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レベル1の転生者 002
しおりを挟む勢い余って自殺と言ってしまったが、その表現は些か誤解を招くだろう。
僕は別に、死ぬつもりなんてなかった。
ただ、疲れていたのだ。
終電間際まで続く残業。
いくら働いても増えない給料。
半年で辞めていった同期。
寝て起きるだけの1K。
趣味もなく惰眠を貪る休日。
親と仕事関係以外の連絡先がない携帯電話。
友人もなく。
恋人もなく。
何のために生きているかわからない毎日。
この先の人生に、期待も希望もなかった。
無意味に日々を消化していくだけ。
無気力に息をするだけ。
僕より不幸な人は大勢いるけれど。
僕を不幸だと思う人は、僕以外にいなかった。
死にたかったわけではない。
けれど同じくらい、生きたかったわけでもない。
だからあれは、自殺なんかじゃないのだろう。
僕は自ら死を選択できる程、強くなかった。
糸が切れた、と言うべきだろうか。
世間体とか、家族への情とか、仕事への責任感とか……そんな、僕をぎりぎり人間として成立させていた糸が、ぷつりと切れたのだ。
まあ、ともかく。
高野一夏が死んでしまったという事実……それを思い出したからこそ、僕は自分の置かれている現状を別の視点で捉えようと試みたのだ。
覚めない夢を、現実だと考えてみることにした。
つまり――転生。
今までの僕は死に、新たに別人として生まれ変わったのだと、そう解釈し。
二度目の人生を生きようと、決めたのだ。
さて、どうやら僕が高野一夏ではない別人に転生したのは確かなようだ。
そうとわかれば、はてさてここは一体どこなのかという疑問が沸いてくる。
両親が日本人でないことは、容姿と言語からすぐに判断できた。
しかし、そこから先がわからない。
結果、僕がこの世界の実情を知るまでにはかなりの時間を有した。
両親の会話から言語を学び、その内容を聞き取る作業を続けて半年。
僕は、知ることになる。
僕が転生したのは、高野一夏が生きていた世界とは全く違う法則で成り立っている、異世界なのだと。
一番の違い。
それは、レベルとステータスという概念の存在だ。
全ての人間は、生まれた時点ではレベル1。
そこからレベルを上げることで、ステータスも上昇する。
そんなRPGゲーム染みた概念が、現実のものとして存在しているのだ。
こうした概念を成立させているのが、マナという物質。
簡単に言えばエネルギーである。
この世界では何を動かすにもマナが必要で、さながら電気やガソリンの代替品のようなものだ。
だが、マナを最も有効活用しているのは、人間自身である。
僕らはマナを吸収することでレベルを上げ、ステータスを高め、スキルという名の特別な力を覚えるのだ。
マナはこの世界の根幹を支え、法則を成り立たせる超常的な物質なのである。
そして、そのエネルギーを効率よく集める代表的な方法が、魔物の討伐だ。
奴らは体内にコアと呼ばれるマナの結晶を持ち、それを砕くことで大量のマナを手に入れることができるのである。
魔物を倒してレベルを上げ、さらに強い魔物を倒す。強力な魔物から入手したコアは純度が高く高値で売れ、生活が潤う。
そうやって魔物を討伐して暮らす人たちのことを冒険者と呼び。
僕やキリスも、冒険者の端くれだった。
ここまで頭の中を整理したところで、僕は再び嘆息する。
キリス。
エレナ。
ガジ。
あの三人の幼馴染は、それぞれ20前後までレベルを上げていた。
対して僕は――1。
生まれた時のまま。
転生した時のまま。
変わらず、1のままだ。
ほとんど同じ量のマナを吸収しているにもかかわらず、である。
レベルの上がり方には個人差があるとはいえ、ここまで明確な差が出るのは異常だ……ごく稀に、レベルアップに必要なマナ量が膨大な人間もいるとは聞くが、僕のそれは一線を画している。
それでも、昔は良かった。
幼馴染四人で、低級の魔物を一生懸命倒していた。
『イチカは人より成長が遅いだけだよ』
『そういう人はレベルが上がった時、一気にステータスが伸びるんだって』
『いいなー、そっちの方が強くなれるじゃん。羨ましいぜ』
『一緒に頑張ろうよ、イチカ』
『俺たち、仲間じゃないか』
『私たち、友達でしょ』
なんて、あいつらに励まされたこともあったっけ。
仲間……友達か。
高野一夏として生きていた時には得られなかった、本当の友達。
魔物を倒すという、互いに命を預け合う経験を通して――心も通じ合ったと思っていた。
危険な世界だけれど、こうして本当の友達ができるのなら悪くもないかなって。
そう思っていた。
でも蓋を開けてみれば……僕はまたしても、空虚で空っぽな人生を送ることになってしまったようだ。
一度目も二度目も変わらない。
遠くなり始めている記憶を掘り起こせば、高野一夏もよく無能と言われていたっけ。
結局のところ。
僕は何も変わっちゃいないのだ。
現実という理不尽が押し寄せる世界でも。
スキルなんていう荒唐無稽な力が存在する世界でも。
僕に、生きる意味なんてない。
◇
「生きる意味がある人間の方が少ないさ。私がそう言うんだから間違いない」
白い。
視界が白く濁り、白く澄んでいく。
「おや、まだ寝ぼけているのかな? それとも眠れていないのかな? まあどっちでもいいんだけどね」
頭に直接語り掛けられるような不思議な感覚。
だが、声の主は実際に目の前に存在していた。
中学生くらいの、若々しい笑顔をした女の子……全身を真っ白な衣服で包み、同じく真っ白な椅子に腰かけている。
色素の薄い眼と髪が、見た目の年齢にそぐわぬ神々しさを彼女に与えていた。
「あのー……」
「君の疑問に素早く手早く正確に答えることはすこぶる簡単だけれど、その前に挨拶をしようか。自己紹介は大事さ、特に初対面の間柄ならね」
「はぁ……初対面以外に自己紹介するタイミングも、ないと思いますけど」
「確かにと言いたいところだが、私は職業柄、同じ人間に自己紹介をすることが多くてね……一回目が肝心なんだ、こういうのは」
「そうですか……」
なんだろう……妙に神々しい雰囲気と独特な語り口の所為か、自然と身構えて敬語になってしまう。
相手は中学生くらいの子どもなのに、本能が警戒しているようだ。
そんな不思議な雰囲気を纏う真っ白な子どもが、おもむろに口を開く。
「では改めて……はじめまして、イチカくん。私は見ての通り、カミサマだよ」
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