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土の国編
思わぬ来客(3)
しおりを挟む中央ザッサム ダイアス家
野外修練場
日は真上にあり、今が一番暑い時間とも言えるが、ダイアス家の野外修練場は"極寒"だった。
蒼い氷の甲冑に身を包んだリーゼから放たれる冷気は異常で、向かい合って立っているマーシャの吐く息は白い。
リーゼが立つ地面も徐々に凍りはじめ、マーシャにとっては戦いづらい地形となっていた。
リーゼの左手に持つ杖は巨大な氷の盾になっているが、それはリーゼの体を覆うほどの大きさだった。
リーゼはその盾を少し持ち上げ、ドン!と地面に打ちつけた。
するとマーシャの目の前、地面から細くて長い氷の剣が突き上がった。
それはマーシャが構えるショートソードに直撃し、その勢いでマーシャは仰け反った。
「くっ!!」
再びリーゼは氷の盾を地面に叩きつける。
すると今度は地面から斜めに氷の剣が突き上がり、それはマーシャ顔面に伸びた。
マーシャはその剣がエンブレムで消えることはわかっていたが、反射的に首を横に倒して回避する動作をした。
だがその氷の剣はエンブレムでは消えず、マーシャの頬に傷をつけた。
二本の氷の剣はすぐさま砕けて結晶になり消えた。
「そんな……なぜ消えないの!?」
マーシャは驚くが、それも束の間、リーゼは一瞬でマーシャの目の前に姿を現す。
リーゼは氷の盾ごと体当たりしてきた。
その衝撃でマーシャは数メートル吹き飛ばされてしまった。
この時、盾の氷は消えるが瞬時に凍り、再度氷の盾が形成される。
さらにリーゼはそのまま氷の盾で地面を叩くと、吹き飛ばされたマーシャの後ろに氷の壁が地面から伸びた。
マーシャはそれに勢いよく叩きつけられる形になった。
「がはっ!」
マーシャはそのまま倒れそうになるが、なんとか地面に剣を突き刺して立っていた。
「ほう。まだ立っていられますか……」
リーゼの顔は氷の冑で覆われているため見えないが、笑みを溢しているようだった。
「リーゼ王……」
「ん……?まさか……」
マーシャはリーゼを鋭い眼光で睨んでいた。
その目を見たイザベラは息を呑んだ。
それは明らかにマーシャの目ではない。
「地中の水分を集めて凍らせるとは……確かにこれはエンブレムでも防げんな……」
マーシャの声は完全に変わっていた。
リーゼは目の前の女性はもうマーシャではないことに気づいていた。
「リューネ……」
「もう二度と出るつもりはなかったが……これほどの相手なら私も遊びたいね」
リューネはニヤリと笑った。
だがその眼光は全く笑っていない。
「リューネ……またあなたと会えるとは……やはり"シークレットスキル"か……」
「100年ぶりか?シリウスは元気かい?」
「ええ。もうすぐここに到着しますよ。今、宝具を運ばせている」
「あまり年寄りをこき使うものじゃないさ。ヤツもいい年だろうに」
「ええ。けれどこんな仕事は彼にしかできない」
リューネはその言葉を聞いて吹き出すように笑った。
シリウスとは戦友だったリューネは、また会えることに少し高揚した。
「私が死ななければバディであるヤツの子を産んでたろうな……しかし、あの魔獣は強すぎた」
「ええ。ですが、あなたが死んだのは……」
「それ以上は言うな……王よ。まずはこの戦いを終わらせよう」
リューネはそう言うと左手に持つショートソードを片手で構えた。
リーゼも少し頷き、氷の盾を構える。
リューネはリーゼに向かい猛ダッシュした。
そのスピードは目にも止まらず、一瞬でリーゼの前に辿り着いた。
「早い!!」
そのままリューネは左下から右上へショートソードを斬り上げる。
リーゼはそれを巨大な氷の盾で防いだ。
だがリューネはその場から消え、リーゼの真後ろに立つ。
リューネは神速で時計周りにリーゼの背後に回り込んでいた。
その際、発動していたエンブレムで杖の氷と胴回りの氷の鎧が消えていた。
そこにリューネが横一線の斬撃を放つ。
リーゼはすぐさま杖を地面に叩きつけると、リューネの斬撃を止めるように氷の剣が突き上がる。
リューネのショートソードと氷の剣は激突し、リューネが持つショートは折れ、氷の剣も砕け散った。
「くっ!」
リューネは大きくバックステップした。
それを振り向き様に見たリーゼは"魔力武装"を解除する。
同時に"魔力覚醒"も解除した。
纏っていた氷は砕けて細かい結晶になり消えていき、銀髪だった髪は青くなる。
リーゼはリューネから殺気が消えているの察していたのだ。
「私の負けでいい。今ので左腕が折れた。マーシャには、これ以上無理をさせたくない」
「構いません。マーシャとあなたの実力は十分わかりました。あなたにはまた"あの剣"を握ってもらいたい」
その言葉を聞いたリューネは大きくため息をついた。
そして少し考え、重い口を開いた。
「私はもうこちらには出ないよ」
「どうしてですか?」
「これはマーシャの体だ。私が出ることでマーシャの生きる時間を削っている。さらに体すら傷つけている……」
「……」
「私がいなくてもマーシャだけでも十分だろう。それは、この戦いであなた自身が感じたんじゃないか?」
リーゼはリューネの言葉に笑みを溢す。
確かにリーゼはこの戦いの中でマーシャの実力を完全に把握していた。
「久しぶりに血が騒ぐ戦いだったから出てきたが、流石にこれ以上は無粋だろう。ずいぶん前に私の役目は終わっていたんだよ」
「そうですか……残念です」
「また会えて嬉しかったよリーゼ王。またいつか……どこかで会いましょう」
リューネがそう言うと糸が切れたようにマーシャの体はその場に倒れ込んでしまった。
イザベラは倒れたマーシャに走って駆け寄る。
そして気を失っているマーシャを両手で抱きかかえた。
「リーゼ王……」
イザベラがリーゼを見つめていた。
リーゼは少し上の空で考え事をしていたが、ハッとしたようにイザベラを見た。
「申し訳ない。彼女を休ませてあげて下さい」
リーゼが笑顔でそう言うと、イザベラは無言で頷き、マーシャを抱きかかえたまま屋敷の方へ歩き出した。
「ああ、そうだ」
「……なにか?」
リーゼが不意にイザベラを呼び止めた。
イザベラは振り向きリーゼの方を見た。
「彼女が起きたら伝えて下さい。あなたの二つ名は"金剛"……金剛のマーシャを名乗るといいと」
その言葉にイザベラは驚いた。
王が誰かに二つ名を与えることなど、ほとんど無いからだ。
「では、私はこれで……」
リーゼはイザベラに頭を下げ屋敷を後にした。
イザベラはまさか自分の娘が王から二つ名をもらうとは思いもよらなかった。
さらにこの後、この町に届けられるであろう宝具によってマーシャはシックス・ホルダーになる。
イザベラは自身が遂げられなかった夢を、娘が叶えることに涙するのだった。
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