飼い主はイケオジ

静華

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 颯斗が龍哉の家に転がり込んだのは一か月ほど前に遡る。
 その日、颯斗は夜の繁華街をふらふらしていた。家出した少年少女が集う一角で、地べたに座り酒を飲んだ。中には明らかにパキッた奴らもいた。だが、そんなことはこの界隈では当たり前。誰も気に留めやしない。顔馴染みといっても本名も知らない奴らと、どうでもいい話をして時間を潰す。
 とにかく家に帰りたくなかった。
 颯斗の家庭事情は複雑だ。両親が離婚し、父親に引き取られた。そして、父親は早々に若い女と再婚し、十歳以上離れた弟が生まれた。父は忙しく家におらず、小さい我が子に手一杯の継母からは毛嫌いされた。
 ――大学生になったんだから、出ていけばいいのに。自分で生活できるでしょ。
 継母が父に愚痴っているのをたまたま聞いてしまって以来、家には最低限しか帰っていない。大学の友人の家を渡り歩き、週に一度くらいしか帰らないようになった。
 颯斗とて一人暮らしの方が気が楽だ。出ていきたいのは山々だったが、学生の身でバイト代だけで生活費を賄えというのは無茶がすぎる。
 そんな事情で家出同然の状態になった颯斗は、ご多分に洩れず、繁華街をふらふらする若者の一人になった。
 誰もお互いに干渉しない。本名も年もよくわからない奴らとつるむのは気が楽だった。
「なぁ、颯斗、これやるよ」
「いらねぇよ」
 隣に座っている男、瑠偉斗(るいと)が差し出したピルケースを一瞥して、颯斗は首を振った。
「これ、合法だぜ? ただの薬だもん」
「何の薬だよ」
「パキれるやつだって。辛気臭ぇ顔してるよりいいだろ? なに、ビビりなの?」
「ビビってねぇし。うぜぇよ」
 うせろ、と睨んでも、瑠偉斗は肩をすくめてにたにた笑うだけだった。
(もうキマッてんじゃん……)
 何を飲んだか知らないが、もうすでに酩酊状態なのだろう。へらへらと笑っては、ぶつぶつ呟いている。
 ぼんやり人が行き交う様子を見て、颯斗は缶酎ハイをすすった。
「そんなうっすい酒じゃつまんねぇだろ」
 瑠偉斗が持っていた角瓶から琥珀色のウイスキーをドボドボと注いだ。
「ちょ、やめろよ。ウイスキー好きじゃねぇんだよ」
 酎ハイの缶を引っ込める颯斗に、「いいじゃん.、いいじゃん!」と瑠偉斗は意に介さない。
「あ、颯斗じゃん」
 露出度高めの派手な服に、泣き腫らしたような地雷系メイクをした女が立ち止まる。細い手足をこれでもかと出した女はややふらついている。
「っす……」
 名前を思い出せないが、何度か会ったことがある女に軽く手をあげて応える。
「何してるの?」
「別に。お前は?」
「おじと待ち合わせ」
 パパ活か。この界隈にいる十代から二十代の女は金に困っていることも少なくない。それにつけ込んで安く買い叩く男もいれば、美人局で身ぐるみ剥ごうとしている連中もいて、トラブルはしょっちゅうだ。
「気をつけろよ」
「今日はレギュラーのおじだから大丈夫。またね」
 ひらりと手を振って、人波の向こうに消えていった。
「俺もママ活でもすっかなぁ……」
 隣にまだ居座っていた瑠偉斗がぼやいた。
「やめとけよ」
「俺、顔は結構自信ありなんだよ。ママ活、良くね? ヒモになりてぇ」
 へらへらとら笑う瑠偉斗を無視して、颯斗は立ち上がった。
「シカトかよ。……調子に乗ってんじゃねぇよ」
 チィ、と舌打ちする瑠偉斗に背を向け、当てもなく歩き出す。
「うぜぇー」
 飲みかけの缶を煽った。
「……まずっ」
 ウィスキーを入れられたのを思い出し、颯斗は顔を顰めた。
 体の異変に気づいたのは、しばらくした後だった。
 ぐらりと、体が傾ぐ。
「っ、……な、んだ」
 狭い路地の壁に手をついた。
 目の前がぼんやりして、頭がふわふわする。
 缶酎ハイ一本とウイスキー少しで酔うほど弱くないはずだ。それに、酔った時の酩酊感とは明らかに違った。
(クソっ……瑠偉斗か? なんか飲まされたかも)
 パキれる薬、と言っていた。本当にただの薬なのかはあやしいところだ。今思えば、あのウイスキーに混ざっていたのかもしれない。
 ぐらりと視界が回って膝をつく。きーんと耳鳴りがする。胃から何かが迫り上がってきて、鳩尾のあたりにちりちりと焼けるような痛みが襲った。
「おい、――?」
 誰かが呼びかける声が、遠くで聞こえたような気がした。
 声がした方に振り向いたつもりだったが、視界には誰も映らない。黒い壁が邪魔して、よく見えなかった。
 んだよ、気持ちわりぃ……。
 颯斗が覚えているのはそこまでだった。
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