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愛しさと逃げ出したい気持ち・後編
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カインとのデートから五日経ち、ニーナは平原を走る馬車の中にいた。やっと馬車の予約が取れたのは喜ばしかったが、町を離れることには多少の迷いがあった。
(カインとどうなりたいか、ちゃんと考えないと)
護衛付きの馬車は窓に添うように長椅子が設置され、固い背もたれが申し訳程度についている。割高な料金だったが内装は乗合馬車とほとんど変わらないなとニーナは少しがっかりした。
(まだ一週間も経っていないのに、ずっと前にカインと話をしたような気分だ)
このまま逃げ出したいと考えることもあったが「信用している」と言ってくれたカインの顔を思い浮かべると、そんな酷い真似はもうしたくなかった。
ニーナは暗い考えに溺れないように馬車の床板の木目を数えていたが、流石に疲れたのでふっと息を漏らした。下に向けていた顔を上げ、青々と草が生い茂る平原を窓からチラリと見た。
この平原のどこかにカインがいると思うと、ニーナの胸はキュンと鳴った。家族以外でこんなに誰かのことを想うのはニーナには経験がないことだった。
(あんなに自分のこと話したのなんて、生まれて初めてだ。話を聞いてもらってから少しだけ楽になった気がする)
喪失の痛みや苦しみはけして消えないけれど、カインと一緒ならばその痛みを撫でながらニーナは何とか生きていける気がした。
(そんな風に思うのって恋愛の好きってことじゃないか? 娼館の奴らともっと恋愛話とかしておくんだったな……)
ニーナは抱えている旅行鞄を撫でた。旅行鞄の中には着替えや旅券が入っている。自分でも驚く程持ち物が少なかったが、同僚達から餞別だと言って菓子やら身繕い用の化粧品やらを詰め込まれたので、今は見た目の割にぎっちりと重い。
(……オレの物より貰った物の方が多い。まあ、化粧品とかは道中路銀に困ったら売れるし、良いけど)
あとは絵葉書やら便箋やらが入っていたが、ほんの少しのスペースしか使っていない。出発する際にカインに手紙を書こうと思ったけれど、ニーナは書くことが何も思い浮かばなかった。
(カインは今、何をしているんだろう)
ニーナは探知魔法がかかった手のひらを撫でた。窓の外には護衛達が乗った馬がチラチラと見える。護衛達は冒険者ギルドからの派遣だが、魔獣討伐を行っている冒険者達とは別の団体らしかった。
(デートで泊まった日も朝早くって言うか……夜明け前に宿を出たしな。相変わらず忙しそうで心配だ)
馬車に乗る前に歓楽街で聞いた噂では、平原の魔獣は人間に捨てられた動物が凶暴化した姿だとか、隣国の違法な研究によって異常繁殖しただとか、三文小説のような内容がほとんどだった。多少は信憑性を期待していたニーナはげんなりしてしまった。
(カインが危ない目に合っていなければ良い。でも多分カインってA級冒険者だよな? オレなんかが心配する必要はないかな……)
冒険者の階級はA級が最上位だ。S級という階級も存在するが、通常の冒険者はまずなれない特殊な階級らしい。ニーナもそこまで冒険者に詳しくはないが、娼館の主人のカインへの対応や討伐内容からA級冒険者だろうなと予測をつけていた。
(冒険者になりたての頃の話とか聞いてみたいな。最初は見習いからスタートだって聞くし、昔のカインは可愛い仔犬だったんだろうな~)
今は逞しく凛々しい大型犬だが、あの体格になるには相当努力したことだろう。ニーナはカインの傷だらけの体を思い浮かべた。
(そうだ、また昔話を聞きたいって手紙に書こう)
カインのことを考えていると胸の奥がふわふわと熱くなり、切ない気持ちが体中に広がっていく。体験したことがない奇妙な感覚に、ニーナはこれが「恋心」なのかと首を傾げた。
(でも、まだ逃げ出したい気持ちもあるし……この馬車は王都じゃなくて港町行きだけど、オレの気持ちは、もう……決まったようなものだよな……?)
馬車を予約する際、王都ではなく迷わず港町行きの便を選んでいた。長年の逃げグセが体に染み付いているなと自分自身に呆れた。
港町へは宿泊を伴いながら馬車で七日程かかる。途中王都も経由するので、時間があれば寄ってみるのも良いなとニーナは考えていた。
(手紙を出すからってカインの家の場所を教えてもらったし。カインはまだ仕事中だからいないけど、遠くから家を見るくらい……良いかな)
甘い想いが胸の中で渦巻いている。はっきりしない感情でカインの側にいては、また傷つけてしまいそうでニーナは「恋心」らしきものに対して慎重になっていた。
(カインとどうなりたいか、ちゃんと考えないと)
護衛付きの馬車は窓に添うように長椅子が設置され、固い背もたれが申し訳程度についている。割高な料金だったが内装は乗合馬車とほとんど変わらないなとニーナは少しがっかりした。
(まだ一週間も経っていないのに、ずっと前にカインと話をしたような気分だ)
このまま逃げ出したいと考えることもあったが「信用している」と言ってくれたカインの顔を思い浮かべると、そんな酷い真似はもうしたくなかった。
ニーナは暗い考えに溺れないように馬車の床板の木目を数えていたが、流石に疲れたのでふっと息を漏らした。下に向けていた顔を上げ、青々と草が生い茂る平原を窓からチラリと見た。
この平原のどこかにカインがいると思うと、ニーナの胸はキュンと鳴った。家族以外でこんなに誰かのことを想うのはニーナには経験がないことだった。
(あんなに自分のこと話したのなんて、生まれて初めてだ。話を聞いてもらってから少しだけ楽になった気がする)
喪失の痛みや苦しみはけして消えないけれど、カインと一緒ならばその痛みを撫でながらニーナは何とか生きていける気がした。
(そんな風に思うのって恋愛の好きってことじゃないか? 娼館の奴らともっと恋愛話とかしておくんだったな……)
ニーナは抱えている旅行鞄を撫でた。旅行鞄の中には着替えや旅券が入っている。自分でも驚く程持ち物が少なかったが、同僚達から餞別だと言って菓子やら身繕い用の化粧品やらを詰め込まれたので、今は見た目の割にぎっちりと重い。
(……オレの物より貰った物の方が多い。まあ、化粧品とかは道中路銀に困ったら売れるし、良いけど)
あとは絵葉書やら便箋やらが入っていたが、ほんの少しのスペースしか使っていない。出発する際にカインに手紙を書こうと思ったけれど、ニーナは書くことが何も思い浮かばなかった。
(カインは今、何をしているんだろう)
ニーナは探知魔法がかかった手のひらを撫でた。窓の外には護衛達が乗った馬がチラチラと見える。護衛達は冒険者ギルドからの派遣だが、魔獣討伐を行っている冒険者達とは別の団体らしかった。
(デートで泊まった日も朝早くって言うか……夜明け前に宿を出たしな。相変わらず忙しそうで心配だ)
馬車に乗る前に歓楽街で聞いた噂では、平原の魔獣は人間に捨てられた動物が凶暴化した姿だとか、隣国の違法な研究によって異常繁殖しただとか、三文小説のような内容がほとんどだった。多少は信憑性を期待していたニーナはげんなりしてしまった。
(カインが危ない目に合っていなければ良い。でも多分カインってA級冒険者だよな? オレなんかが心配する必要はないかな……)
冒険者の階級はA級が最上位だ。S級という階級も存在するが、通常の冒険者はまずなれない特殊な階級らしい。ニーナもそこまで冒険者に詳しくはないが、娼館の主人のカインへの対応や討伐内容からA級冒険者だろうなと予測をつけていた。
(冒険者になりたての頃の話とか聞いてみたいな。最初は見習いからスタートだって聞くし、昔のカインは可愛い仔犬だったんだろうな~)
今は逞しく凛々しい大型犬だが、あの体格になるには相当努力したことだろう。ニーナはカインの傷だらけの体を思い浮かべた。
(そうだ、また昔話を聞きたいって手紙に書こう)
カインのことを考えていると胸の奥がふわふわと熱くなり、切ない気持ちが体中に広がっていく。体験したことがない奇妙な感覚に、ニーナはこれが「恋心」なのかと首を傾げた。
(でも、まだ逃げ出したい気持ちもあるし……この馬車は王都じゃなくて港町行きだけど、オレの気持ちは、もう……決まったようなものだよな……?)
馬車を予約する際、王都ではなく迷わず港町行きの便を選んでいた。長年の逃げグセが体に染み付いているなと自分自身に呆れた。
港町へは宿泊を伴いながら馬車で七日程かかる。途中王都も経由するので、時間があれば寄ってみるのも良いなとニーナは考えていた。
(手紙を出すからってカインの家の場所を教えてもらったし。カインはまだ仕事中だからいないけど、遠くから家を見るくらい……良いかな)
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