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信頼

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 空を舞う赤と、響き渡る悲鳴。
 平常心を奪うには充分な要素だった。

「う、うわあああああああ‼ 出たぁ‼」
「こっちに来るなぁ‼」

 方々で火花が散り、閃光が走る。
 誰かが負傷したことをきっかけに、大勢が反射的に魔法を発動してしまったようだ。

「お、落ち着け! 陣形を乱すんじゃない!」

 ドット隊長の指示も虚しく、一度始まったパニックは簡単には収まらない。
 各々が目の前に迫る脅威に怯え、とにかく魔法を連発しまくっている……くそ、状況が読み取れない。

「敵はローグフェンリルです、ジンさん! 巨大なボス個体を中心に、小型の仲間が不意打ちを仕掛けてくるモンスターです! 既に小型が複数体、私たちを取り囲むように散っています!」

 冷静に魔力感知を行うエリザが、素早く事態の整理をする。
 なるほど、ローグフェンリルね……狼を模したモンスターで、ボスの体躯は十メートルほど。群れの数は四十から五十くらい、だったか。
 無論、俺一人なら問題なく処理できるし、エリザとライズにとっても余裕の相手だろう。
 だが、パニックに陥った集団を守りながらとなると話は変わってくる。
 まずはどこから手を付けるべきだ? 最初に負傷した兵士のところ? それとも自分たちの安全確保か?
 なんて、柄にもなく数秒固まっていると。

「【炎の舞バタフライ】!」

 俺の隣で、赤い炎が燃え盛る。

「怪我人は任せて! 他はよろしくっ!」

 一早く動き出したのはライズだった。
 炎を身に纏うことで身体能力を上昇させる魔法か……火柱を上げながら、あっという間に前方へ消えていく。

「……よし。エリザは周辺に潜んでる小型を処理してくれ。俺は全体を見ながら親玉を叩く」
「委細承知です! 【アイスレイド】!」

 瞬時にこちらの意図を組み、エリザは広範囲に冷気を振りまく。
 青魔法陣レベルの敵なら、エリザの氷魔法に対抗できないだろう。

「……【悪魔化イリーガル】」

 ライズとエリザがカバーできていないエリアを見極め、突進。
 統率が取れずバラバラに動いている兵士たちの間を縫い、まずは一匹目。
 次いで二匹目。三匹目。
 頭部を確実に狙い、拳で貫いていく。

「あらよっと」

 兵士を地面に組み伏しているフェンリルを蹴り上げ、四匹目。
 うん、ライズとエリザがいれば、この処理速度でもなんとかなりそうだ。

「えっと……」

 先ほどまでフェンリルに襲われていた青年が、腰を抜かしたまま俺を見上げる。

「あ、ありがとう……助かったよ」
「礼はいいよ。それより、お仲間さんたちに落ち着くよう言ってきてくれ。無駄にちょこまかされると邪魔になるからな」
「あ、ああ……わかった。みんな、落ち着くんだ!」

 兵士は何とか立ち上がり、声掛けを始めた。
 効果は期待できないが、気休めにはなるだろう……さて。

「……」

 ボス個体は未だ深い木々に身を潜めているが、しかしその巨体を完全に隠しきるのは不可能である。
 目を凝らし、音を聞け。
 魔力感知ができない以上、俺に残されているのは五感のみ。
 集中しろ、ジン・デウス。

「……ビンゴ」

 その場で勢いよく跳躍。
 右斜め前方――視認。
 対象への距離、適正ジャスト

「くたばれ、犬っころ」

 大木を薙ぎ倒して姿を現した親玉の頭頂部目掛けて、右の踵を打ち付ける。
 全くの抵抗なく、狼の頭蓋は砕け散り。
 絶命とともに、幾ばくかの魔石が飛び散った。

「なっ……お前、今のは一体……」

 一部始終を見ていたらしいドット隊長が言葉を飲む。

「まあ、ご覧の通りボスは倒したよ……それにほら、小型の方も落ち着いてきたんじゃない?」

 見れば、爆炎と氷塊が次々と打ちあがっていく。
 あの調子なら敵の数もだいぶ減っただろう。
 ほどなくして。

「隊長! フェンリルたちの逃走を確認しました!」
「こちらもです! 目視範囲内、感知範囲内ともにモンスターはいません!」

 口々に報告が上がり、脅威が去っていったことを告げる。

「そうか……うむ、みなご苦労! ただちに負傷者の総数を確認し、救護陣形に移れ!」
「イエッサー!」

 数分前の混乱が嘘のように、迅速に動き始める軍人たち。
 実際にできるかどうかは別の話で、日々訓練を積んでいるのは本当なのだろう。

「報告します! 第一班、負傷者ゼロ名! 第二班、軽傷者二名! 第三班、軽傷者二名重傷者一名! 以上!」
「……わかった。二班と三班は早急にダンジョンから脱出しろ!」
「だ、脱出ですか?」
「隊長命令だ! 急げ!」
「イエッサーー!」

 伝令役の兵士は敬礼し、仲間の元に戻っていった。

「逃がすんだな、部下のこと」
「……訓練では優秀でも、彼らにはまだ実戦に耐えうる精神がなかった。完全に俺の判断ミスだ。これ以上怪我人が増える前に撤収させるのが、隊長の務めだ」

 渋い顔で唇を噛むドット隊長。

「本来、あの程度の敵に後れを取る奴らではないのだが……世の中は結果が全てだからな。今回の任務は、彼らにとって荷が重かったようだ」
「甘いんだか優しいんだか、よくわかんないな」
「彼らは再び鍛えなおし、俺は指揮能力を上げる。それだけのことだよ」
「ふーん……で、そっちはあんた含めて四人になっちゃったわけだけど、どうするの? 任務続行?」
「……一つ、頼みがある」

 言いながら、隊長は俺に向き直った。

「先ほどの戦いで、君たちの冒険者としての実力はハッキリ見せてもらった……それから、真っ先に怪我人の元へ走る献身性もな。君たちがいなければ、我々の部隊はさらなる大打撃を受けていたに違いない。今までの非礼を詫びさせてくれ。すまなかった」
「詫びって言われても、俺は別に気にしてないから。あとでライズに謝っといてくれ。怪我人のところへ行ったのもあいつだし」
「承知した。ただの生意気な小娘だと思っていたが、立派な冒険者のようだ」
「……で、頼みってのは?」

 ドット隊長はコホンと咳払いをし、それから綺麗な敬礼をする。

「神隠しの調査は、君たち主導で進めてもらえないだろうか。俺と仲間は全面的にバックアップに徹し、邪魔はしないと約束しよう。俺は君たちを信頼する」

 信頼、ね。
 まあ、元々自分たちで仕事をする気だったし、断る必然性は皆無か。

「……おっけー、任せて。バックアップにかこつけて、こき使っちゃったらごめんね」
「これだから冒険者は……まあ、ある程度は許容しよう。それが信頼というものだ」

 自慢の口ひげをピンと伸ばし、ドット隊長は初めて笑顔を見せたのだった。

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