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有聖にお尻を叩かれ、お試しすると決めてからすでに一週間。叩かれた尻の痛みはすっかりなくなった。赤くなった所が薄い青紫色になった時はびっくりして、正直、元に戻るのかと戦々恐々としていたが、二日ほどですっかり元どおりになって拍子抜けした。手加減したというのは本当なのかもしれない。
有聖は忙しいのかFには来ないが、体調を気遣うラインをくれたり、翔がバイトでない時はちょっと電話で話したりもする。あの日のことは夢か何かだったのかもしれないと勘違いしそうなほど、有聖は普通だった。電話やラインで話していてもSMのエの字も出ない。そうなると、それはそれでちょっと物足りないような気がしてしまう。
――でも、SMとか調教とか、ハードルが高すぎる……。
ディープな未知の世界。そう簡単に人に言ったり相談したりできない。翔自身、本当はどうしたいのかよくわからないのだ。あんな風にお尻を叩かれ続けることに慣れるのだろうか。勢いでお試しを決めたが、疑問と不安が湧き出でくるのを止められなかった。
「颯斗さんはさぁ、なんでここで働き始めたの?」
洗いものをしながら、唐突に翔は切り出した。
「ああ? なんだよ、突然だな」
客が引けたフロアを掃いていた颯斗が振り返る。
「ちょっと気になって……」
「なんかあったのか?」
「いや、あの……」
口ごもった翔の様子に何かを察知したのか、颯斗がにやりと不敵に笑う。
「わかった。有聖さんのことだろう?」
「えっ? な、なんでわかんの?」
「だって、あの人、ちょーあからさまだったじゃん。なに、つきあってんの?」
こんなにすぐばれるとは思っていなかったが、ばれているものは仕方ない。
翔はことのあらましを颯斗に話して聞かせた。もちろん、お尻叩きの件はさらりと流して。
「ほー、お試しねぇ。知ってると思うけど、あの人、マジでドSだぜ? 翔が初心者だから無茶はしないだろうけど、……ちょっち翔には荷が重くね?」
「やっぱりそうだよね」
でも、有聖のことが気になるのだ。
容姿は◎だが、性格は△、オプションにSM。はっきり言って、手は出さない方がいい物件に間違いない。だけど、知りたいのだ。有聖のことが、もっと、もっと知りたい。
「あのさ、プレイだけに関して言えば、あの人に任せてれば安全だ。素人じゃないし、S歴長いから、酷い痕とか障害が残ったりするこたない。それだけは安心しろ」
俺が太鼓判押してやる、と自信満々の颯斗には悪いが、それを喜んでいいのか、翔にはまだよくわからなかった。
「だから、あとは、お前しだいだよ。興味があんなら、お試しでプレイしてみりゃいい。けど、もし有聖さんがSじゃなくなるの期待してんならやめとけ。サドなところも込み込み物件だから」
「颯斗さんは、抵抗ないの?」
翔の問いに、颯斗はすぐには答えない。こちらを見つめて、それから天井を仰ぐ。それを二、三度繰り返して、「だぁー!」といきなり大げさに頭をかきむしった。
「あのな、俺は……オーナーと、その、付き合ってんだわ」
突然のカミングアウトに、翔は一瞬言われた意味がわからなかった。
「オーナーって、あのオーナーのこと?」
「そう! あのオーナー。あっちはゲイ。俺はまだストレートだと思ってる。はっきり言って、龍哉さん以外とはできないしやりたいと思ったこともない」
早口で捲くし立てる颯斗の顔は真っ赤だ。
「でだ、その……龍哉さんも、有聖さんと同類なわけ」
「……へ?」
今度こそ翔は聞き間違えたと思った。
あんな小学校の先生みたいに優しそうなひとが?
まさか、そんなはずはない。
こんなフェティッシュバーのオーナーをしているぐらいだから、そういう性癖の一つや二つあってもおかしくない。だが、穂仁原はただ単に特殊な性癖のひとたちに交流の場を提供する善意の第三者的な存在だ、と翔は勝手に思っていた。
「オーナーも、その、鞭とか……そっち系、なの?」
「……まぁな」
「颯斗さんが、やられる方ってこと?」
「……そういうことに、なるな」
お互いに真っ赤な顔で見詰め合う。
何ともいえない気まずさが漂った。
有聖は忙しいのかFには来ないが、体調を気遣うラインをくれたり、翔がバイトでない時はちょっと電話で話したりもする。あの日のことは夢か何かだったのかもしれないと勘違いしそうなほど、有聖は普通だった。電話やラインで話していてもSMのエの字も出ない。そうなると、それはそれでちょっと物足りないような気がしてしまう。
――でも、SMとか調教とか、ハードルが高すぎる……。
ディープな未知の世界。そう簡単に人に言ったり相談したりできない。翔自身、本当はどうしたいのかよくわからないのだ。あんな風にお尻を叩かれ続けることに慣れるのだろうか。勢いでお試しを決めたが、疑問と不安が湧き出でくるのを止められなかった。
「颯斗さんはさぁ、なんでここで働き始めたの?」
洗いものをしながら、唐突に翔は切り出した。
「ああ? なんだよ、突然だな」
客が引けたフロアを掃いていた颯斗が振り返る。
「ちょっと気になって……」
「なんかあったのか?」
「いや、あの……」
口ごもった翔の様子に何かを察知したのか、颯斗がにやりと不敵に笑う。
「わかった。有聖さんのことだろう?」
「えっ? な、なんでわかんの?」
「だって、あの人、ちょーあからさまだったじゃん。なに、つきあってんの?」
こんなにすぐばれるとは思っていなかったが、ばれているものは仕方ない。
翔はことのあらましを颯斗に話して聞かせた。もちろん、お尻叩きの件はさらりと流して。
「ほー、お試しねぇ。知ってると思うけど、あの人、マジでドSだぜ? 翔が初心者だから無茶はしないだろうけど、……ちょっち翔には荷が重くね?」
「やっぱりそうだよね」
でも、有聖のことが気になるのだ。
容姿は◎だが、性格は△、オプションにSM。はっきり言って、手は出さない方がいい物件に間違いない。だけど、知りたいのだ。有聖のことが、もっと、もっと知りたい。
「あのさ、プレイだけに関して言えば、あの人に任せてれば安全だ。素人じゃないし、S歴長いから、酷い痕とか障害が残ったりするこたない。それだけは安心しろ」
俺が太鼓判押してやる、と自信満々の颯斗には悪いが、それを喜んでいいのか、翔にはまだよくわからなかった。
「だから、あとは、お前しだいだよ。興味があんなら、お試しでプレイしてみりゃいい。けど、もし有聖さんがSじゃなくなるの期待してんならやめとけ。サドなところも込み込み物件だから」
「颯斗さんは、抵抗ないの?」
翔の問いに、颯斗はすぐには答えない。こちらを見つめて、それから天井を仰ぐ。それを二、三度繰り返して、「だぁー!」といきなり大げさに頭をかきむしった。
「あのな、俺は……オーナーと、その、付き合ってんだわ」
突然のカミングアウトに、翔は一瞬言われた意味がわからなかった。
「オーナーって、あのオーナーのこと?」
「そう! あのオーナー。あっちはゲイ。俺はまだストレートだと思ってる。はっきり言って、龍哉さん以外とはできないしやりたいと思ったこともない」
早口で捲くし立てる颯斗の顔は真っ赤だ。
「でだ、その……龍哉さんも、有聖さんと同類なわけ」
「……へ?」
今度こそ翔は聞き間違えたと思った。
あんな小学校の先生みたいに優しそうなひとが?
まさか、そんなはずはない。
こんなフェティッシュバーのオーナーをしているぐらいだから、そういう性癖の一つや二つあってもおかしくない。だが、穂仁原はただ単に特殊な性癖のひとたちに交流の場を提供する善意の第三者的な存在だ、と翔は勝手に思っていた。
「オーナーも、その、鞭とか……そっち系、なの?」
「……まぁな」
「颯斗さんが、やられる方ってこと?」
「……そういうことに、なるな」
お互いに真っ赤な顔で見詰め合う。
何ともいえない気まずさが漂った。
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