躙、蹂躙、蹂躙ー! まさに圧倒的! 超絶無比! 古今東西比類なき天才! これこそが二つ名の力! あまりにも一方的な展開に、これ以上言葉が出てきません! 場内は異常なまでのブーイングで溢れ、正直収拾つかないぞー! どうしてくれるんだ『流星団』!」

 レジーナさんの実況と観客の怒声が混じり合い、会場を震わせる。
 ボウッと遠くなる意識のお陰で、ハッキリとは聞き取れないけれど。

「……」

 片膝をついてしまったが、剣を支えに何とか身体を起こす。
 倒れるわけにはいかない……僕が倒れたら、エルネが死ぬ。

「くそ……」

 目がかすみ、呼吸が浅くなる。
 僕を嘲るエドの顔も、よく見えない。

「はーはっはっは! ……はー、久しぶりにこれだけ笑わせてもらった。お前もわかっただろう? 俺に逆らうことがどれだけ愚かで間抜けなことか、身に染みただろう? 大人しく山に籠っていればこうして恥を晒すこともなかったのにな。『無才』如きが調子に乗るから痛い目を見るんだよ……オラッ!」
「ぐっ……」

 腹部を蹴り上げられ、ゴロゴロと地面を転がる。
 そのまま倒れこんでいたいがそうもいかない……無理矢理身体を叩き起こす。

「それでいい、愚かなウィグよ。お前は倒れることも降参することも許されないんだからな……だがまあ、これ以上時間を掛けるのも観衆に申し訳ない。本当はもっと遊んでやりたいんだが、『明星の鷹』が弱い者イジメを続けるというのもイメージに悪いからな」

 言いながら、エドは頭上に右手を掲げた。
 炎が噴き出し、唸りを上げて渦巻いていく。

「この一撃で仕舞にしてやろう……心配せずとも、俺は約束は守る男だ。お前が役目を果たせば、あのお嬢さんはちゃんと解放する。安心して焼かれるがいいさ」
「……」

 炎はうねり、逆巻き、轟き、その形を変える。
 さながら――不死鳥のように。

「己の愚かさを後悔しろ! 己の浅はかさを省みろ! この世界は力こそが全てなんだ! スキルのない『無才』がでかい顔をしていいわけがない! そんなことは常識で、そんなことは当然なんだ! お前みたいな無能が俺たちに逆らうとどうなるか、文字通りその身に焼きつけろ!」

 赤褐色の光が弾け。
 巨大な不死鳥が、羽ばたいた

「《炎鳥冠王フェニックス》‼」

 あれを食らえば、僕は死ぬだろう。
 この会場にいる誰もがそれを望んでいるし。
 最早抗う必要もなかった。

 僕は死ぬ。

 代わりにエルネは助かる。

 それでいい。

 最善の決着とは言えないかもしれないけれど、別に気にするほどのことでもない。
 人間を人間たらしめるモノを心と定義するなら。

 ウィグ・レンスリーは、四年前に一度死んでいるのだから。

 家族に捨てられ。
 信じていたものに裏切られ。
 全てを失い、人間ではなくなった。
 復讐を終えてなお。

 僕は――死んだままだった。

 けれど。

 そんな僕を、エルネが変えてくれた。
 エルネがいたから、僕は生き返れたんだ。
 友の温みを知った。
 仲間の安らぎを知った。
 誰かに必要とされたくなって。
 誰かを必要としたくなった。

 だから――これでいい。

 僕の命と引き換えにエルネが助かるのなら、何も文句はない。
 ただ一つ気掛かりなのは「流星団」の評判を落としてしまうことだ……アウレアには怒られるだろうが、あとのことはナイラに任せよう。

 僕はここで終わる。
 結果から見れば、仲間なんて作らない方がよかったのだろう。
 がんじがらめに縛られて、結局無残に殺されるのだから。

 四年前の僕が今の僕を見たら、心底軽蔑して冷笑するに違いない。
 でも、僕はそんな昔の僕を見てこう言うのだ。

 『こういうのも案外、悪くないよ』と。

 ニヒルに笑い、道化を気取って。
 そうやって死んでいくのだ。


 でも最後に、本当に最期に、意地汚く本音を言わせてもらえるなら。

 もう少し、みんなと一緒にいたかった――




「ウィグさん‼」




 どくん――と、心臓が跳ねる。
 あらゆる感覚が遮断され、あらゆる意識が断絶しているにもかかわらず。
 確かに、聞こえた。
 僕の名前を呼ぶ声が。
 暖かく、柔らかな。
 緑色の風みたいな声が。
 聞こえたんだ。



 腰を落とせ
 腕に力を込めろ
 精神を研ぎ澄まし
 ただ一点にのみ集中しろ
 関節に染み込んだ記憶
 筋肉に溶け込んだ思考
 血は体内を巡る刃
 神経は脳内を駆ける号令
 何億回と繰り返した動作を
 努力と呼ぶには甚だ生温い

 これは

 僕の

 人生そのものなのだから




「《斬波ざんぱ》」

 不死鳥が爆散する。
 一刀に伏した炎は四方に飛び散り、刀身をゆらゆらと照らし出す。

「な……お、お前! 自分が何をしたかわかっているのか! 俺の指示に従わなければ、あの女は……」
「もういい。もう終わったんだよ、エド」

 ちらっと、会場の隅に目線を送る。
 そこには、今にも泣きだしそうな表情のエルネと。
 静かに親指を立てるナイラの姿があった。

「ちょっと遅過ぎ……」

 薄っすら笑って文句を言う。
 全く……格好よく死を覚悟したというのに、とんだ迷惑である。
 ただまあ。
 お陰様で、もう少し。
 生きることができそうだ

「くっ……この死にぞこないが! 今更俺に楯突いたところで、ボロボロのお前に何ができる!」
「できるさ。生憎、まだ腕は動く」

 本当は指先一つ動かすのですらしんどいのだけれど……そんな弱音を吐く場面じゃないだろう。
 大切な仲間の前で。
 そんな無様は、晒せない。

「ほざけ! お前はここで死ぬ! 潔く諦めろ! 《灼熱砲マグナム》‼」
「僕は死なない」

 仲間がいるから。
 守るべき人がいるから。
 僕は、強くいられる。
 生きる意味を、覚悟を。
 見つけることができる。
 だから――死なない。

「《斬鬼ざんき》‼」

 迷いなく振り抜いた斬撃は炎を斬り裂き、真っすぐに突き進む。
 まるでこれから進む道を暗示するかのように――なんて。
 そんなことを思うのは、少々自分に酔い過ぎだろうか。

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