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魔法学校編

水と土と(2)

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数ヶ月前

中庭

ある日の放課後のことだった。
中庭のベンチに座りぱくぱくとサンドイッチを食べる、丸々と太った魔法学校生徒がいた。

トビー・ゾルザムは放課後に他の魔法学校の生徒に呼び出されていた。

「おお、来てるな」

「こいつ、また食ってるぞ」

トビーを呼び出した魔法学校生徒二人だった。
怪訝な表情でトビーが座ってるベンチに近づいてきた。

「お前のせいで散々だ。なんで攻撃魔法使えねぇんだよ!」

「お前とチームを組んだおかげで成績が下がるじゃないか!」

二人の矛先はトビーの魔法の使い方だった。
この日は魔法学校で三対三のチーム戦があったが、トビーが攻撃魔法を全く使わないため負けてしまったのだ。

言葉で責められ下を俯くトビーは、それでもサンドイッチを食べるのをやめていない。

「いつまで食ってんだよ!」

そう言って一人の生徒はトビーが持っていたサンドイッチを手で勢いよく弾く。
サンドイッチは無惨に地面に落ちてしまう。

そしてもう一人がトビーの胸ぐらを掴み、立ち上がらせる。

「や、やめて……」

「お得意の防御魔法で防いでみろよ」

胸ぐらを掴んだ男子生徒は思いきりトビーの顔面を殴る。
トビーは地面に倒れ込み涙目になっていた。

「スキルも完全に防御に振ってるし、そんなに自分を守りたいのかよ!」

「やる気ないんだろ?やる気ないやつは魔法学校来んなよ」

殴っただけでも気が済まない男子生徒はさらに追い討ちをかけようと二人で地面にうずくまるトビーに近づこうとしていた。

その時、後ろに気配があった。
男子生徒二人は振り向くと、そこには一人、聖騎士学校の生徒がおり後ろには執事も立っている。
聖騎士マルティーナ・ローズガーデンはその状況を蔑むような目で見ていた。

「あらあら、なんとみにくい」

「なんだよ、お前には関係ねぇだろ!」

一人の男子生徒が食ってかかりそうになるが、もう一人の生徒がそれを止める。

「や、やめとけ、この方はローズガーデン家のご令嬢だ……」

「マ、マジか……じゃあシックス・ホルダーの……」

二人の男子生徒はぶるぶると震え始める。
ローズガーデン家のシックス・ホルダー、リヴォルグ・ローズガーデンは世界に名を轟かせる魔法剣士。
さらに、この世界で唯一、水の王から二つ名を貰った魔法使いだった。

「い、行くか」

「お、おう」

それだけ言って、二人の男子生徒はそそくさと中庭から退散して行った。
その二人を見てマルティーナはため息をつく。
そして倒れているトビーの元へ歩み寄った。

「男なら立ちなさい」

そう言いながらもマルティーナはしゃがみ、手を差し伸べた。
トビーが恐る恐るその手を見るとハンカチが握られていた。

「お父様が言ってましたわ。"負けるのは構わない、大事なのはその後だ"と。あなはこの後、どうするのです?」

「ぼ、僕はみんなを守りたくて……」

そう言って泣き始めてしまった。
マルティーナはその姿を見てもせげすむ気持ちは一切無かった。
"どんなに弱々しくても誰かのために必死になれる人間を馬鹿にするな"とのマルティーナの父親からの教えでもあったのだ。

「あなたバディは?」

マルティーナの質問にトビーは無言で首を横に振る。

「なら、手始めに私を守って下さい」

トビーはその言葉が何を意味しているのか、すぐにわかった。
驚くトビーはマルティーナの顔を見ると、その表情は真剣だ。
こうしてマルティーナとトビーはバディを組んだのだった。


______________________



アインの視界は再度塞がれていた。
しかし八匹の水龍が勢いよく水溜まりから飛び出しトビーのいる方向へと向かった。

その強力な攻撃はトビーのドーム状の土の障壁を完全に破壊する。
トビーは仰向けに倒れ、周りには水溜まりができていた。

トビーを倒せたおかげで土壁は全て消え、視界が開けた。
マーシャとマルティーナが交戦中で、少しマーシャが押されているように感じた。

「トビー……眼鏡小僧め、やってくれますわね……」

そう言いつつマーシャを剣技で圧倒しているマルティーナだが、もう試合は目に見えていた。
魔法使いが要の戦闘方法のマルティーナ、トビーペアにとって、その魔法使いがやられてしまったら勝ち目がない。

「よし!これでマーシャの補助をすればいける!」

チャンスとばかりにアインは詠唱を始めようとするが違和感があった。
トビーの周りに広がったはずの水溜まりが無い。

「水溜まりはどこへいった?確かに水龍で作ったはず……」 

アインは周りを見渡すが、水溜まりが全て無くなっていた。
そしてアインが頭上を見ると、大きな円形の水がふわふわと空中に浮いていた。

「ど、どういうことだ?俺はまだなにもしてないのに……」

驚いているアインを尻目に、空中が破裂する。
その中から水の八龍が姿を現しアインに襲いかかった。

防御魔法も間に合わず、全ての水龍を受けたアインは闘技場の壁に叩きつけられ倒れる。
意識が朦朧としている中、一体何が起こったのか必死に思考していた。

「カウンター系の……スキルか……?」

確かに、ある一定の条件が満たされることで相手がおこなった魔法をそのまま相手に返すスキルはある。
その条件は自分がその魔法を受けることだが、そんな危険なスキルをトビーは刻んでいた。

「アインさん!」

「よそ見していると、怪我しますわよ!」

この状況は完全に聖騎士同士の一騎討ちだった。
魔法による補助は無く、ただ剣技のみの決闘となった。

マーシャの体にはいくつかの突き傷があった。
一方、マルティーナは無傷。
剣技は確実にマーシャの方が上だったが、なぜかマルティーナに押されていた。

「くっ!」

「なんと弱々しい剣……それでは誰も守れませんわ」

マルティーナの言葉にマーシャはハッとした。
マーシャはアインが倒されたことによって動揺し、その動揺はリューネの出現を予期していた。
それを必死に抑え込むマーシャは戦いながらも自分の心の弱さを恥じていたのだった。

「私は……必ず、アインさんと一緒に!」

マルティーナはその瞬間、マーシャの剣筋が変わったことに気づいた。
マルティーナはニヤリと笑い、突きの攻撃を続けるが、マーシャはその隙を見抜きマルティーナの剣を弾き飛ばす。

仰け反ったマルティーナの肩に渾身の縦一線を放つと、鎧が砕け、マルティーナはその痛みに膝をついた。

「そこまで!」

教官が試合決着の合図をした。
この決着に場内の歓声は凄まじいものだった。

マーシャは倒れるアインに駆け寄る。
アインはマーシャの手を借りてなんとか立ち上がった。

「アインさん……」

「マーシャ……すまない……」

マーシャは涙目で横に首を振る。
相手のスキルを読まずに考え無しに攻撃したアインのミスだった。
完全にトビーの戦略に焦らせられた結果だったのだ。

「あの魔法使いはできる……次会う時は味方であってほしいな……」

アインは苦笑いしながら語った。
あそこまで的確にマルティーナを守り、さらにアインとマーシャを分断するという高度な魔法技術にアインは感服していた。

一方、マルティーナも肩を抑えながら倒れるトビーのもとへ向かう。
トビーは意識があるが動けない様子だ。

「ごめんね、マルティーナさん……」

「いいえ、あなたはここまで私をしっかり守ってくれた……次は私が貴方を守りますわ」

涙を流すトビーに優しい笑顔でマルティーナは声をかける。
さらに涙を流すトビーにマルティーナはハンカチでその涙を拭いてあげた。

決勝進出はアインとマーシャとなり、次の準決勝で勝ったチームがこの二人と戦うことになる。

次の試合は深い因縁の対決だった。
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