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素直になって側にいたい

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 広場の端の方にある木製のベンチは休憩する者や談笑する者で賑わっている。

 空いているベンチに座るとすぐ隣にカインは腰を下ろし、ニーナの荷物を自分の膝上に乗せた。

「俺の話を聞いてもらっても良いだろうか」
「うん、もちろん。オレ、カインとお話するの好きだよ」
「俺もニーナと話をするのが好きだ……」

 ふっと愛しそうに笑いかけられ、そんな場合ではないのにニーナは胸がドキドキした。

「話というのは、その……ニーナは自分が魅力的だということは、もちろん知っていると思うが、そこについてだ」
「え……うーん。カインは恋人だからそう思うだけじゃないかな?」

 今のニーナは避難先の雑用で力仕事をしたので肌は軽く日に焼け、髪は伸びれば自分で適当に整えている。前職を引退してから、以前ほど見た目に気を配らなくなっていた。

 体だって魔獣に襲われた時の傷がまだ残り、寝込んでいたので少々痩せてしまった。儚げな風貌は相変わらずだが、他者から見て今のニーナが魅力的に見えるかは疑問だった。

「今のオレってさ、ちょっと野暮ったくない?」

 そう言うとカインは半目でニーナを見つめ「本気で言っているのか?」とため息混じりに呟いた。

「本気だよ!」
「……そうか」
「あ、もちろん、結婚するまでにはきちんとするよ。最近は色々バタバタしてたから!」

 ニーナが慌てて付け足すと、カインは切なげな眼差しになった。

「……今でも十分に魅力的なのに、更に魅力的になるのか」
「良い風に言い過ぎだって! それで、嫉妬って?」
「ああ……」

 カインは目をそらし、膝上のニーナの荷物を見つめた。

「ニーナが寝込んでいる間のことだ。俺は魔獣討伐の後始末や事務的な手続きで、あの集落にしばらくいたんだが――」

 当時のカインは国境警備兵への報告のため、魔獣の被害状況や住民の安否を調べていた。そして住人に話を聞く度にニーナについて尋ねられたそうだ。

『勇敢な獣人の青年は無事なのか?』

『あの銀髪のキレイな男の子って良い人いるのかしら?』

『あの美人な兄さんさえ良ければうちの集落で暮らして欲しいな』

『よく働くし勇気のある兄ちゃんだった。孫の婿に来てくれんかな』

『あの妖精みたいな人に手紙を書いたら渡して貰えますか?』

――とそんな風に、皆、口々にニーナのことを気遣い、集落にまた来て欲しいとカインは聞かされた。

「あの時、俺はニーナの恋人でも何でもなかったので適当なことを言って誤魔化してしまった……」

 カインはニーナに惹きつけられた者が数多くいたことに、焦りを感じたらしい。

「……オレ、そんな話聞いてないよ」

 国境警備兵の療養施設には二週間近くいた。その時に黒髪の男の子と母親からの感謝の言葉はカインから告げられたが、避難先の集落の人々の言葉は初耳だ。

「…………すまない」

 叱られた子犬のような表情のカインは何だか小さく見える。

(か、可愛い……)

 ニーナはカインをワシャワシャと撫で回して抱きしめたくなったが、往来なのでどうにか我慢した。

「……ふ~ん、それで嫉妬かあ。分かって来たぞ~」

 またからかうような口調になり、ニーナはカインのこめかみを突いた。

「カイン君はニーナお兄さんを独り占めしたくなっちゃったんだろ」

 ツンツンと突いていると「そうだ」と小さな声が返って来た。

「ふふ……そっか」
「君は魅力的だ。集落の人々は働き者で朗らかな君を気にかけて、好意的な感情を抱いていた。あまつさえ……恋しているような目をした者までいた」
「君って呼ぶのやだ……」
「……ニーナ」

 こちらを向いたカイン自身も自分の感情に戸惑っている風だ。

(カインは真面目だ。小さい集落に他所から年頃の男が来たから、ちょっと色めき立っただけだと思うけどな)

 ニーナの故郷でも麓の町から行商や客が来ると「あの行商さんかっこいい」だの「隣のお客さんが素敵だった」だのと、ニーナの兄や姉が楽しそうに盛り上がっていた。

「カイン、小さな集落はさ、外から人が来るとちょっとしたお祭りみたいになるんだよ」
「そうかもしれない……だが、確実に君に好意を寄せる者はいた。俺も同じだったので分かるんだ……」
「……だからって」

 独占欲を抱かれることに悪い気はしなかったが、このやり取りを続けてもカインの気持ちは晴れないなとニーナはため息を漏らした。

「もし仮に……誰かに好意を寄せられたとしても。オレはカイン以外と結婚する気なんて、ないんだからな」

 ニーナは赤い顔でそう言うと、カインのこめかみを指で弾いて立ち上がった。

「ニーナ、どこへ……?」
「商人ギルドだよ。座って待っててね」
「……俺も行こう」
「カインはここにいてよ」

 ニーナは立ち上がろうとしたカインを手で制した。

「知り合いに仕事がないか聞くだけだから、すぐに戻って来るし」
「知り合い?」
「うん、知り合い」

 知り合いとは避難先で出会ったガランドのことだったが、今その話をするとややこしくなりそうだったので「知り合い」で押し通した。

「カイン君はそこでお留守番ね」

 シュンとしたカインは「分かった」と言い、目を伏せた。寂しそうな大型犬の姿にニーナは胸がギュッと締め付けられた。

(カインは少し不安になっているだけなんだ。オレがどれだけカインしか見ていないか、教えてあげないと……)

 ニーナは周囲がこちらに注目していないことを確認すると、カインの耳元に顔を近づけて囁いた。

「ちゃんと待てたら、後でご褒美をあげるよ」

 カインは「ご褒美?」と首を傾げたので頭を軽くよしよしと撫でた。

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