【完結/BL/R18】獣人のオレは娼館で働いているのに初心な大型犬に絆されて、それから

テルマ江

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キスは好きな人と

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「へー、ここの宿舎には大浴場があるんだ」
「ああ、職員や兵士が利用するので入れる時間は決まっているが、広い風呂は良いものだ」

 ニーナはカインの手を両手で握り、病室のベッドの上で寄り添う格好になって、カインの話を興味深く聞いていた。

「良いな~。療養施設にはないからなあ」

 療養施設は怪我をした兵士が利用する施設なので簡易なシャワーがあるのみだった。

(お湯が使えるだけでもありがたいけど……やっぱり広いお風呂に浸かるのは気持ち良さそうだな)

 話している内にカインの緊張は解れて来たようで、手は普段通り温かくなっている。ニーナは握った手から伝わる体温を心地良く感じていた。

「国境沿いの町に滞在することもあるが、あちらの宿舎は設備が必要最低限なので……ここの風呂が密かな楽しみになっていた」
「そうなんだ。そういうのって大事だよね」

 ニーナも娼館勤務時代、指名が無い時や暇な待機時間には建物の裏口にあるハーブの鉢植えの手入れをしていた。

 鉢植えは娼館の主人が店で出すハーブジュース用に育てていた物で、小遣い稼ぎの一環で面倒を見ていただけだったが、手をかけた分だけ育つ様にニーナは妙なやりがいと癒しを感じていた。

「仕事中に一息つける場所があるのは良いことだよ」
「そうだな。今はこちらに来るとニーナに会えるので、楽しみが増えた」

 カインは寄り添うニーナに穏やかに微笑みかけた。

「カイン君のお役に立てて良かったよ」
「ニーナは療養中、不便を感じていないか? 何か必要な物があれば遠慮なく言ってくれ」
「えー、オレのことそんな甘やかしちゃダメだよ」

 ニーナはクスクスと笑った。

(こんな風に過ごせて幸せだな。生きてカインの側にいることが出来て……本当に幸せだ)

 他愛無い話をして笑い、お互いを気遣ったり、心配したり、愛しいと感じたりする――そんなごく普通とも言える日常が素晴らしく得難い物だとニーナはよく知っていた。

「オレの欲しい物はさ、もうカインからいっぱい貰ってるよ」
「そうか……以前の俺はニーナが欲しい物が分からなかったが、今は、少しだが分かるようになった。ニーナが俺に心を打ち明けてくれたからだろうか」
「カイン……」

 見つめ合っているとまたカインを求めて歯止めが効かなくなりそうだ。ニーナは慌てて目を伏せてカインの手をマッサージするように撫でた。

「手、冷たくはなくなったけど、まだちょっと強張ってるかな」
「そうかもな……」

 カインは先程からされるがままになっている。

「……ニーナに撫でられると気分が良くなる」
「じゃあ、沢山撫でよう!」

 よしよしと手を撫でているとカインはニーナの額の辺りをジッと見つめた。

「傷跡が少し残っているな」
「そう? 髪の毛で分かんないし、オレは気にならないけど」

 額の怪我はカインの治癒魔法で治してもらった。魔獣に襲われ満身創痍の中、額に降り注いだカインの魔法の光は、約束を果たせず状況に身を委ねようとしたニーナには希望の光のように映っていた。

(折角カインに治してもらったから、オレはこのままが良いのに。カインは自分が治療した所だから気になっちゃうのかな?)

 カインはニーナの髪に顔を寄せ、動物が甘える時の様にグリグリと頬ずりした。ニーナはくすぐったいのと、カインの仕草が可愛いのとでまた胸が騒がしくなった。

「……後で治療術師に念入りに治療するよう頼みに行って来る」
「ここまで治ったんだから、もう自然に任せれば大丈夫だよ」
「だが……」

 ニーナのことを考えてくれるのは嬉しかったが、流石に成人した男に対して過保護が過ぎる。

「胸とか腕の傷もかさぶたになってるし。これ以上治療が長引いたら……一緒に王都に帰れなくなっちゃうだろ。それに、カインが魔法をかけてくれた所は、そのままが良いなって……」

 手を撫でるのを止めて上目遣いで見上げると、カインは目を細めて眩しそうにニーナを見つめ返した。

「ニーナ、俺はあの時……もう少し到着が遅れていたらと、今でも恐ろしくなるんだ」

 ニーナが魔獣に襲われ、満身創痍になっていた姿を思い出しているのか、カインの声は少しだけ震えていた。
 
「……腕の中で目を閉じたニーナを見て……俺の体中の血が凍っていくようだった」

 暗い瞳は痛みに耐えるように揺れている。 

「か細いながらもニーナが呼吸をしていることに気づいた時、心の底から安堵した。それと同時に……後悔が押し寄せて来たんだ。もっと早く到着していれば……もっと俺の治癒魔法が強ければ……ニーナはこんな傷を負うことも、気を失うこともなかったのに、と……」

 カインは自分の力が足りなかったせいだと、凛々しい顔に暗い影を落とした。

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