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第二十八話 食事へのお誘い

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わたしは、殿下とその側近たちと宿屋の廊下を歩いていた。

中もそれほど豪華な作りではないが、清潔だ。

そして、側近の一人は立ち止まると、

「お嬢様」

とわたしに話しかけた。

「なんでしょう?」

とわたしが言うと、側近は、

「お嬢様のお部屋はここです。殿下のお部屋はあそこ、我々の部屋はあそことあそこです、よろしくお願いします」

とわたしに言った。

「この部屋ですね。案内していただき、ありがとうございます」

と言ってわたしが頭を下げると、殿下は、

「食事は、ここの宿屋にあるレストランでします。先程近くを通りましたから、場所はわかるとは思いますが、時間が来たら側近が呼びに行きます」

と言った。

「お気づかいありがとうございます」

「食事の時間まではまだ時間があります。それまで、心身の疲れを少しでもとってもらえるといいと思います。今日は、とても疲れたと思いますので」

「ご配慮ありがとうございます」

殿下は気をよく配ってくださる。こちらが申し訳ないぐらいになる。

ただ、殿下はその後、黙ってしまった。

どうしたのだろう。

わたしに何か言おうとしているようだけど、言いにくいのかな。

もしかすると、明日はもう別行動で、一緒にいられるのは今晩まで、と言おうとしているのかもしれない。

やさしい殿下のことだ。それは言いにくいことに違いない。

でもそれは仕方がないこと。

もともとわたしは、王都へ一人で行き、そこで働くつもりなのだ。

改めて、それはきちんと思っていく必要がある。

とはいっても、寂しい。

殿下ともう少し一緒にいたい。おしゃべりがしたい。

いや、それだけではなく、殿下ともっと一緒にいて仲良くなっていきたい。

そういう気持ちが強くなってくる。

殿下も同じ気持ちだといいんだけど……。

そう思っていると、殿下は決断をしたのだろう。

話をし始める。

「食事は、レストランの個室で、二人きりでしようと思っています。あ、あなたと話がしたいと思っていまして。その、嫌ならいいんですけど……」

恥ずかしそうに言う殿下。

戦いの時の凛々しさとは違って、わたしを誘う時の殿下は、恥ずかしそうにしている。

そういうところにも好意を持ってきていた。

わたしの方も恥ずかしい気持ちになってくる。

「わたしのようなものが、殿下と二人きりで食事をしてよろしいのでしょうか。王太子でいらっしゃるのに」

「そんなことを気にすることは一切ないです。わたしはあなたと話がしたいと思っています。お願いできないでしょうか?」

恥ずかしがりながらも一生懸命言ってくる殿下。

「お願いだなんて……。わたしのようなものに、もったいないお言葉だと思います」

「もったいないだなんて……。そんなことを言わないでください。こうして一人で旅をしているし、あなたはもっと自信をもっていいと思います」

「いや、わたしなんて……」

「とにかくあなたともっと話がしたいんです。お願いしたいと思います」

このようにお願いされて断ることは、それこそ失礼なことになる。

「わたしでよろしければ」

わたしは、心が沸き立ち始めながらそう言った。

「ありがとうございます。うれしいです」

殿下は微笑んだ。
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