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忙しない季節とキスの痕(此木視点)
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朝食を済ませると、いつも通りソファでゆっくりと過ごすことにした。敬久さんが淹れたお茶とシュトーレンが入った皿を机に置き、二人で配信の映画を観た。
映画は有名なシリーズ物の一作目だ。オレはこのシリーズの一作目は観たことがなかったので興味深かった。敬久さんは観たことがあるらしかったけれど、何度観ても新しい発見があると言っていた。確かに面白かったので、オレは画面に釘付けになっていた。
「はぁ……面白かったです。映像にこだわりがあって良いですね」
「だよねえ。一作目は賛否があったみたいなんだけれど、シリーズが続く内にどんどん人気になったみたいだよ」
「そうなんですね。オレ、このシリーズをちゃんと観たことなかったので、こういう話だったんだなあって改めて思いました」
映画を観終わると楽しく感想を語り合った。敬久さんは「食べるのを忘れていたよ」と言ってシュトーレンを齧った。オレの方も映画に夢中になっていたので、お茶を飲みそこねていた。敬久さんがせっかく淹れてくれたのになと反省しながら、冷めたお茶を飲み干した。
「今日は買い出しに行きますか?」
「ううん、明日君を駅に送って行くついでに、買い出しに行くから大丈夫だよ。食料もまだあるし」
彼はシュトーレンを食べ終わると、再び皿に手を伸ばした。気に入ってくれているようだ。
「分かりました。じゃあ今日はゆっくり過ごしましょうね」
「うん……」
敬久さんは手に持ったシュトーレンを見つめながら頷いた。気のせいか、朝からそわそわしているように見える。
――ベッドでキャンプの話をした辺りから……何かを言い出すタイミングを伺っているような感じがする……敬久さんは溜め込むタイプだからな……何か話し辛いことがあるのだろうか……
『話し辛いこと』という言葉を自分で思い浮かべておきながら、ドキリとしてしまった。
「……あの、敬久さん……何か、オレに話したいことがあるのでしょうか……?」
「え」
シュトーレンを見つめていた敬久さんがこちらを向いた。
「ああ……僕、そんなに分かりやすかった? 遥君は鋭いよね」
「……いえ、分かりやすいっていうか……そわそわしているような気がしたので。何というか……その……話し辛いことですか?」
彼はいつも穏やかで飄々として、考えていることをあまり表に出さない。
――そこが魅力でもあるんだけれど……いや、オレは何を考えているんだ……こんな躊躇うくらいに話し辛いことかもしれないのに……
後ろ向きな自分の思考を振り払い、敬久さんがシュトーレンを持つ手を握った。
「何でも言ってください。オレは……あなたがくれる言葉だったら……全部受け入れたいって思っていますから」
「遥君……」
敬久さんは嬉しさと気まずさが混じったような複雑な表情になった。
「不安にさせてごめん……でも、そんな風に言って貰えるのは……すごく嬉しいよ」
彼は空いている方の手でオレの頬を撫でた。
「僕がそわそわしていたから……君を振り回しちゃったんだね」
「あなたに振り回されるのは、本望ですから……」
「ふふ……ありがとう。ただ、君に話し辛いことってわけじゃないから、あまり身構えないで欲しいな……」
そう言って困ったように笑った。
「君に渡したいものがあるんだ」
「渡したいもの?」
「うん。取ってくるから、待ってて」
敬久さんが立ち上がろうとするので手を離した。彼は立ち上がる前に持っていたシュトーレンを二つに割り、オレの口元に持って来た。
「半分手伝ってもらって良いかな」
「も、もちろんです」
敬久さんに物を食べさせてもらうという行為に抗えるわけがない。オレは口元のシュトーレンに齧りついた。半分とは言っていたけれど、オレに差し出して来た方はだいぶ大きい。お茶を飲み干すんじゃなかったなと後悔しながら、モソモソとシュトーレンを食べた。敬久さんはそんなオレの姿を愛しそうに眺め、もう片方をペロリと食べた。
「じゃあ、すぐ戻るから」
「……はい」
オレがシュトーレンを咀嚼していると、彼はソファから立ち上がった。そして思い出したように身をかがめ唇にそっとキスをして来た。
「ん……」
「甘い味がする」
「ぅあ……」
唇を名残惜しそうに指先でなぞられ、胸の鼓動が早くなった。
「君は本当に可愛いね」
オレが目を白黒させていると、敬久さんはふっと笑ってリビングから出て行った。残されたオレはドキドキし過ぎたせいか、シュトーレンの味が分からなくなっていた。
映画は有名なシリーズ物の一作目だ。オレはこのシリーズの一作目は観たことがなかったので興味深かった。敬久さんは観たことがあるらしかったけれど、何度観ても新しい発見があると言っていた。確かに面白かったので、オレは画面に釘付けになっていた。
「はぁ……面白かったです。映像にこだわりがあって良いですね」
「だよねえ。一作目は賛否があったみたいなんだけれど、シリーズが続く内にどんどん人気になったみたいだよ」
「そうなんですね。オレ、このシリーズをちゃんと観たことなかったので、こういう話だったんだなあって改めて思いました」
映画を観終わると楽しく感想を語り合った。敬久さんは「食べるのを忘れていたよ」と言ってシュトーレンを齧った。オレの方も映画に夢中になっていたので、お茶を飲みそこねていた。敬久さんがせっかく淹れてくれたのになと反省しながら、冷めたお茶を飲み干した。
「今日は買い出しに行きますか?」
「ううん、明日君を駅に送って行くついでに、買い出しに行くから大丈夫だよ。食料もまだあるし」
彼はシュトーレンを食べ終わると、再び皿に手を伸ばした。気に入ってくれているようだ。
「分かりました。じゃあ今日はゆっくり過ごしましょうね」
「うん……」
敬久さんは手に持ったシュトーレンを見つめながら頷いた。気のせいか、朝からそわそわしているように見える。
――ベッドでキャンプの話をした辺りから……何かを言い出すタイミングを伺っているような感じがする……敬久さんは溜め込むタイプだからな……何か話し辛いことがあるのだろうか……
『話し辛いこと』という言葉を自分で思い浮かべておきながら、ドキリとしてしまった。
「……あの、敬久さん……何か、オレに話したいことがあるのでしょうか……?」
「え」
シュトーレンを見つめていた敬久さんがこちらを向いた。
「ああ……僕、そんなに分かりやすかった? 遥君は鋭いよね」
「……いえ、分かりやすいっていうか……そわそわしているような気がしたので。何というか……その……話し辛いことですか?」
彼はいつも穏やかで飄々として、考えていることをあまり表に出さない。
――そこが魅力でもあるんだけれど……いや、オレは何を考えているんだ……こんな躊躇うくらいに話し辛いことかもしれないのに……
後ろ向きな自分の思考を振り払い、敬久さんがシュトーレンを持つ手を握った。
「何でも言ってください。オレは……あなたがくれる言葉だったら……全部受け入れたいって思っていますから」
「遥君……」
敬久さんは嬉しさと気まずさが混じったような複雑な表情になった。
「不安にさせてごめん……でも、そんな風に言って貰えるのは……すごく嬉しいよ」
彼は空いている方の手でオレの頬を撫でた。
「僕がそわそわしていたから……君を振り回しちゃったんだね」
「あなたに振り回されるのは、本望ですから……」
「ふふ……ありがとう。ただ、君に話し辛いことってわけじゃないから、あまり身構えないで欲しいな……」
そう言って困ったように笑った。
「君に渡したいものがあるんだ」
「渡したいもの?」
「うん。取ってくるから、待ってて」
敬久さんが立ち上がろうとするので手を離した。彼は立ち上がる前に持っていたシュトーレンを二つに割り、オレの口元に持って来た。
「半分手伝ってもらって良いかな」
「も、もちろんです」
敬久さんに物を食べさせてもらうという行為に抗えるわけがない。オレは口元のシュトーレンに齧りついた。半分とは言っていたけれど、オレに差し出して来た方はだいぶ大きい。お茶を飲み干すんじゃなかったなと後悔しながら、モソモソとシュトーレンを食べた。敬久さんはそんなオレの姿を愛しそうに眺め、もう片方をペロリと食べた。
「じゃあ、すぐ戻るから」
「……はい」
オレがシュトーレンを咀嚼していると、彼はソファから立ち上がった。そして思い出したように身をかがめ唇にそっとキスをして来た。
「ん……」
「甘い味がする」
「ぅあ……」
唇を名残惜しそうに指先でなぞられ、胸の鼓動が早くなった。
「君は本当に可愛いね」
オレが目を白黒させていると、敬久さんはふっと笑ってリビングから出て行った。残されたオレはドキドキし過ぎたせいか、シュトーレンの味が分からなくなっていた。
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