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提案 001
しおりを挟む聖天使団序列五位、リース。
そう名乗った人物は、人当たりの良い笑顔を浮かべながらこちらを窺う。
「まあまあ、そう硬くならないで……いくら私が偉い人といっても、同じ人間なんだから。いきなり取って食いはしないさ」
彼……いや、彼女か?
中性的な見た目に中性的な声色。長く透き通った白髪と鈍く光る銀の瞳。メルクマールのような白装束。
性別も年齢も読み取れない。
なんなら、生きているのかどうかさえ。
「三人とも、どうかここを自宅だと思ってくつろいでくれ。リラックスして話そうじゃあないか」
「……そうか。なら遠慮なく」
勢いよく椅子を引き、ドカッと座って机に脚を乗せるなどする。
「ちょ、ちょっとジンさん⁉ 失礼ですよ!」
「自宅だと思えって言ったのは向こうだぜ?」
「あれは社交辞令です! ほんとにくつろいでどうするのですか!」
「シャコージレー?」
「こういう時だけ常識の無さを発揮しないでください!」
すみませんすみません、と謝るエリザ。
「ははっ、別に構わないよ。くつろいでくれと言ったのは私だしね。むしろ気持ち良いくらいさ」
「ふーん。だったら私もっ」
俺に続いてライズも勢いよく腰掛け、ダラーッと上体を机に倒す。
「ラ、ライズまで……ああ、眩暈が……」
最後に、エリザが力なく着席した。
「うんうん、愉快な人たちだ……では改めて。私はリース。聖天使団序列五位の、ただの偉い人だよ」
「それ、決め台詞かなんかなのか? 結構くどいぜ」
「単に事実を述べているだけさ。君たちがどんな態度を取ろうとも、私について何を感じようとも、絶対的に揺るがない不変の事実をね。私は偉くて……そして強い」
「……」
ニコニコと笑うリースだが、しかし確かな圧力を感じる。
それは気配に気圧されているというわけではなく。
純粋で混じり気のない、魔力の圧だった。
「私は自分の肩書に誇りを持つタイプでもないし、ましてや聖天使団の威光に頼るタイプでもない。ただ偉いんだよ。それだけわかってくれていればいいさ」
「……変人だな、あんた」
「よく言われるよ……さてさて、じゃあ順番に名前を教えてもらおうかな。まずは君から」
俺の発言を華麗にスルーし、ライズを指差すリース。
「……ライズ・メノア」
「ああ、君がライズくんか。この度はとんだ災難だったね、心底痛み入るばかりだよ」
「……どうも」
ライズは明らかに警戒を強め、ぶっきらぼうに答えた。
警戒が高まっているのはライズだけじゃない……エリザも同様に、拳に力を入れている。
リースから発される魔力が、自然とこの場の空気をヒリつかせていた。
「お隣の青い髪のお嬢さん、お名前は?」
「……エリザ・ノイマットと申します」
「ノイマット? ……もしかして君、騎士団にいるルウェラ・ノイマットの血縁かい?」
「……はい。ルウェラは、私の父です」
「ははっ、やっぱりそうか。そうある名字じゃあないし、何より髪と瞳の色が良く似ているよ。いやー、思いがけず友人の娘に会えるなんて、こりゃラッキーだ」
エリザの親父さんは騎士団に所属しているんだっけか……聖天使団であるリースが知っていても不思議ではない。
とは言うものの、友人だって?
年齢、どうなってんだよ。
「で、君の名前は?」
リースは最後に、俺の胸元を指差す。
「ジン・デウス。よろしくどうぞ」
「ふーん……ジンくんね、覚えた覚えた。聖天使団序列五位の私を前に一切物怖じしないとは、君もかなりの変人みたいだ」
「よく言われるさ」
「それに――少々変わった魔力を纏っているね」
「っ……」
見透かすような銀の瞳。
さすがは聖天使団ってとこか……くそ、一瞬動揺しちまった。
「はははっ。どうやらシスティーを倒したのは君で間違いないようだね、ジンくん。私の読みは大当たりだったようだ。Aランクパーティー程度の実力じゃ、特A級の手配者を止められるはずもない」
特A級というのがどの程度の実力かは知らないが、システィーの爆発魔法は確かに脅威だろう。
並大抵の冒険者では、防御すらままならずに命を落とすレベルだ。
「あの女を放置していたら、いずれ私の仕事が増えただろう。手間を減らしてくれてありがとうと、感謝の意を述べておくよ」
「別に、あんたのためにやったわけじゃないからな。礼を言われても困る」
「まあそう斜に構えるなよ。今の感謝は、君のギルド規定違反を大目に見るっていう意味さ」
「……マジ?」
「大マジ」
なんだ、意外と良いところもあるじゃないか(上から目線)。
人を食ったような言動をする奴だが、性根は腐っていないのかもしれない。
「ただーし。ライズくんの方は別問題」
人差し指を立て、意地悪く笑うリース。
……前言撤回。ふつーに嫌な奴。
「わ、私?」
「もちろん。だって君、軍にジンくんのことを報告しなかったでしょ? 嘘を吐いちゃあいけないよね」
「おい、待てよ。システィーを倒して万々歳っていうなら、ライズを責める必要はないだろ」
「どうして? ジンくんは役に立ったから良いけど、ライズくんは何もしていないんだよ? 何もしていないどころか、パーティーメンバーを危険に晒した時点でリーダー失格。擁護できるところなんてどこにもないじゃないか」
ニヤニヤと癪に障ることを言うリースだが、反論はできない。
あいつの言説には筋が通っているし、我儘を言っているのはこちらの方だ。
けれど、不満は拭えない。
「ライズは、俺が規定違反で罰されないために報告をしなかったんだ。その俺がお咎めなしなら、ライズにだって罪はないだろ」
「なんだ、ジンくんは見かけによらず正義の人なのかい? これはこれは義に厚い若者だことで……私も涙がちょちょぎれるよ」
「正義だなんて、そんな大仰なもんじゃない。ただおかしいって言ってるんだ」
「まあまあ、そう熱くならないでくれよ。君たちをここに呼んだのは、まさにライズくんの問題を解決するためなんだから。みんながみんな幸せになれる、夢のような提案があるんだよ」
「……なんだよ、その提案ってのは」
待ってましたとばかりに、リースは柏手を打つ。
「よくぞ訊いてくれた。実はちょっとした仕事を頼もうと思ってね。それを見事に片付けてくれれば、ライズくんの一件は不問に付そう」
「……どんな仕事なんだ?」
「実に簡単で実に平易な仕事さ……ほんのちょっぴり、死の危険があるだけでね」
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