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作戦始動 002
しおりを挟む「これより作戦を開始する! ダンジョンに入り次第、各自周囲の索敵! その後は地形に合わせて隊列を組む!」
ドット隊長の激を受けた軍人たちが、雄たけびを上げて魔法陣に突入していく。
「すっげー雰囲気。気合入れすぎだろ」
「既に何度か任務を失敗しているわけですし、このままでは軍の沽券に関わりますからね……私たちも負けていられません」
遠巻きから魔法陣を眺め、軽く屈伸運動をするエリザ。
長時間の着席で足腰が鈍っているのか、パキパキと音が鳴っている(ザ・運動不足)。
「ねー、私たちはもっと後から行こうよー。あのおじさんも非協力的だったしー」
「どうしたんだ、ライズ。ご機嫌斜めか?」
「斜めってほどじゃないけど、やや傾きって感じ……だってあの人たち、端から冒険者を見下してるよ? 一緒にいてもうまくやれる気がしませーん」
「ま、気に入らないのはわかるけどさ。事が終わるまでの辛抱だろ?」
「うー。ジンさん、変人のくせに変なところだけ大人なんだから……ん? じゃあやっぱり変人ってこと?」
「俺は徹頭徹尾公明正大で誠実な男だよ。ほら、行くぞ」
あまり駄弁っていては、またぞろ軍から反感を買ってしまう……今日この場に限っては、なるべくあちらさんの機嫌を損ねたくない。
なにせ、ライズの冒険者生命が掛かっているのだから。
下手に我を通して、それがリースに伝わったら最悪である。
できるだけ慎ましく穏便に、粛々と遂行するだけだ。
「わかったよー……確かに、私の蒔いちゃった種だもんね。我儘禁止っ」
割とあっさり切り替え、ライズは魔法陣の中へと入っていく。
「私たちも行きましょうか、ジンさん」
「ああ、そうだな」
「頼りにしていますよ、リーダー」
「……それ、やめてくれない?」
「ふふっ。ジンさんの困り顔を見られる絶好のチャンスですからね、頼まれたってやめませんよ。ね、リーダー」
「……さいですか」
説得を放棄し、エリザとともに魔法陣へ。
魔力を流し――暗転。
「――――……ふう」
この感覚、無事にダンジョンに入れたようだ……目を開け、周りの環境を確認する。
「森林エリアか。まあ、妥当な感じだな」
「今のところ周囲にモンスターの気配はありません。青魔法陣なだけあって、流れている魔力の質もそれなりですね」
「さすがは元Sランクパーティーのメンバー。魔力感知もバッチリか」
「いえ、私なんかまだまだです……軍の方々はあちらへ向かったようですね」
エリザの示した方向へ歩いていると、ほどなくしてドット隊長の部隊に合流した。
「遅いぞ、お前たち。無駄話をせずサッサとついてこんか」
「あんたたちこそ、随分張り切ってるな。もう少し落ち着かないと足元掬われるぜ」
「ふん、余計なお世話だ。俺たちは日々厳しい訓練を積んでいる。長年積み重ねた弛まぬ日々の努力こそ、任務遂行の上で最も重要なのだ」
「ふーん……って言う割に、あんた以外の隊員は若く見えるけどな。長年の努力を積み重ねられてるのか?」
チラッと見た限り、部隊にいるのは若年層の男がほとんどである。
とても経験豊富な軍人とは思えない。
「ね、年齢など問題ではない。彼らは今回の任務に進んで志願し、国家の安全のために尽力しようとする立派な軍人だ」
「あ、そう……俺はてっきり、神隠し事件は聖天使団に丸投げしたから、最低限の人材しか投入されていないのかと思ったんだけど、邪推だったか」
「そ、そんなわけがあるか! 軍は常に全力で任務にあたっている!」
口ひげを震わせて否定するドット隊長だが、俺の予想は概ね正解だろう。
本来ならリース本人が着手するはずの仕事である以上、軍も余計な人員を割く必要はないわけで……まあそれで言うと、おっさんもリースの気まぐれの被害者ではあるのか。
現場に出る人間はつらいものだ、どの組織でも(知らんけど)。
「とにかく、ダンジョンの調査は俺たち軍が主導で行う! お前たちは邪魔にならないよう、陣形の外で待機していればいい」
「はいはい、仰せのままに……行くぞ、二人とも」
俺はエリザとライズに目配せをし、隊列から外れた位置に集合させる。
「ってことで、俺たちは軍の周りをウロチョロしておく係だ」
「そんな係がありますか……とは言っても、あの様子では作戦に加われそうもありませんね」
「軍人は冒険者が嫌いだからねー。自分で勝手に規律の中に飛び込んだくせに、私たちを無法者扱いするのはムカつくよねっ」
「まあ、俺とお前は実際に規則を破ったけどな」
「うーわっ、ジンさんどっちの味方? リーダーならメンバーを守ってよねっ」
ぷくっと両ほほを膨らませるライズ(かわいい)。
「文句を言いたくなるのもわかるけどさ。向こうが面倒くさいことを引き受けてくれてるって考えれば、ちょっとは留飲も下がるんじゃない?」
「んー、それは確かに……」
「ジンさん! ライズ! 来ます!」
突然、エリザが叫ぶ。
数秒遅れて、部隊の端にいた隊員が激しく動き出した。
「モ、モンスターの魔力を感知! 敵は四時の方向から猛スピードで接近中! 数は不明です!
「よし、陣形はこのままだ! 各自持ち場を離れず魔迎撃準備に入れ!」
ドット隊長の指示で、隊員たちは各々魔力を溜め始める。
四時の方向から接近ってことは、先に接敵するのは軍の方か。
「私たちはどうしますか、ジンさん」
「んー……まずは様子を見つつ、臨機応変に対応ってことで」
「それ、何も決まっていないのと一緒ですよね……」
「好き勝手に動いたら同士討ちの危険があるしな。俺もそこらへん、やってみないとわからないし」
十人以上の集団戦闘は初めての経験である……深い森の中では視界の確保も難しく、下手なことをすれば味方を巻き込む恐れがある。
ここは一つ、軍隊様のお手並みを拝見するとしよう。
「来るぞ! 総員構え!」
木々が破壊される音と、空間を唸らす地響き。
相手が大型種であることは間違いない……しかし青魔法陣ダンジョンレベルのモンスターであれば、大型といえどそこまで危険はないだろう。
と。
この場にいる誰もが――そう思っていた。
「…………」
けれど。
実戦というのは、残酷なものである。
訓練でもなく練習でもない、本物の戦い。
本物とはつまり――命が懸かっているということ。
焦り、不安、恐怖、息切れ、震え、緊張、硬直、心配……どれか一つでも表に現れれば、生死の結果は容易に後者に傾く。
例え致死率1パーセント未満の毒であっても、平気な顔をして飲める人間がいないように。
死とは、それほどまで内側に食い込んでくる。
故に。
この場にいた十数人の中のたった一人が、死の恐怖に怯えたとして。
それは何ら不思議なことではなく。
むしろ――必然だった。
「……――――ぎゃああああああああああああああああっ⁉」
鮮血が宙に舞う。
俺たちの任務が、産声を上げた瞬間だった。
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