【完結/BL/R18】獣人のオレは娼館で働いているのに初心な大型犬に絆されて、それから

テルマ江

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キスは好きな人と

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「け……けっ……こん?」

 しばらく固まっていたが、何とか言葉を口にした。驚きで尻尾の毛がブワリと逆立ってしまっている。

「ああ、ニナルヤ……ニーナが俺の伴侶に、家族になって共に生きたいと考えたんだが、ニーナはその……どうだろうか」

 カインは窺うようにこちらを見ている。ニーナは頭の中を様々な情報が駆け巡り、病室を飛び出したくなったがカインに抱え込まれているので叶わず、ただただその場で狼狽えた。

「あのさ……オレ……ううん、ちょっと待ってよ」
「分かった。いくらでも待つ」

 そう言いつつも腕の中から離す気はないようで、ニーナを支える腕に少しだけ力が入り、期待と不安に満ちた眼差しが向けられている。

(え……結婚を申し込まれた……? 伴侶……家族……? カインとオレが……? ああ、ネクタイしてたのは、この話をするためだったのか……?)

 心音がドッドッドッとかつてない程に大きく響いて聞こえる。

(もしかして、また都合の良い夢を見て……い、いや、ちゃんと起きてるし、今日の薬湯もとんでもない味だったし……これは現実だ)

 今日の朝食と昼食にも薬湯は付いていた。相変わらずの苦みと口の中に残る渋みを思い出して、ニーナはここが現実であることを理解した。

(本当、毎食ごとに微妙に味が違うし……きっと薬師が独創性を発揮しているんだろうな……ああ、何を現実逃避しているんだ! これは夢じゃないんだぞ!)

 ニーナは所在なく手を組み合わせたり開いたりを繰り返し、目を泳がせ、何かを言いかけては口を閉じた。

「……カイン。落ち着いて考えたいから、膝から下ろしてもらって良いかなあ」
「嫌だ…………いや、すまない。分かった」

 カインは残念そうに言うと最後にニーナを優しくギュッと抱きしめ、自分の膝の上から下ろした。元のようにベッドに並んで座る格好になり、ニーナはほっとした。カインの肩に頭を寄せると薄目で天井を見上げた。

「つまり……つまりさ、カインが言う結婚ってことは……オレ達で家庭を築いて、それで二人で生きて行くってことで……オレがニナルヤ・アルノルトになるってことなんだよね?」

 ニーナは自分でも何を言っているのか分らなくなっていた。表面上は冷静さを保っていたが、頭はずっと混乱している。

(ニナルヤ・アルノルトか悪くないな……って何を考えているんだオレは! ほんと、結婚って何!? いきなり何なんだこの大型犬はッ)

 心の中はパニックを起こしかけていたが、ニーナは何とか耐えていた。

「……俺がジオ姓を名乗るのも良いと思う」
「ふ、ふーん、カインが、カイン・ジオに……良いかもね」

 ニーナは大型犬の熱い視線に負けそうになり、目をそらして窓の外を見た。空は青く澄み渡っておりとても良い天気だ。こんな日はカインと外を散歩したいなと、ニーナはまた現実逃避しそうになっていた。

(カインはこの数日、このことについて考えていたのか……オレ達、知り合ってからそんな経っていないのに……でも、びっくりしたけど、すごく嬉しいと思っている自分がいる……)

「オレ達、この間両想いになったばっかりだし……急ぎ過ぎじゃないかな? カインも……オレとしか色んなことしてないのに」
「確かに俺は色恋の経験は浅いが……ニーナは俺が他の者と経験を積んだ方が良いと考えているのか……?」
「そ、それはやだ!」

 カインの方を向くと、子犬のような顔をしている。堪らなくなってしまい勢いよく抱きついた。

「カインが他の人とそういうことするのは嫌だ」
「俺もニーナだけが良いんだ。知り合ってからの俺達は密度の濃い時間を二人で過ごした……だからこそ急ぎ過ぎだとは思わない。俺にはニーナが必要だ」

 切なげな甘い声色がニーナの心を震わせる。体を離して見つめ合い、ニーナはカインの手を握りしめた。こんなにどうしようもなく惹かれ合う人間がこの世に存在するとはニーナは思ってもいなかった。

「俺はずっとニーナを求めていたんだ。この先もニーナただ一人を愛すると誓おう」

 真摯な愛の言葉を告げられ、ニーナは頭がクラクラした。

「っ……うん。オレをカインのただ一人にして欲しい。でも……結婚は早すぎるって言うか……」
「どうしてだ? 見合いをする者の中には、ほとんど会わないまま結婚してしまう者もいるというのに」
「……それとこれとは違う話だろ」

 ニーナの故郷の集落でも、年頃になると別の集落や麓の町の者と見合いをして数回会っただけで結婚する者は多くいた。ただ、ニーナとカインがこれに当てはまるかといえば、だいぶ違うとしか言えない。

「……俺は自分で言うのも何だが、この年にしては甲斐性がある方だと思う。もしA級冒険者を失職したとしても、剣術指南や用心棒、ダンジョンの案内役は需要があるので食い扶持に困ることはない。それにニーナは以前……俺の見た目を好ましいと言ってくれた。ニーナにとっても悪い話ではないと、俺は思う」

 もう一押しと言う風に、自分と結婚すると得られる利点についてカインは説き始めた。

 窺うようにこちらをチラチラと見ては言葉を続けるカインに、ニーナはまた胸がキュンと鳴った。

(オレを口説き落とそうと一生懸命なカインが可愛い……オレはなんて幸せ者なんだ)

 突然『結婚』という言葉が出てきたので面食らってしまったが、ニーナはカインの側で生きて行きたいと考えていたので、自分の求めていたものはカインと家族になることだったんだなと妙に納得してもいた――だが、それはそれとして展開が早過ぎる。

「ね……オレは、もうちょっとゆっくり……お互いの関係を深めたいって思うんだけど」
「そう、か……」

 カインはシュンとしてしまったので、握った手に頬を寄せた。

「結婚が嫌だってことじゃないからね! だからさ、その……順を踏んでから……け、結婚したいなって。オレ、カインと恋人にも家族にも、両方なりたい……!」

 欲深いことを言っているのは理解していたが躊躇わず素直に伝えた。カインと共に生きるのなら、ニーナはカインの全てが欲しくて仕方なかった。

「両方……」

 カインはハッとしてからニーナを見つめ、すぐに真剣な表情に戻り「分かった」と頷いた。カインと目を合わせていると、側にいたいという気持ちが体中から溢れ出して来るようだったが、今度は目をそらさなかった。

「ニナルヤ、俺と結婚を前提に恋人になろう」
「……うん! 嬉しいっ!!」

 ニーナは飛びつくようにカインの唇にキスをした。

「ッ……ニー……ナ……」

 カインはあわあわとしていたが拒む様子はないので、ニーナは啄むように何度も唇を重ねた。

「ん……好き、カイン……」
「ニーナ……俺も……好きだ……」

 チュッと音を立てて唇を何度も合わせ、カインはまたニーナを持ち上げて膝に乗せた。首筋に腕を回し、何度もお互いの唇を重ねた。カインの逞しい腕が優しくニーナを抱きしめ、二人の熱が部屋の温度を上げていくような気がした。

「はぁ……はぁ……ニーナ、これ以上は、ダメだ」
「う、うん、オレも、カインに色んなことしちゃいそう……」
「ッ……そうか、ニーナもか」

 顔を離すと熱のこもった甘い声で囁かれた。唇を触れ合わせているだけだったが、これ以上続ければもっとお互いを深く求め合ってしまいそうだ。

「……続きは、王都でしようね」
「ああ、そうだな。全て片付いて、二人で王都に帰って……」
「うん、楽しみ」

 ニーナはそう言うと感極まったせいか、涙が頬を伝っていた。

(すごく幸せだ……こんな風に好きだって伝え合う人が側に……カインと出会えて本当に良かった)

 初めてカインと出会った時、何て初心な男だと眩しく感じた。カインの好意に気づいてからも、自分のような者をカインは選ぶべきではないと感じ「オレじゃなくたって良いはずだ」と、向けられる愛情から目をそらしてばかりいた。

 それからもカインを傷つけては逃げ回り、やっと素直になれたのは絶体絶命の危機に陥ってからだ。

 本当に自分でも呆れる程に素直じゃなかったと泣きながら笑っていると、カインはニーナの涙に唇を落として吸い上げ、背中や尻尾を優しく撫でてくれた。

「ね、カイン」

 欲しかった物――もう手に入れることは諦めていた愛情や温もりがこんな形で与えられるとは思っていなかった。

「大好き……ずっと、側にいさせてよ」

 ニーナはただただ素直にそう言うと、またカインの唇にそっとキスをした。

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