恋風

高千穂ゆずる

文字の大きさ
上 下
18 / 70
風の色

(4)

しおりを挟む
 しばらく顔を見せていなかった田畑が、再び月季花にやって来たのは、木曜日の晩だった。
 明日は喬一が迎えに来る日だ。抵抗などして田畑の機嫌を損ねたりしたら、また喬一に会えなくなってしまう。
 そう考えた亮は、大人しく田畑のすべての要求に応えようと思った。それで喬一に会えるのなら、容易いことだ。ちっぽけな自分の一握りのプライドなど、喬一と会えない辛さに比べれば考えるべくもない。
 久しぶりに現れた目の前の田畑は、亮を抱く前の紳士然とした態度は少しも変わっていなかった。亮の首筋に鼻先を突きつけ、満開の百合の香りでも楽しむように、湯浴みを終えたばかりの少年の匂いを嗅いだ。
「清潔な良い香りだ。僕の為に綺麗にしてくれたんだね?」
 亮は小さな声で、はいと答える。
 田畑は、いつにも増して長い舌でねっとりと少年の首筋を舐め上げ、耳朶を一噛みした。身じろぎしそうになるのを必死で堪える。
「今夜の君の従順さには裏があるのだったね。明日は金曜日でお迎えが来るのだと聞いたよ。おまけにそいつは君の情夫(イロ)だと言うじゃないか。ぼくがこうして抱いているというのに、君はその男のことばかり考えているわけだ」
 亮は咄嗟に首を振った。ここで気取られては元も子もない。
 田畑は、妬けるよね、と蛇のような目でみつめ、にたりと笑った。一瞬、自分の考えが浅はかだったかと亮は後悔したが、ここで諦めては駄目なのだと自分を奮い立たせた。
「そんなこと……ありません。今夜は……た、田畑さんに……だか、抱かれるためにぼくは、ここで……ずっと待っていたのですから」
 男は亮の頬を鷲掴みにすると、爪を俄かに立てながら、
「嘘を言うものじゃない。それなら、きみのここを勃たせてごらん」  
 前回抱かれた時は、そのあまりの恐怖から勃起しなかった。今夜、本当に抱かれる気があるのなら勃たせてみろと田畑は言う。
 もし思うようにいかなかったら、また、あの酷い仕打ちが待ち受けているのだろうか。亮は身を竦ませた。
「僕に触れられると勃起しないと言うのなら、さあ、自分でやってごらん」
 田畑は亮に自慰を強制した。ここにいるのは田畑ではなく、喬一なのだと思い込むことにした。喬一に抱かれている時を思い出し、自らの手を彼のものだとして、やんわりと握り込む。そうすることで脈を打ち始めた性器は、徐々に快楽を思い出し、反り返り始めた。
「ひっ」
 まったく予想していなかった行為を受けた亮の口から、短い悲鳴が漏れる。勃ち上がったばかりの茎を、田畑が口に含んだのだ。薄く茂る恥毛の中へ鼻先を擦りつけるように、根元まで咥え込んでいる。
いやだいやだと腰を引いて逃げようとしたが、亮の身体はそのまま畳の上へ押し倒されてしまった。
「今夜は何でも言うことを聞くのだろう? ……ん?」
 喬一会いたさに、泣きそうになるのを血が滲むほど唇を噛んで堪え、震える声で、はいと頷いた。
 うつ伏せにさせられ、長い楔を無遠慮に突き立てられる。何度も繰り返される抽挿のおかげで、時間の感覚はすでに失われていた。
以前も感じたことだが、田畑の性欲には底がない。亮の襞は前回の傷がようやく癒えたばかりだというのに、その激しい抽挿のおかげでまた裂けてしまった。鮮血が内股を幾筋にもなって伝い落ちていく。
 その光景があまりにも扇情的で、興奮した野蛮な男は、口元を醜く歪めた異様な笑みで突き上げを繰り返した。
「どうしてこんな……」
「どうしてこんな酷いことを? それはきみが他の男のことを考えているからだよ」
 亮は、絶望的な吐息を吐く。自分の内腿を伝っていく生暖かい血のぬるりとした感触。ふと脳裏に雪也の姿が浮かび上がった。

『どんなに酷い傷を受けても、必ず俺が治してあげる』

 ああ。また雪也に世話をかけるのだと思った。
 田畑の独りよがりな性からようやく解放された亮は、もそもそと布団に潜り込み、満足げに部屋を出て行く身勝手な男の姿を見ることもなく泥のように眠った。
しおりを挟む

処理中です...